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「フザケンナッテンデスヨ!」
ジャックが受付カウンターを両手でガンッと叩く。
対して僕は茫然としていた。
「……また、ですか?」
マギーさんは申し訳なさそうにしながらも、先ほどのセリフを繰り返す。
「ごめんなさい。ノエル君に直接依頼よ」
「アナタ、直接依頼デ私ガドンナ目ニ遭ッタカ知ッテマスカ?虫ノ大群ヘ投ゲラレタンデスヨ!?」
ジャックが早口で捲し立てる。
「ごめんね、ジャック君。今回のはそんな事にはならないと思うわ」
「口デハナントデモ言エマスヨ!シカモ変ナ二ツ名マデ付イテ……」
ジャックはカウンターに突っ伏して、オイオイと泣き出した。汁気が無いので涙こそ出てないが。
虫に投げた張本人としては気まずいけれど、とりあえず背骨をさすってやった。
「まあ、内容を聞け」
2階からの声。この登場の仕方が好きだなギルマス。
「お願い、ノエル君。貴方でないとダメなの」
マギーさんに手を合わせられ、仕方なく話を続けるよう目で促した。
「ありがとう!これが依頼書よ」
《井戸に毒を入れられた。体調不良を訴える者が多数出ているが、毒の種類が不明で治療法がわからない。教会で毒の特定と被害者の治療にあたられたし 依頼主アラン=シェリンガム》
僕でないとダメという理由何となくわかった。
階段を降りてきたギルマスが説明を始める。
「事の起こりは一昨日だ。あるベテラン冒険者が街の中で死亡した」
「死亡!?」
「ええ、毒殺」
マギーさんの眉間に深いしわが刻まれる。
「その冒険者の最後の言葉が問題でな。『井戸に毒を盛られた』と言ったらしい。いつ、どんな毒を入れられたのかわかっていない」
「周辺で聞き込みしたところ、体調不良を訴える人が続々と現れてね。その治療をお願いしたいの」
「教会で治療にあたっているが回復の兆しが見えないそうだ」
「ギルドからも暇してる僧侶を送っているのだけれど上手くいかないみたいなの」
「そこで鑑定で毒の特定をしてほしい、と」
「うむ」
ギルマスが頷く。
僕は少し思案し、気になる事を聞いた。
「えーと、教会なら司祭様いらっしゃいますよね?」
「ああ、エウリック司祭だな」
「その方だけでは足りないということですか?」
「ん?どういう意味だ?」
ギルマスが首を捻る。言葉通りの質問なんだけど……
「ああ、そういうこと」
マギーさんが手をポンと打つ。
「あのね、ノエル君。教会の司祭様は司祭だけど司祭じゃないの」
何を言ってるのかさっぱりわからず、今度は僕が首を捻る。だがギルマスは理解したようで、険しかった顔に明るさが戻った。
「そういう意味か。ノエル、お前の職業はなんだ?」
「司祭ですけど」
「そうだ。ではお前の仕事はなんだ?」
「冒険者です……そういうことですか」
「うむ。仕事として、役職としての司祭なのだ。実際の職業は大抵は僧侶だ」
「騎士なんかもそうね。爵位としての騎士と、冒険者職業としての騎士があるわ」
「確かに……」
思い出したのは司祭に成り立ての頃。面白くて街の人を鑑定しまくっていた時の記憶だ。
宿屋の親父が戦士だったり、道具屋で呼び込みをする女性が詩人だったりした。そして大半の街の人は鑑定上では無職だった。
皆、食べてく為に仕事しているわけだから職業≠仕事なのはよく考えればわかることだった。
仮に僕が冒険者を辞めて商売を始めたら、司祭の商人になるわけか。ややこしい。
「とりあえず鑑定だけでもいい。やってくれんか?」
「わかりました。引き受けます」
「ありがとう、ノエル君」
「頼む」
僕は未だグズるジャックを引っ張って教会へと向かった。
レイロアの教会は1つ。
聖アシュフォルド教の教会だ。僕は昔、破門されているので極力近寄らないようにしていた。教会内など足を踏み入れた事もない。正直、司祭様に会うのは怒鳴られそうで億劫だ。
