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「いい仕事してますね~」
僕は見事な両手剣を眺めていた。
刀身だけで僕の身長ほどあり、その長い刀身は蛇のように波うっている。連続する曲線が照らす明かりを揺らめかせ、とても美しい。
「フランベルジュというやつじゃな。苦労したわい」
「ほほう」
鑑定してみると
フランベルジュ+2
と出た。作者の腕が伺える。
「儂に任せてくれんか!」
エーリクが頭を下げる。
エーリクが言っているのはミストドラゴンの鱗の事である。どうしても見たいというので大工房を訪れたのだが、その鱗で僕の装備を作らせろと言うのだ。
「しかし」
僕はエーリクの作品群を見る。素晴らしい腕前なのは間違いない。間違いないのだが……
「僕、そんなに武器使わないよ?」
僕の職業は後衛の司祭。鱗で武器を作るくらいなら、どうにか売却して防具や魔法を揃えたい。
「む、武器が嫌か。それはそうじゃろうな」
アゴ髭をさすりながら何事か考える。
「ならば防具を作ろう!どうじゃ?」
「えっ?エーリクは武器専門じゃないの?」
「うむ、専門じゃ」
僕が怪訝そうな目を向けると、エーリクは手を振りながら言った。
「何も1から10まで儂が作るわけではない。腕のいい織物職人を知っておる。そやつに頼むわい」
人に頼む?鱗で織物?訳がわからず首を捻っているとエーリクが説明した。
「儂が糸に加工し、それで防具を織るのじゃ」
「そんな事出来るの?鱗だよ?」
「ドラゴンの鱗は素材としては金属に近い。熱して溶かす事も出来るし、叩いて延ばす事も出来る」
「ほお~」
「つまり金属糸の要領で加工するわけじゃ。御託を並べたが、儂は理屈の上でしか知らん。実際に経験させてくれ!儂を1人前の鍛冶屋にさせてくれんか!」
すでに1人前どころか名工の域に達している気がするが、言葉の端々からエーリクの情熱がひしひしと伝わってきた。
「……わかった。任せる」
僕は鞄からミストドラゴンの鱗を取り出し、エーリクに差し出した。
「よいのか!?おお、これが……」
エーリクは震える手で鱗を受け取った。
「恩に着る!必ず良いものを作って見せるぞ!」
「期待してるよ、エーリク」
早速鱗の観察に入ったエーリクと別れ、大工房を後にした。
今日は大晦日。
レイロアが最も活気に溢れる日の1つだ。
赤ローブ事件の解決をギルマス自ら宣言し、少しずつ街の雰囲気も良くなってきた。
一方で赤ローブ達がレイロアの外の人間であった事から、よそ者冒険者への風当たりはいっそう厳しくなった。彼らは他の街へ行きたくても雪に閉ざされた状況では難しく、街の端やギルドの軒下に宿を定める者も出てきた。この寒さでの野宿は鍛えた冒険者といえど堪えるはずだ。凍死者も出るだろう。
「ノエル。ここにいたニャ。ちょっと面貸すニャ」
大工房と商店街を繋ぐ中央広場でリオに声をかけられた。不機嫌そうな様子に黙って付いていく。彼女は賑やかな商店街へと向かった。
「私は我慢ならないニャ」
何の事だろうとリオの顔を覗くと、その目は道行く人に物乞いをする男へ向けられていた。雰囲気からしてよそ者冒険者だろう。売ってしまったのか武器も防具も持っていないが。
「助けてやりたいニャ」
僕はリオの語った黒猫堂を開いた動機を思い出していた。冒険者を助ける為の黒猫堂。そこによそ者かどうかの区別など無いのだろう。
「よそ者冒険者は結構いるから、黒猫堂で雇うとか無理だからね」
共同経営者としてはそう言わねばならない。
「わかってる、わかってるニャ。でも何か出来る事はないのかニャ?」
リオは歩きながらしきりに視線を動かし、狭い路地に目を止める。その先には壁と壁の間に座り込み、寒さをしのぐぼろぼろのフード付きマントの男。
「せめてああいう奴らだけでも何とかしてやらニャいと……」
「泊めるだけなら黒猫堂2号店を使えるかもね」
「!」
「とは言えよそ者全員は無理だ。ギルドで相談してみよう?」
「ニャ!」
僕達は商店街の喧騒を素通りしギルドへと赴いた。
「こんにちは、マギーさん、ギルドマスター」
いつもの受付カウンターではマギーさんとギルマスが話し込んでいた。
「どうした?ノエル、リオ」
「よそ者の事ニャ」
リオがずいっとギルマスに身を寄せる。
