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 3年前の春、冒険者ギルド2階の面接室。

 僕はそのドアをノックして返事をまった。


「はい、どうぞ~」

「失礼します!よろしくお願いします!」


 面接官は20代中頃の女性。格好からしてギルド職員ではなく冒険者だろう。


「え~~、ノエル君ですね。ではお掛けください」

「はい!失礼します!」

「そう堅くならなくても大丈夫よ?形式的なものだから」

「はい……」

「では始めましょうか。冒険者を志した動機は?」


 冒険者のお姉さんは手元の資料をパラパラとめくりながら尋ねる。


「長年教会に勤めていたのですが、聖アシュフォルド教を破門されまして。僧侶の経験を活かすなら冒険者かな、と」

「長年?その年で?」

「教会の前に捨てられていた所を司祭さまに拾って頂きまして。物心ついた頃には教会の仕事を手伝っていました」

「なるほど。破門された理由は?」

「えーと、司祭さまが亡くなられたのですが後任の司祭さまがいつまでも来られなくて。仕方なく代わりに礼拝を取り仕切っていたのですが、それが不味かったようです。司祭の真似事とは何様かと」

「あらまあ。回復魔法やターンアンデットは使えるの?」

「はい、あまり効果は高くないですが」

「そんなの、これからレベル上げていけばいいだけの話よ。……僧侶として問題なし、と」


 書類を書き終えると、お姉さんはごそごそと机の引き出しを漁る。

 やがて透き通った板のような物を取り出し、机の上に置いた。一見ガラス板のようだが、うっすらと沢山の小さな光が瞬いている。まるで朝が来る直前の夜空を切り取ったようだ。


「これは〈可能性の星図〉というマジックアイテムよ。血を1滴垂らすことで、その人間の天職を表す星が強く輝くの。その中から星を選ぶことで職業が決定するわ。輝きの強さは適性の高さに直結するから、一番光ってるのを選ぶのが無難ね。」


 そう言うとお姉さんは小ぶりのナイフを取り出した。

 僕はそれを受けとり、ナイフの先の方を左手の親指に当てる。チクッと痛みが走り、親指にぷっくりと血の玉が出来る。

 〈可能性の星図〉の上で親指を逆さまにするが、中々垂れないのでそのままゆっくりと親指で触れる。

 触れた場所から〈可能性の星図〉全体に波紋が広がる。

 やがて星々が瞬き始め、幾つかが強く輝きだす。


「ふーん、ノエル君は3つね。どれを選ぶ?」


 3つの星を見る。大きいの2つに小さいの1つだ。


「強く光ってるのがいいんですよね?」


 そう言いながら大きい2つに顔を近付ける。わずかに片方が大きい。その大きい方に触れてみる。

 すると板全体が輝き、僕の体の奥が暖かいもので満たされる。


「おお……これで職業を得たんですね」


 興奮を隠さずにお姉さんに尋ねるが、板を見たまま動かない。


「そんな……こんなこと……」


 〈可能性の星図〉には紋章のような図形が現れている。しばらく固まっていたお姉さんは少し落ち着きを取り戻すと僕を見つめて告げた。


「これは職業を示す紋章なの。それぞれの職業で違うわ。あなたのは……司祭なの。てっきり僧侶だと思ってたのに……」


 お姉さんの表情は暗い。


「えっと、司祭だと何か不味いんですか?」


 お姉さんは硬い表情のまま司祭の説明を始めた。


「司祭は僧侶系、魔法使い系の至る最上級職の1つなの。両方の系統の魔法が使えるし、ターンアンデットも使えるわ。特に司祭だけが使える鑑定のスキルは地味ながらとても有用よ」


