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「其はちいさきもの。其は影に蠢くもの。其は腐敗を好むもの。其は死を撒き散らすもの。肉を食み血汁を啜れ!『サモンスウォーム』!」


 立ち上がったユリアンの足元に横一線に亀裂が入る。

 亀裂は引き出しが開くようにゆっくりと広がっていき、黒い中身が這い出してきた。それは黒くて丸いキャンディが引き出しから無数に溢れるように見えた。


「これ全部蟲かい!?」


 ジルさんが嫌悪感を(あらわ)にする。

 黒い甲虫が床が見えなくなるほど無数に這う。亀裂からはまだとめどなく溢れ出てくる。僕達が後ずさりする中、甲虫はユリアンの前に立つ赤鎧に群がった。


「へっ!?」

「ユ、ユリアン様あ!!」


 真っ赤な鎧はたちどころに黒く染まる。

 黒く蠢く人形(ひとがた)の奇妙なオブジェは呻き声を漏らしながらゆっくりと崩れ落ちた。気のすんだ甲虫達がその場を離れると、赤鎧を着た2体の白骨が転がっていた。


「ヒィィ!骨ニナッテル!」


 いや、君が言うなよジャック。


「我流『否名霰』!」


 ドウセツが乱れ斬りを繰り出す。その剣閃は振るう度に色が変わり火炎や氷塊、雷撃を纏う。何百もの甲虫が逆さまに転がるが、その甲虫を飲み込みながら新たな甲虫が迫ってくる。


「きりがないでござる!」

「はあ、困ったねえ」


 ジルさんはストトトッと逆手に持った仕込み杖で甲虫を貫いている。僕も下がりながら魔力を練った。


「焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」


 ユリアンを中心に起こった火炎旋風に甲虫が舞い上がる。バラバラと炭化した甲虫が降る中、黒く染まったユリアンがニイッと笑った。


「あの甲虫、守りにも使えるのか」

「下がるよ、司祭さま」


 ジルさんが僕のローブを引っ張る。後ろを見ると赤ローブを制圧したポーリさん達が集まっていた。

 皆の元へ走る。

 集まっている中に懐かしい顔を見つけた。


「【五ツ星】!みんな無事か!」

「大丈夫、無事です!」


 コボルトの少年が元気よく答える。色々と話したいけれど、今はユリアンだ。

 僕が再びユリアンに向き直ると、前方は黒一色となっていた。ポーリさんが指示を飛ばす。


「このままでは囲まれて虫のエサだ!隊列を組め!魔法かなんかで範囲攻撃できる奴はガンガン削れ!『サンダーウィップ』!」

「ウリィィィィイ」

「我流『否名霰』!」

「……迷宮を流れる水よ、その本性を我が前に遣わせたまえ!顕現せよ『ウンディーネ』!」

「『ファイヤーストーム』!」


 僕を含めた5人の範囲攻撃が甲虫を焼き、潰し、削る。かなり屠ったはずなのだが、甲虫の群れは黒い海が波立つように迫ってくる。


「……駄目なのか?」

「やだよう、虫のエサなんて」


 ウーリとヒルヤの泣き言にデューイが活を入れた。


「諦めんな!ブリューも頑張ってるだろ!?それに押してはいないが押し負けてもいねえ!」


 デューイの言う通り、押し負けてはいない。だがこの拮抗を破らねばジリ貧だ。そんな時、カシムの投げる投擲武器に目がいった。


「チャクラムだっけ、いいねそれ」

「ええ、使い勝手いいですよ……ってのんきですね」


 カシムのじとっとした目をよそに思案する。……いける気がする。


「ジャック!カモン!」

「ハイ?私ハ皆サンノ後ロデ静カニシテマスノデ、オ構イ無ク……」

「大丈夫!痛くしないから!」

「ソンナノ痛イ時ノ常套句デショウ!?」


 何かを察して頑なに前に出てこないジャック。しかし後ろにいた【五ツ星】やリオ達がグイグイと押し出して、ついに僕の前に来てしまった。


「アナタ達!恨ミマスヨ!イエ、呪イマスヨ!」

「いいから。はい、ここに剣を抜いて立ってね」


 ジャックが剣を構えて立つ。ちょっとへっぴり腰だがいいだろう。


「では『フロート』!」

「ウワッ」


 転んだジャックの足首を持つ。


「何デス?何デス?」


 そして腰を落としてジャイアントスイング!わずかに浮いているので非力な僕でも大丈夫!


「ヒイィ!ヒイィ!」


 そして投擲!


「いっけえええぇぇ!スケルトンブーメラン!」

「嫌ダ!嫌ダアアアァァァ……」


 高速横回転しながらジャックが黒い海を渡る。


「グベエッ!」


 やがて壁にぶつかりジャックは止まった。

 黒い波しぶきを上げながらジャックの通った跡には一条の道が出来た。

 威力は充分。何より気分爽快!


