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2週間が経った。
キリルの調合した薬はゆっくりとだが確実に患者を快方へと向かわせた。そのお陰で僕とエウリック司祭が治療するのは重病患者だけでよくなった。
救護院も以前のように患者が床に寝かされるような事は無くなり、落ち着きを取り戻しつつあった。
「一時はどうなることかと思いましたがなんとかなりそうです。これもヒルヤ嬢、ノエル殿、キリル殿。あなた方のお陰です」
エウリック司祭が頭を下げた。それに僕達3人も返礼する。まるで病という強敵に挑んだパーティ仲間のような連帯感があった。
「しかし、井戸に毒ってのは何だったのでしょう?」
ヒルヤが疑問を口にする。
「毒殺された冒険者がいるのは間違いないんだろ?」
僕はキリルの問いに頷きを返す。
「ま、毒が嘘ならばそれはそれで良いでしょう。この騒ぎのお陰でノンダール病の発覚が早まったのですから」
井戸に毒が盛られたという報告に、ギルドは慌てて聞き込み調査を行った。そして調査の結果、「そういえば体調が悪い」と申告してきた市民達の多くがノンダール病だったのだ。この騒ぎが無ければ発覚は確実に遅れただろう。
「っと。今日は言ってた通り午前で上がらせてもらいますね」
「そうでしたね。友人のお見送りでしたか」
「ええ。ではお先に失礼します」
友人とはカシムの事だ。
今日は北門からの乗り合い馬車が再開される日。
ようやく冬が終わる日なのだ。
◇
僕は見送りの前にギルドへ立ち寄った。
救護院の状況を毎日報告しているのだ。マギーさんに今日の報告をすませ、先ほどの話題を振ってみた。
「井戸の毒の調査はどうなりました?」
マギーさんは困った顔で笑った。
「どうもなってないわ。ほんと狐につままれたよう」
「もはや訳がわからぬよ」
毎度の如く2階から降りてくるのはギルマスだ。
「ベテラン冒険者の死因は毒殺で間違いないのだ。最後の言葉も多数の人間が聞いているので恐らく間違いない。なのに井戸に毒は入っていない」
「たしか『井戸に毒を盛られた』でしたか」
僕が最期の言葉を確認していると、背中から声がかかった。
「ふーん」
「わっ!気配消して近付くの止めてよリオ」
「ふふーんニャ」
リオは悪戯っぽく笑ってからマギーさんに問いかけた。
「その最後の言葉とやらを言った冒険者、盗賊じゃないかニャ?」
「そう、だけど。なぜわかるの?」
「盗賊言葉ニャ」
「どういう意味だリオ」
降りてきたギルマスがリオに問う。
「あるんニャよ、盗賊言葉に。『井戸に毒を盛られた』は、『身内に裏切られた』って事ニャ」
「!」
「そんな意味が」
「ややこしいことを」
「特に男の盗賊はカッコつけて使うニャ。さすがに遺言まで盗賊言葉使うバカは初めてニャけど」
正直、盗賊言葉を少しカッコいいと感じている。司祭言葉はないのかな。……ないよな、司祭少ないし。
「身内というと家族や恋人?」
「いや、冒険者だぞ?パーティだろう」
「パーティ内の仲間割れ、ですか?」
「お宝の奪い合いに長年の恨み辛み。残念だけどよくある話ニャ」
「殺人までいくのは余り聞かぬがな」
ギルマスは渋い表情だ。
マギーさんは手元の冒険者台帳を急いでめくる。そしてめくる手が止まった。
「彼の所属していたパーティは【黄金の羽根】。4人パーティね。彼の死にショックを受けて解散してるわ」
「本当にショックを受けてなのかは怪しいですね」
「残りの3人にすぐ話を聞くべきニャ。犯人なら身を隠してるだろうけど」
「いや、行き先は見当が付く」
ギルマスがカウンターに飛び乗り、叫んだ。
「仲間殺しの容疑者達を捕縛に向かう!場所は北門!手の空いてる者はついてこい!」
そうか。もし仲間殺しの犯人ならば、とにかくレイロアから早く出たいはず。ならば再開される乗り合い馬車に是が非でも乗りたいだろう。
ギルマスの呼びかけに、居合わせた冒険者達の目がきらめいた。冒険者というのは基本、好奇心旺盛でイベント好きなのだ。
「行くぞ!」
ギルマスが扉を勢いよく開き出て行くと、多数の冒険者達がわらわらと後に続いた。僕も一緒に北門へと向かう。
北門前には馬車を待つ長い列が出来ていた。その列をギルマスを先頭とした冒険者の群れが囲む。
馬車を待つ客達は何事かと慌てふためくが、その中に顔を伏せる男達がいた。
思いっきり怪しいので鑑定してみる。
戦士【不信のサンダース】
魔法使い【裏切りのシスコ】
僧侶【破戒僧ロドリゴ】
真っ黒だな。
視線を感じ、その方を見るとギルマスが問いかけるような目で僕を見ていた。
僕は首を小さく縦に振った。
「そこの3人!【黄金の羽根】で間違いないな?」
何か弁明しようとあたふたしていた3人だったが、周りを冒険者達に囲まれがっくりと項垂れた。
もっと往生際悪く、しらを切ったりするかと思っていたがすんなりと犯行を認めた。彼らは彼らで随分と苦しんでいたようだ。ちなみに原因はリオの言ってた通り宝の奪い合いだった。
ギルマスが冒険者の群れと共に【黄金の羽根】を連行して、ようやく騒ぎが静まってきた。
彼等には重い罰が待っているだろう。少なくとも冒険者として再起は厳しい。
「こんな所で捕物劇を観れるとはおもいませんでしたよ」
カシムが僕を見付けて話しかけてきた。
「大騒ぎになったね。でもこれで井戸の毒は解決だ」
「ああ、聞きましたよ。大変でしたねノエル」
「相変わらず耳が早いね」
「そりゃあ商人ですから……正直に言うとコレを貰う時に聞きました」
カシムが荷物から小ビンを取り出して振ってみせる。
これはキリルの薬だ。
患者に行き渡った後、健康な市民達にも薬を配った。潜伏中の可能性を考えての事だ。
「大変だったよ、魔力切れとか久々だった」
「そう言えばノエルは意外と魔力ありますよね」
「意外ってなんだよ」
たわいもない話を楽しんでいると、カンカンカンと鐘が鳴らされた。乗り合い馬車出発の合図だ。
「そろそろお別れですね」
「うん……ヴィヴィ達来なかったな」
「皆忙しいですから」
カシムが右手を差し出した。
「また会いましょう」
「うん、また」
僕は差し出された手を強く握った。
馬車が出発し、その小さくなってゆく姿を眺めていると。
「あちゃー、間に合わなかった?」
「お母さんがゆっくりお化粧してるからだよ」
ロジャーを抱えたヴィヴィが小走りでやって来た。
「む、遅かったでござるか。なんたる不覚」
ドウセツは汗だくでやって来た。さては修行してたな?
「お前ら、こっちじゃ!」
今度の声は城壁の上からだった。
見上げるとエーリクが手招きしている。
「ここからならカシムからも見えるはずじゃ」
僕達は城壁への階段を駆け上がる。
馬車はかなり小さくなっていた。
「おおーい!またなー!」
「またねー!」
「またでござるー!」
「元気でやれよーい!」
「また会おうー!」
もうカシムの姿は見えないが、僕達と同じように手を振って叫んでいるように思えた。