「気ガススマナイナラ止メマショウヨ」
ジャックも乗り気ではない。アンデッドの彼にとって教会とは非常に居心地の悪いものだからだ。
教会の門が見えると1人の人物が立っているのがわかった。全体的に細長い体型の中年の男性。着ているローブのデザインはアシュフォルド教司祭の物だ。
「初めまして、ノエルです。ギルドに派遣されて参りました」
昔を思い出しながら出来るだけ礼儀よく頭を下げた。
「お噂はかねがね。私は司祭のエウリックです。こちらへどうぞ」
良い噂か悪い噂か判断に迷うが、ひとまずエウリック司祭の後に続く。
彼は敷地に入ると聖堂のある建物を素通りし、隣接した別の建物へ入っていく。
「ここは救護院。体を悪くした市民の方を治療する場所です」
扉を開くとそこにはベッドが所狭しと並んでいた。ベッドに空きはなく、床に寝かされた患者もいる。部屋の中にはわずかな呻き声が響くのみでとても静かだった。
「ノエルさん!」
呼ばれた方を見ると見慣れた僧侶の顔があった。
「ヒルヤ、来てたんだね」
ヒルヤは酷く疲れた様子で頷く。
「昨日から治療にあたっているのですが、『キュアポイズン』が効かず……仕方なくヒールをかけ続けています」
「それは……大変だったね」
「このままでは皆、倒れてしまいます。ノエル殿の鑑定で毒の種類を明らかにしていただきたい」
エウリック司祭が辛そうな声で話す。彼は痩せているのでげっそりとした顔は元々だと思ってたけど、疲労のせいもあるようだ。
「そうですね。どの患者さんを診ましょうか」
「こちらへ。重篤な患者さんがいらっしゃいます」
救護院の最奥にカーテンで隔離された場所があった。エウリック司祭がカーテンを開く。
「これは……」
患者の顔には緑がかった斑点がある。呼吸は浅く、頼りない。
「倦怠感、手足の痺れ、そして緑色の湿疹が主な症状です。熱や嘔吐などの症状はないのですが、『キュアポイズン』が効かないのがわからない」
僕は患者を鑑定した。
狩人【山読みのブラン】 重病
重病か……重病!?
僕は試しにと『キュアウィルス』を唱えた。
「その魔法は!?」
エウリック司祭が戸惑いの表情を見せる。その戸惑いは患者の変化を見て更に大きくなった。
「治っ、た?」
意識は戻らないが血色は見るからによくなり、肌に赤みが差す。呼吸も力強さを取り戻しつつあった。
「毒ではないです。鑑定結果は病でした」
エウリック司祭はがっくりと項垂れた。
「報告を真に受けて中毒症状だとばかり思い込んでいました……我ながらなんたる体たらく」
「私もです……」
「っ!こうしてはいられない。私とノエル殿は『キュアウィルス』で重症者を治療します。ヒルヤ殿は私の部屋にある〈疫学大全〉という本でこの病気を調べて下さい!」
「はい!」
「わかりました!」
◇
僕とエウリック司祭はイスにもたれかかりグロッキー状態になっていた。
「……『キュアウィルス』って異常に魔力燃費悪いですよね……」
「……ええ。……2人がかりでようやく5人……」
「……ギルドで応援頼みますか?」
「……『キュアウィルス』使える人でお願いします」
「……もちろん」
そんな会話をしていると、ヒルヤが分厚い本を抱えてやってきた。
「何の病かわかりました!って、大丈夫ですか!?」
「ただの魔力切れですから気にしないで下さい……」
「……それで、病気は?」
ヒルヤはページをめくり答える。
「えと、たぶんこれかと」
僕とエウリック司祭が同時に覗きこむ。
「「ノンダール病?」」
――ノンダール病
感染症。
特徴は緑色の発疹。倦怠感。幻覚。稀に手足の痺れ。
発熱や咳、嘔吐や下痢などの症状が見られないにも関わらず衰弱が激しい。
潜伏期間は2ヶ月~3ヶ月と長い。
ジューク連山に住む山間民族マルピル族が
病名はジューク連山踏破に挑戦した有名登山家、アサマ=デ=ノンダール氏が感染し、その存在が知られた事に由来する。
出典 病状からすぐひける!早分かり疫学大全