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「ぐへっ」

「フギャッ」

「あたたた……」

「うぐう」


 中空に放り出され地面に落下した僕達は、急いで取り込んだ洗濯物のように積み重なっていた。


「ここは……」

「大門のようだねえ」


 頭上に門が見える。少しズレたがなんとか大門に戻ってこれたようだ。ひと安心である。


「早く退くニャ!ウチの尻尾に乗ってるの誰ニャ!」

「そうっす!早く退くっす!重いっす~~!」


 どうやらトマーシュの上に『リープ』してしまったようだ。


「怪我してる奴はいないな?じゃあギルドに報告だ」


 鎧についた土埃を払いながらポーリさんが告げた。



 ギルドではマギーさんとエレノアさんが待っててくれていた。報告を始めようとすると2階から声がかかった。声の主は金髪オールバックのあの男。


「話は俺の部屋で聞こう」

「ギルマス、戻ってたのか。今までどこほっつき歩いてたんだい?この非常時に、さ」


 ヴィヴィが毒のある言い方で問う。誰もが思っていた事なのであろう、僕達は元より、マギーさん、エレノアさん、近くに居合わせた冒険者達までギルマスに注目する。

 幾多の視線を向けられ、ばつが悪そうにしながらギルマスが答えた。


「いや、悪かった。申し訳ない。それも上で話そう」


 ギルマスの部屋に入ると【五ツ星】は壁際に並んで立った。緊張した面持ちだ。その前をジャックが悠然と歩き、ソファにどすんと腰かけ、足を組んだ。


「さすがだぜジャック。ギルマス相手にこの態度」


 デューイが小声でジャックに称賛を送る。ジャックの奴、この反応を楽しんでるな。

 ギルマスが1つ咳をして部屋の人間の注意を集めた。


「さて、まずは事件のあらましを……」

「長期不在の理由を教えて頂けますか」


 エレノアさんが遮って質問した。ずいぶん長い間ギルマス代理だったからな。不満もあるのだろう。

 ギルマスはふうっと息を吐き、話始めた。


「いいだろう。ジューク連山へ調査に行っていた」

「ジューク連山ですか?」

「うむ。ノエル、お前絡みだ」

「へっ?」


 突然話をふられて戸惑う。が、ジューク連山方面というと心当たりは前回の冒険しかない。


「ミストドラゴン?」

「そうだ。お前の出会ったミストドラゴンだ」

「なにっ!」


 エーリクが興奮した顔で立ち上がった。


「ノエル、ドラゴンに会ったのか!?」

「ええ、まあ」

「倒したのか!?」

「まさか」

「そうか……」


 急に興奮が収まり、ストンとソファに落ちた。


「ドラゴンは素材の宝庫じゃ。一品でいい、ドラゴンの牙や鱗を使って作ってみたいわい……」

「あ、鱗手に入れたけど」

「なにいっ!見せろ!触らせろ!いや、くれい!」


 最後のはおかしいだろ、エーリク。


「話が進まん。それは後でやってくれ」


 ギルマスの言葉にエーリクは渋々口を噤んだ。


「報告ではドラゴンはジューク連山の奥へと移動したそうだが、また飛来して街を襲わんとも限らんのでな。調査が必要だった」

「しかし、友好的なドラゴンでしたよ?街を襲ったりはしないかと」

「だからと言って、はいそうですかとはいかぬのよ。属性持ちのドラゴンはグレードが無い。この意味がわかるか?」


 グレードが無い?初めて聞いたぞ。


「規格外の強さ、ということではござらんか?」

「そうだ。人間の物差しで計れない存在にグレードなど付けようがない」


 ギルマスはグラスの水を一口飲み、続けた。


「そんな存在をただ放っては置けんのさ。せめて調べるくらいしないとな」

「何もマスターがご自分で行かれなくても」


 エレノアさんの言葉にギルマスは首を振る。


「グレード無しには近隣のランクSがあたる。それが暗黙のルールなんだよ、エレノア」


 ギルマスであるアラン=シェリンガムはレイロア唯一のランクS冒険者だ。

 エレノアさんはまだ不満げだが、それでも納得はしたようで口を閉ざした。


「さて、今度こそ事件の話をしよう。まず【五ツ星】」

「「はいっ!」」


 5人が声を揃えて返事する。


「お前達はどんな経緯で赤ローブに捕まった?」


 ウーリが一歩前へ出て、説明を始める。


「美味い話があると誘われたのです。頭数が必要だから乗らないか、と」

「ふむ」

「美味い話など怪しいと反対するメンバーも居ましたが、依頼の少ない現状についつい乗ってしまいました」


