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「ノンダール病、ですか」


 初めて聞く病名だ。


「症状はピッタリだと思います。それに……」


 ヒルヤが潜伏期間の行を指差す。


「病気なら、なぜ一斉に発症したのか考えていたのですが。これなら辻褄が合うのではないでしょうか?」

「ああ、なるほど」

「確かに辻褄は合いますね」


 2、3ヶ月前といえば冬に入る時期。多くのよそ者冒険者がレイロアを訪れる時期である。

 その中に保菌者がいて感染者が出る。潜伏期間が長いので気付かぬ内に感染は広がり、発症して気付いた時には大量の感染者がいるわけだ。


「ということは、これからも感染者が続出するわけですか」


 エウリック司祭が両手で頭を押さえる。


「特効薬とか無いのですか?」

「この本には記されていませんね……」


 ヒルヤの言葉を最後に沈黙が降りる。

 こんな毎日が続くのか?

 病人より先に過労死してしまうぞ。


「とにかく、ノエル殿はギルドへ。感染症であるという報告と、出来れば助勢を」

「そうですね、すぐに行きます。ジャックは置いといて下さい」


 ジャックは裏でシーツの洗濯をしてくれていた。死を連想するので救護院は勘弁してくれとエウリック司祭にお願いされたのだ。すまん、ジャック。



 ◇



「ノンダール病!?」

「はい、間違いないかと」


 想定外の答えに驚きを隠せないマギーさんに代わり、ギルマスが会話の続きを話す。


「それはうつるのか?」

「はい。潜伏期間は2、3ヶ月。発症していない感染者も多数いると思われます」

「ったく、この冬は次から次へと……」


 ギルマスが忌々しそうに唇を噛む。


「それで、人手が欲しいのです。『キュアウィルス』が使える僧侶がベストなのですが」

「手配はするわ。でもすぐにとはいかないかも」

「それでもお願いします」


 回復役たる僧侶はパーティの要だ。一時的に僧侶が抜けるならば、その間は冒険を取り止めるパーティも多いはずだ。喜んで僧侶を差し出すパーティなどないだろう。


「まて、僧侶ではないが使えそうな奴がいる」


 ギルマスはそう言うと、依頼書が貼り出されている掲示板の方を見た。そして冒険者でごった返しているその辺りに向かって叫んだ。


「おい、薬師キリルはいるか!」

「はい!いましゅ!」


 盛大に噛んだ残念な返事が聞こえた。

 人波をかき分け、白っぽい作業着の少年がこちらへと早足で歩いてきた。


「お呼びでしょうか、ギルドマスター!……ってノエル?」

「久しぶり、キリル」

「薬師キリル。お前は病気の治療に詳しいか?」

「はい!一通り師である祖父から学んでます!」


 ギルマスはくるりと僕に顔を向けた。


「こいつの祖父は高名な薬師。治療に役立つはずだ。連れてけ」

「わかりました」

「えっ、えっ?俺どこに連れてかれるの?」

「薬師キリル。行け」

「っ、はい!」


 僕は敬礼するキリルを冷ややかに見ていた。



「キリルって権威に弱いんだね~。なんかがっかり」


 教会へ向かう道すがら、キリルをからかう。


「よ、弱くねーよ!俺はまだ駆け出し冒険者だぜ?ギルマス相手に緊張するのは仕方ねーだろ!」


 口を尖らせ反論するキリル。


「いや~、でも最後の敬礼は……」

「あ、あれはだな、思わずやっちまったんだよ。それより俺はどこ行くんだよ!」


 まだ目的を話してなかったか。僕はノンダール病の事をかいつまんで話した。


「それは厄介だぜ、ノエル」


 薬師の顔になったキリルが眉を寄せる。


「ノンダール病は発症者が1人いたら10人感染者がいると思え、だ」

「お祖父ちゃんのセリフ?」

「そ、祖父ちゃんのセリフ」


 キリルは何事か考えながら歩いていたが、急に立ち止まり薄汚れた小冊子を取り出した。


「ノエル、商店街に寄るぜ」

「なにか買うの?」

「薬の材料を探す」

「えっ!?特効薬とかあるの?」


 僕はキリルの話に飛び付いた。僕とエウリック司祭の健康がかかっている。


「祖父ちゃんがノンダール病の治療に使った薬を作る。この秘伝書には『効果アリ』とだけ書かれてるから特効薬かはわからない」

「それでも助かる!ありがとう!」