「助けてやりたいニャ」
「ふむ、それか」
「ちょうどその話をしていた所なの」
マギーさんが引き継いで話す。
「毎年、野宿しようとする人は出てくるのだけれど、今年は少し多くて」
「よそ者を追い出す宿屋があってな。市民感情を鑑みれば仕方ない事ではあるが」
「でも、あれじゃ死んじゃうニャ!」
「ギルドで何か対策はするのですか?」
「駆け出しパーティの保護は毎年やってるわ。ギルドに泊めて簡単な依頼を与えるの」
「依頼を与える?」
「雪かきとか薪割りとか。まあお手伝いね」
なるほど。駆け出しパーティは心配なさそうだ。
「問題は駆け出し以上、腕利き未満だな。特に単身レイロアに来た奴らが野宿なんて自殺行為に走る」
ギルマスが大きくため息をついた。
「黒猫堂でも受け入れるニャ!」
「む?そうか黒猫堂か……手狭ではないか?」
「黒猫堂は2号店を出すのですよ、マスター。ギルド向かいの空き店舗です」
「ほう!あそこならいけるな」
「食事まではだせませんが」
僕の言葉にマギーさんが困ったような笑みを浮かべる。
「それは本当はどうにかなるの。冒険者緊急時支援制度というのがあって……要はギルドに借金することができるの」
それは初耳だ。
「ただ、知らない奴も多くてな。知ってたとしても借金を嫌がる冒険者も多い」
固定収入の無い冒険者が借金を嫌うのは仕方ないだろう。しかしこれでお金と宿の見通しが立ってきた。
「じゃ、さしあたっては駆け出し以上、腕利き未満への告知ね。黒猫堂2号店に泊まれること、ギルドでお金を借りれることの」
マギーさんの言葉にリオが拳を握る。
「片っぱしから声かけて来るニャ!」
「どうせなら餌で釣っちゃおう。今夜の年越し祭、2号店前で炊き出しをしようか。食べてる所で借金と宿の話を説明しよう」
「それはいいニャ!でも炊き出しって何作るニャ?」
「リオ、スモークトラウト出して」
「ニャッ!?」
魚好きのリオが買わないわけがない。必ずカシムから買っている。それも大量に。
「ニニニ……リオも男ニャ!持ってけドロボー!」
いや、女ですよ?あなた。
「僕も野菜持ってくるから」
「野菜は今、高いニャよ?」
「大丈夫、自家製だから」
僕が薬草やハーブを育てる庭は、今や家庭菜園と化していた。それも真冬だというのに青々と野菜が育つ謎菜園に。原因はおそらく飼いトレント、サニー。彼が来てから育ちが異常に早いのだ。
夕刻。
ギルドの対面側、黒猫堂2号店予定地で炊き出しが始まった。
メニューはスモークトラウトと野菜の鍋、通称ニョッペ鍋。それにパンを付けて提供する事なった。パンはギルドが用意してくれた物だ。
「貰っていいか?」
「もちろん!熱いから気を付けて」
ウーリが鍋とパンを手渡す。
僕とリオだけではとても手が足りないので【五ツ星】に手伝いに来てもらった。彼らはニョッペ鍋1杯の報酬で快く引き受けてくれた。
「いらっしゃーい。やすいよ、やすいよー」
ルーシーも呼び込みをしてくれる。安いってのは止めてね、ほら、お金渡そうとする人が出ちゃうでしょ。
「レイロアの外の方ですね?ちょっとお話が」
執事スケルトンこと、ジェロームがよそ者冒険者に説明を始めた。
「……ノエル、2つよそってちょうだい」
「ん、はい。来てくれてありがと、ブリューエット」
「……助けてくれた恩返し」
照れ臭そうに呟き、人混みに消えるブリューエット。
訪れる中には顔色の悪い人も時折見えた。
「体調の悪そうな人がいたら僕かヒルヤに教えてね」
「わかったニャ!」
「任せるニャ!」
リオとミズのナーゴ族コンビが元気よく答える。
「オ嬢サン、私ト一緒ニにょっぺ鍋イカガデスカ?」
「ヒューッ!ジャックは炊き出しでもクールだぜ!」
ジャックとデューイの師弟コンビは置いておこう。
炊き出しはよそ者冒険者に限らず配っている。たまにやってくる市民にも。その為炊き出しの前は人で溢れ返り、日が落ちて凍える寒さになっても僕達は忙しく働いた。
やがて人の波がだいぶ収まり、喧騒も落ち着いてきた頃。ドンッ!と轟音が響いた。
皆の目が音のした方角に一斉に向く。
そこには大輪の花が咲いていた。
ワアッとあちこちから歓声が上がる。
「もう年越し花火の時間か」
僕は誰に言うでもなく呟く。
次々に上がる光彩に、誰もが目を輝かせていた。