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ゴブリンの死体を燃やす作業は思いの外、時間がかかった。
死体はそう簡単に燃え尽きてくれるものではなく、またその数が膨大だった。
火の番を皆でやりながら、その間の暇潰しにと始めた僕の昔話を【鉄壁】の面々は静かに聞いていた。
「司祭って苦労してんだな……」
「いや、僕みたいな低レベルの司祭の場合、ですよ?ほとんど居ないみたいですけど」
「まあ、初っぱなから司祭ってのは聞かんな」
「それにしたってよう……仲間と長く居られないなんて寂しいじゃねえか。パーティ抜けるのも抜けられるのも、やっぱり辛えよ」
【鉄壁】を抜けた僧侶の事を思い浮かべているのだろうか。なにか深い事情があって抜けたのかな。
「便利屋君、大変だっだね゛え゛~」
トールさんは鼻水流して泣いている。
「シカシソノぱーてぃ許セマセンネ!のえるサンヲごみノヨウニ捨テルトハ!」
ジャック、ゴミは言い過ぎだ。
「まあ、レベル上がらなかったのは残念だが、依頼は達成したんだ。直接依頼だし、報酬は期待出来るんだろ?ラシード」
「うむ、歩合制の契約だが、まあ安くはないハズだ。トロールが討伐扱いになるかがよく分からんな」
「そう?ルーシーちゃんのスキルで倒したようなものでしょう?」
「そう、倒した¨ような¨ものなんだ。これに記録されているか微妙な所だ」
そう言いながらラシードさんが冒険者カードを上にかざした。言われてみれば確かに微妙な気がする。
僕達は報酬の話でも湿っぽくなってしまった。
◇
その後も後片付けを手伝い、結局レイロアに戻れたのは翌日の事だった。
たった2泊3日なのに随分懐かしく感じる。濃い3日間だったからなあ。
僕達はその足で冒険者ギルドに赴いた。
受付で依頼書を見せ報告すると2階に通された。ギルドマスターの部屋だ。
僕はギルドマスターに会うのは初めてで、急に緊張してきた。生唾をゴクリと飲む。
案内してくれた受付の女性がノックする。
「入れ」
短い返答を聞き、部屋の中へ通される。
金髪の長い髪をオールバック気味に撫で付けた偉丈夫が机に向かっていた。
「ご苦労だった。報告は聞いているが本人達からも聞いておきたい」
「分かった」
代表してラシードさんが事の次第を語りだした。
途中、ゴブリンの
「本当に危険はないのか?」
「それは分からない。トロールのような狂暴性を感じなかったこと、夜中で追跡自体が難しかったことで討伐を断念した」
「そうか。まあゴブリンの数はかなり減ったようだから、ただちに
「そう思う」
その後、村の被害情況を話して報告が終わった。
「死人が出なかったのは何よりだ。ゴブリン共の死体は処理したんだな?では最後に報酬の話だ」
僕達は期待に満ちた目で次の言葉を待つ。
「ゴブリンの調査・討伐については達成で良いだろう。問題は【血浴のワ=ドゥ】の討伐についてだが」
ギルドマスターは机の上のグラスを口に運び、間をとってから僕達を見渡し告げた。
「冒険者カードに討伐記録されているか、それが非常に怪しい。そうなると討伐報酬は支払えん」
ラシードさんからもその可能性は聞いていたので動揺はない。実際、倒したのはゴブリンだし。
そう思いつつも落胆は大きかった。何故なら
「まあ依頼の方の報酬に色は付けておく。今回はそれだけ重要な役割を果たしたということだ。胸を張れ!」
僕達はギルドの最高責任者に誉められて背筋を伸ばした。【鉄壁】の面々は顔を紅潮させ笑顔を押し殺している。たぶん僕も同じような顔をしているだろう。
「報酬は下の受付で支払う。
かなり疲れているのに階段を降りる脚が軽い。高揚感と達成感が交互に訪れる。
僕達はうきうきしたまま受付の前に来た。ラシードさんが受付の女の子に声をかける。
「直接依頼の報酬を頼む。あと、討伐記録に
「かしこまりました。冒険者カードをお預かり致します」
ラシードさんが皆の冒険者カードを集めてカウンターに置く。
「少々お待ち下さい……」