「よせやい、ワナカーン仲間だろ?」


 グッと親指を立てるキリル。イケメン過ぎます、キリル様。


 それから商店街でよくわからない草やら乾物やらを買い、最後にシモーリ造園へとやって来た。


「おう、司祭の坊主。トレントは元気ネ?」

「どうも、ミーゲさん。元気ですよ」

「邪魔するぜ、ミーゲのおっさん」

「薬師の坊主も一緒ネ。今日は何買う?」

「氷砂糖とヒドラ草が欲しい」

「わかた。マズは氷砂糖ネ」


 ミーゲさんに連れられて裏庭に入った。


「薬師の坊主はウチを薬草屋と勘違いしてるネ」

「わりぃな、ミーゲのおっさん。ここにしかねー植物が多いんだよ」


 やがて植物棚がずらりと並ぶ場所に来た。棚には鉢植えが幾つも置かれている。


「氷砂糖はこの辺ネ」


 ミーゲさんが指し示す棚には珍しい多肉植物が列を成していた。その中の1つをキリルが手に取る。


「なるほど、氷砂糖か」


 僕は思わず呟いた。

 その多肉植物はこぶし2つ分くらいの大きさで花のつぼみのような形をしている。最大の特徴は、全体がまるで氷砂糖のように半透明な事だ。僕もついつい1つ欲しくなるほど綺麗で愛らしい植物だった。


「へへ、正に氷砂糖だろ?んじゃ、これと……これかな」

「イイの選ぶネ、薬師の坊主」

「だろ?次はヒドラ草頼むぜ」

「ホイホイ。ヒドラ草は温室ネ」


 また少し歩くと、前方に骨組み以外が透明な建物が見えてきた。冬に似つかわしくない青々とした草木が中に見える。


「うわっ、暖かい。ってか暑いね」

「暑い地方の植物育ててる温室だからな」


 まるで真夏のような温室の中を進むと、場違いな鉄格子の壁にたどり着いた。


「危険ダカラ注意するネ」

「わかってる」

「へっ?危険?」


 驚いて大きくなった僕の声に反応するように、鉄格子の奥から唸り声が聞こえてきた。なにかがのたうっているようだ。


「やっぱここの植物は元気だな」

「もちろんネ」


 植物……?音のする方を覗くと公衆浴場の風呂桶くらいありそうな大きな鉢があり、そこから太い(つる)が何本も伸びているのだが。

「シューシュー」「ギイィィイ!」「ハッフハッフ」

 蔓の1本1本が蛇のような頭をしており、奇声を上げながらビッタンビッタン跳ね回っている。


「これヒドラ……だよね?」

「馬鹿言うなよノエル。ヒドラ『草』、植物だよ」

「そうネ、蔓の根本見るネ」


 言われて巨大植木鉢の上、ヒドラの根本を見てみると2枚の葉っぱがリボンのようにちょこんと生えていた。


「根っこあって葉っぱ生えテルの植物ネ。司祭のクセにそんな事も知らないカ?」


 そういうものか?専門家2人が言うのだからそういうものなのだろうか……


「蔓、イクツ欲しいネ?」

「んー、とりあえず1つかな。後でまた来るかも」

「わかた。オーイ!仕事ネ!」

「「ウーイ!」」


 ミーゲさんが呼ぶ声に応え、7人の男達が鉄格子の中に入ってきた。

 全員が上半身裸で、筋肉が盛り上がっている。頭からズダ袋を被っていて顔は見えない。手にはそれぞれ大鉈や鎖、農業用フォークなどを持っていた。


「蔓1本ネ!」

「「ウーイ!」」


 覆面マッチョ達はヒドラ草を囲み、じりじりと距離を詰める。対するヒドラ草は威嚇するように牙を剥く。

 1人の覆面マッチョが1本のヒドラ草の蔓に鎖をかけると戦いが始まった。


「刈り取りも大変だなー」


 フシュー!ウラアァァ!ゴスッ、ガキッ、グエッ。


「マア、仕事だし仕方ないネ」


 ギュアァァ!ハッフハッフ!シネエェェ!ゴルァ!


「こいつらは外の刈り取り業者?」


 ガプッ!ヤメロォォ……ゴクリ。テメェェ!ヨクモ!


「イヤイヤ、ウチの職員ネ。外注は高いヨ?」


 イマダ!イケェェ!ギュアァァ!ドシュッ、ギリッ。


「大変だな、どこも」


 ザシュッ!ギュエエェェ……バタリ。ヨッシャアア!


「ン、終わったようネ」


 6人の覆面マッチョ達が全員で蔓を1本抱えて鉄格子内から出ていく。……あれ?6人だったっけ?


「受け取りはどうするネ?」

「教会まで運んでもらえるか?」

「わかた」


 僕はショックで言葉が出なかった。造園業とはこんなにも過酷なのか。


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