 そこで口を噤んだお姉さん。沈黙が流れる。


「凄く良い職業に聞こえますが……問題あるんですか?」

「大問題よ!!!」


 お姉さんがドンッ!と机を叩く。

 僕は驚いて椅子に座ったまま後退った。

 ふう、と1つ息をつき、お姉さんが続ける。


「司祭はね、本来レベルが上がりきった人達がようやく就ける最終職なの。だから経験値テーブルもそれ用になってるの」

「経験値テーブル?」

「つまりね、司祭はとってもとーーってもレベルが上がりにくいの!」

「そ、そうなんですか……」


 面接室に2度目の沈黙が流れる。


「……とりあえず登録は出来たわ。下の受付で冒険者カードを受け取ったらあなたは冒険者よ」


 言いながら僕に席を立つように手で促す。

 席を立ち、お辞儀をして扉に向かうと後ろから声がかかった。


「苦労すると思うけど、へこたれないでね」


 不吉なことをいうなあ、と思いながら僕は面接室を出た。




 あまりお姉さんの心配を真剣に考えなかった。

 職業としては優れているんだし、どうにかなると思っていた。

 でも甘かった。



 ◇



 ギルドの掲示板でメンバーを募集している初心者パーティがあった。さっそく参加希望をしてみると、諸手を挙げて歓迎してくれた。司祭なんて凄いと誉めてくれた。




 しばらくは上手くいった。

 いや、とても上手くいっていた。

 ギルドでは期待のルーキーパーティだと持て囃された。




 半年ほど経って破綻が近寄ってきた。

 パーティメンバーとレベル差が広がってきたのだ。

 このパーティの回復役は僕だけだった。回復役は言わばパーティの持久力だ。回復魔法の回数分、迷宮に深く潜れるし無理も利く。でも僕の魔法使用回数は増えない。レベルが上がらないから。




 始めは盗賊のマルコだった。もっと行けるのに、と愚痴を溢すようになった。


 それを窘めてくれていた剣士のエリーゼも、もう何も言わなくなった。


 無口な戦士のダレンも不満を態度で表すようになった。




 そしてその日がやってきた。

 夕食を取るため行きつけの食堂へと皆で向かう中、リーダーである魔法戦士のアルベルトが近寄ってきた。


「ノエル、ちょっと付き合ってくれ」


 言われるがまま付いていくと、路地裏に入った。


「新しいメンバーが入ることになった」

「ほんと?どんな人?」

「男。僧侶だ」


 簡潔なその返答で、路地裏なんかに連れてこられた理由が分かった。


「言いにくいんだが……分かるだろ?俺達はこんな所で足踏みしたくないんだ。抜けてくれないか」


 僕は下を向き、頷いた。

 足を引っ張っているのは自覚していたから。


「……じゃあ、荷物まとめてすぐ出るから」

「そうか?悪いな」


 あっさりとそう言い放つと、アルベルトは足早に路地裏を出ていった。




 僕は常宿に戻り、自分達の部屋に入った。

 暗い部屋の中、荷物をまとめていると涙が出た。


 辛かった。


 悔しかった。


 短い間とはいえ一緒に冒険した仲間なのに、こんなに簡単に切られるのかと。

 その原因である司祭という職業も嫌で仕方無かった。


 荷物はそう時間をかけずまとめる事が出来た。そもそも僕個人の荷物など少なかったから。

 最後に仲間達へ別れを告げるべきかと考えるがすぐに否定した。この泣き腫らした顔を見せずに去るのが最後の意地だった。


 だが、一度も僕を責めなかった仲間の顔が頭を過る。魔法使いのミリィはマルコに舌打ちされる度、ダレンに睨まれる度、僕を励ましてくれた。

 黙って離脱する僕を許してくれるだろうか。別れを告げれば泣いてくれるだろうか。


 そんなことを考えているうちに、最後にミリィの顔を見たくなり行きつけの食堂の前へと足が向いた。

 いつもの定位置の窓際のテーブルに皆の姿があった。窓越しに見知らぬ顔がある。僧衣を着ているから新加入の僧侶だろう。即席の歓迎会になっているようで酒を片手に盛り上がっているようだった。皆が弾けるような笑顔だった。ミリィも。




 そうして僕は固定パーティを組めなくなった。


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