「ヒューッ!すげえぜジャック!」


 デューイが感嘆の声を上げた。

 命を救われて以来、ジャックの大ファンだからな。


「ウヒィィ」


 出来た道が塞がる前にジャックが走って戻ってきた。

 が、僕と距離を置いて止まった。


「どうした、ジャック?」


 ジャックは両肩を抱いて怯えている。


「マタ投ゲルデショウ……?」

「なっ、投げない!……事もない」

「ヤッパリ投ゲルンダ!」


 すっかり怖じ気づいてしまったようだ。


「俺を投げてくれ、ノエル!」


 デューイが鼻息荒く僕に近寄る。


「いや、スケルトンブーメランは人間には無理だ。ごめんな」


 デューイはしゅんとしてしまった。ふざけた言い方になってしまったが、実際人間には無理だ。三半規管が持たない。


「オ、おーなー、オッ、俺俺俺ヲ使エェェェ」


 そうだ、マリウスがいた!


「頼めるか?マリウス」

「殺殺殺……」


 マリウスはやる気、いや殺る気充分のようだ。


「ちょいと、司祭さま」


 ジルさんから声がかかる。


「あの術者を狙ってくれるかい?わかるね?」

「あっ、そうですね。狙ってみます」


 ジルさんの意を理解した僕は投擲の準備に入る。

 マリウスに『フロート』をかけ、グルグル回しながらもユリアンの位置を確認し、投げた。


「いっけえええぇぇ!スケルトンブーメラン改!」

「ヒヒヒヒ!死ネ死ネ死ネ死ネエェェェ!」


 高速横回転したマリウスは一直線にユリアンへと飛んでいく。その跡に出来る一条の道はジャックの時よりもはるかに太い。


「ふざけた真似を!」


 ユリアンは『ファイヤーストーム』を防いだ時のように甲虫をその身に纏う。

 床石をも削りながら進むマリウスが真っ黒なユリアンに接触した。衝撃で地面が大きく揺れ、土煙が巻き起こった。土煙は巨像の顔の高さまで達し、天井まで打ち上がった甲虫が、瓦礫と共にばらばらと降った。


「はぁ、はぁ。ふざけやがって。ふざけやがって!」


 土煙の中から無惨な姿のユリアンが現れた。頭から血を流し、深紅の鎧は砕けて見る影もない。アレに耐えた事には素直に感心する。が、ここまでだ。


「うぐっ!!」


 ユリアンの胸から刃が生えた。


「すまないねえ、2度も痛い目に遭わせちまった」


 ジルさんがずるりとユリアンから仕込み杖を抜く。

 マリウスの作ったユリアンへと続く一条の道。そこを彼女の神速をもって渡り、土煙に紛れて背後に回ったわけだ。

 ユリアンは恨めしい目付きで僕を見やり、そのままうつ伏せに倒れた。それと共に黒い亀裂は閉じてゆき、完全に閉じると甲虫達は一斉にひっくり返っていった。


「何とかなったか」


 ポーリさんがさすがに疲れた様子で息をついた。


「ふう、くたびれたわい」


 エーリクは大金槌の表面についた虫の残骸を怠そうに払っている。


「ううう……虫は嫌だあ」


 ヴィヴィは甲虫が現れてからずっとエーリクの後ろで震えていた。生理的に無理だったようだ。

 ジルさんとマリウスも戻ってきた。


「どうしたニャ?ジル」


 リオが尋ねると、ジルさんは首を傾げながら答えた。


「なんだか揺れてないかい?」


 ふっと皆が静まり周りに注意を向ける。


「……揺レテマス」

「うん、揺れてる」


 揺れは次第に大きくなっている。天井から砂が降り始めた。巨像を見ると揺れがはっきりわかった。


「不味い、『リープ』唱えます。集まって」


 僕は残り少ない魔力を練り始めた。


「そんなに焦らなくても。まずこの部屋を出ればいいだろう?」


 腰を抜かして座りこんだままのヴィヴィが異論を唱えるが、カシムが口を挟む。


「忘れましたか?ここは8階層。少しでも壁に穴が開けば、あっという間に水の底ですよ」


 理解したヴィヴィがぴょんと跳ね起きる。


「早く、早く!ノエル!」


 ヴィヴィが掌を返して僕を急かすが、詠唱長いんで焦らせないでね。


「うわっ、水出てる!あそこ!」

「儂は泳げんぞ!早くせい!」


 だから焦らせるなって。


「嫌ニャー!ウチ、溺死は嫌ニャー!」

「私が死んでも黒猫堂は不滅ニャー!」


 ナーゴ族コンビ、ニャーニャーうるさい!


「ヒイィ、実ハ私モ泳ゲナインデスヨォ!」


 君は大丈夫だから。呼吸してないから。


「オ、オ、オ前ラ死ヌノカァァ。カ、可哀想ダカラ俺ガ殺シテヤルゥゥゥ」


 頼むから物騒な事言わないでくれマリウス。

 集中出来てないから正直、自信がない。「いしのなかにいる」だけは勘弁してくれよ!


「『リープ』!」


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