女の子はカウンターの下に手をやり、何やら作業を始めた。きっとマジックアイテムかなんかで記録調べてるんだろうな。
「ラシード様、トール様は記録有りません」
パーティで討伐すれば全員に討伐記録が付く。2人に記録が無い時点で望み薄だ。駄目っぽいな、という空気が流れる。
「ビリーさんも……無いですね。最後にノエルさん…………有ります!【血浴のワ=ドゥ】討伐、おめでとうございます!」
諦めかけていたラシードさんが口をあんぐりと開けてこちらを振り向いた。
「やったね便利屋君!」
「なんでお前だけ付いてんだ?ま、ともかくよくやった!」
トールさんとビリーさんがバシバシと肩を叩く。
嬉しいです、でも痛いです。
「報酬はノエルさん個人に支払います。パーティで分けるかはそちらで御相談下さい」
「はい。4等分で良いですよね?」
前半は女の子、後半はラシードさんに向かって言った。
「構わない、ってか大助かりだが……いいのか?」
「勿論ですよ、そもそも僕もトロールに近付いてさえいませんし。ずっと一緒でしたよね?」
「ああ、確かに。ずっと近くにいたな」
「なんで便利屋君だけ記録あるんでしょうねえ?」
みんな首を傾げていると、女の子が話し出した。
「ノエルさんってスケルトンを使役してますよね?そのせいでは」
皆の視線がジャックに集まる。
こほん、と1つ咳払いをして女の子は続ける。
「使役しているモンスターは使役者にのみ帰属します。つまりパーティ全体に寄与するわけではないのです。スケルトンの得た経験値や討伐記録をノエルさんは共有できますが、他のパーティメンバーは共有出来ません」
聞き捨てなら無い言葉が……ジャックが得た経験値を僕が貰えるのか!荷運びばかりやらせてて気付かなかった。どんどん戦わせねば!レベル上がらない問題が解決するかも!
「何ヤラ不吉ナ予感ガ……」
ジャックが肩甲骨を抱いて震える。
不吉な存在たるアンデッドにそう言われても。
「そうなると便利屋が貰うべきじゃないか?」
ラシードさんが言う。正直お金は幾ら有っても足りないが、それは【鉄壁】だって一緒だ。冒険者は金が無いのだ。
「いえ、きっちりかっちり4等分しましょう。もう決めました」
「そうか、悪いな」
ラシードさんとトールさんは申し訳なさそうな顔、ビリーさんはニンマリと嬉しそうな顔をする。
「依頼報酬も4等分でいいですか?では直接依頼報酬1万3千シェル、グレード5
僕達は一瞬お互いの顔を見合わせ、そしてワッ!と喜びを爆発させた。
「
「やったやった!」
「はあ、これでしばらくはダンジョンに潜れる」
「ほんとですよ、最近は迷宮都市にいるの忘れそうになりますから」
金銭面だけでいうとダンジョンはギャンブルだ。一発当てると大きいが、大半の冒険者はあまり稼げずに帰ってくる。必要経費で赤字になるなどよくある話なのだ。
その為冒険者は依頼で稼ぎ、その金でダンジョンに潜るのが一般的だ。副業で稼ぐ人もいる。
ちなみに目的がダンジョン内の依頼もある。が、当然人気で中々受けることが出来ない。また、人気であるがゆえ、報酬が少ない傾向がある。
僕達はそれぞれ重い袋を受け取ると、周りの目なんか気にせず大騒ぎしながらギルドを出た。
僕の胸に嬉しさを押し退けながら寂しさがじわじわとやってくる。
毎回訪れる冒険の終わり。
別れの時だ。
横に並んだ【鉄壁】の面々と向き合う。
「便利屋。今回は助かった」
「ジャック君ありがとう!討伐報酬はあなたのおかげ!」
「ウム、苦シュウナイ」
「こちらこそありがとうございました。もし機会があればまたお願い出来ますか?」
「当たり前だろ?つーかレベル差が出来るから固定組めないつってたよな?今回は元々レベル差あったけど、上手くやったろ?俺達」
ビリーさんの言葉はとても嬉しかった。
「ビリーさん、報酬落とさないように帰って下さいね」
「ぬかせ!そんなドジ踏むかよ!……踏まないよな?懐に入れとこう……」
「ルーシーちゃんにもお礼しておいてね」
「はい、夜に伝えておきます」
「じゃ、またな!」
「また!」
1人と1体で歩き出す。
まだ日が高いけど帰ったら一眠りしよう。