 冬の間は冒険者が増える。だが依頼の数は変わらない。必然的に依頼が少なくなるのだ。【五ツ星】のような駆け出しパーティは、その影響をもろに食らってしまう。


「誰に誘われた?」

「ユリアン達です。一緒に進むと途中で赤ローブ達に魔法で眠らされました」

「それで?」

「起きたら土牢に捕らわれていました。しばらくするとノエル達も捕らえられて来ました」

「ノエルは危なかったよな、生け贄の台に乗せられてさ」


 デューイが口を挟む。


「ん?ノエル達も捕まったのか?」

「捕まったでござるが予定通りでござる」


 ギルマスの質問にドウセツが答える。


「……予定通り?」


 ブリューエットが訝しげに僕を見る。ここは僕が説明するべきだな。


「【五ツ星】誘拐の報せを受けてギルドでユリアンに会ったのですが、その時にユリアンを鑑定しました」

「ほう」


 ユリアンの鑑定結果は


 魔法使い【邪教祖ユリアン】


 だった。騎士じゃないのかよ!とつっこまなかった自分を誉めてあげたい。


「その時にはユリアンをクロと認識したわけだな」

「はい」

「そして残りの赤ローブも芋づる式にと考えた訳か」

「その通りです」


 僕はユリアンにねだった1時間でマレズ珈琲店と黒猫堂2号店に走った。

 カシムとドウセツに同行してもらい、その他のメンバーにはそれを尾行してもらう。2号店にいたリオは黒猫堂本店で戦力を集め、尾行組に合流した。あとはルーシーの『嘆きの声』を合図に突入、とだけ決めていた。


「なるほど、な」


 ギルマスはエレノアさんに視線を移した。

 エレノアさんは顔を真っ青にしていた。自分が信用していた【聖光十字団】自身が誘拐犯だったことにショックを隠せないようだった。


「エレノア」

「っ!はい!」

「お前が……」

「見抜けなかった私の落ち度です!処分は如何様にも……」

「聞け、エレノア」


 珍しくテンパったエレノアさんをギルマスが一喝した。


「お前に人を見る目が足りないのは元々わかっている。俺が許せぬのは別の事だ」


 ギルマスはエレノアさんを見据えてから続けた。


「ノエルは鑑定で犯人に気付いていた。それなのにギルド側に報せなかった」


 ハッとした顔をするエレノアさん。


「信用されておらぬからよ。ギルドが冒険者に信用されなくなったら終いだ」


 実のところ、僕はギルドを信用してないわけじゃない。あの時は信用して貰えないのが怖かったのだ。


「お前は仕事に対して真面目だが、人に対して不真面目過ぎる。もっと人を知れ」


 エレノアさんは唇を噛み、深く頭を下げた。


「話が逸れたな。今回の件、ギルドは非常に感謝している。直接依頼の報酬は当然として、加えて赤ローブ討伐報酬も用意する」


 ワッと沸き立つギルマス部屋。


「これで人並みの年越しが出来そうだわい」

「エーリク、そんなに貧しいのかい?あんた名工なんだろう?」

「ほとんど酒に消えるからな、ガハハハッ」

「年越しの用意もどうせ酒でござろう」

「お金貸しましょうか?便利屋仲間の特別金利で」

「そこは無利子で貸してあげなさいよー」


 僕は4人の会話を聞いていて急に寂しくなった。

 報酬の話で盛り上がる冒険の終わり。

 僕にとってそれはパーティの終わりを意味する。

 今回は期間も長かったので寂しさもひとしおだ。

 考えてみれば便利屋パーティなんて奇跡的な事だ。

 また組める可能性は低いだろう。 


「なんて顔してんだい、ノエル!」


 ヴィヴィを見る。

 彼女の目は潤んでいた。

 他の3人も寂しそうな、悲しいような顔だった。

 なんだ、皆同じか。

 そうだよな、同じ便利屋なんだから。


「大袈裟だねえ。同じ街にいるんだ、すぐ会えるよ」


 ジルさんから彼女なりの励ましを送られる。


「そうさ、涙の別れの次の日に道でバッタリとかカッコ悪いよ」


 ヴィヴィが目の端を拭いながら笑う。


「確かに。皆レイロアにいるのでござった」

「まったくじゃ。会おうと思えばいつでも会えるわい」


 笑い合う4人。

 ただ1人笑わない彼が拗ねたような口調で呟いた。


「私は冬の間しかいないんですけど……」


 その後、頬を膨らませるカシムを4人がかりで慰めるのだった。


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