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「……エル!ノエル!」


 遠くから聞き覚えのある声が呼んでいる。

 誰だ?

 女の子の声だ。

 この声は……ブリューエット?

 そうだ。

 迷いの森で一緒に冒険したハーフエルフの女の子。

 なぜブリューエットがこんな所に。

 ……こんな所?


「ハッ!」


 飛び起きようとした僕はジャラッという音と共に寝ていた方へ引っ張られた。


「うっ、痛う」


 引っ張られた両手を見ると鎖が繋がれていた。両足もだ。赤黒い石の台の上に拘束されているらしい。


「お目覚めかな、司祭ノエル」


 首を横に向けるとユリアンの姿があった。だが先程までの格好と違い、深紅の鎧に赤マントといった出で立ちだ。


「ここは」

「ここはね、私達ミカジチ信者の聖地だよ」


 ユリアンがバッと手を広げ大仰な身ぶりで説明する。


「見えるかい?この荘厳なミカジチ像が!」


 顔を頭上へ向けると巨大な石像が僕を見下ろしていた。厳めしい顔に腕が4本。そのそれぞれに片刃の剣を持っている。


「伝承では若い人間444人の心臓を捧げれば邪神ミカジチの加護が得られるという」


 まるで詩でも読むかのように朗々と語るユリアン。


「その加護により魔王となった者もいるという!」

「……それはデタラメでござるよ」


 気持ちよく語っていたユリアンにドウセツが冷や水を浴びせた。

 首を持ち上げて、聞こえた足元の方に顔を向ける。随分広い部屋のようだ。赤ローブが何十人も並んでいる。ユリアンと同じく深紅の鎧を着た者も見えた。

 部屋の両脇に壁を掘って作ったらしい土牢が並んでいて、その1つからドウセツの声は聞こえてくる。


「デタラメらしいですよ?」

「うるさいっ!」


 ゴツッとナックルガードを装備した拳で殴られた。口の中が鉄の味で満ちる。


「……ノエルっ!」


 ブリューエットの声。土牢のどれかに入っているようだ。生きていてくれた事に安心する。他の【五ツ星】は無事だろうか。


「このミカジチ像の御前でよくもそんな事を!」


 ユリアンはドウセツのいる土牢までドスドスと怒りを隠さずに歩いていく。


「それが間違っているでござるよ」

「何がだ!」


 牢の鉄柵を蹴りながらユリアンが吠える。


「これは天津甕月(アマツミカヅキ)の像でこざる」

「!」

「拙者が生まれた東方の地の神でござる。月の神であり、武と叡知の象徴でござる。邪神とはほど遠い存在でござるな」

「だっ、黙れ!黙れ!何を世迷い言を!」

「像の持つ武器をよく見るでござる。拙者の刀とよく似ているでごさろう?」


 言われてみれば確かにカタナっぽい。というか、もうそうとしか見えない形状だ。


「東方から移り住んだ同胞達が密かに作ったのでござろう。昔は今よりも東方人に対する偏見や差別が酷かったと聞くでござるしな」


 周りの赤ローブ達がざわつき始めた。彼らの心に疑念が生まれたのだろう。


「静まれ!このような流言に惑わされるな!嘆かわしい!」


 ユリアンが一喝し、僕の方を見る。


「444人の心臓を捧げればはっきりするのだ!まずはこの司祭の心臓だ!」


 うへえ、まず僕ですか。

 ユリアンは腰の剣を抜き、僕の元へ戻ってくる。抜いた剣は刀身まで真っ赤だ。


「司祭という聖職にありながらアンデッドを使役するレアな存在!初めて会った時から良い生け贄になると目を付けていたぞ!」


 そんな目の付けられ方嫌です。これ以上痛いのも嫌だし、もういいか。


「ルーシー、ルーシー、お願い」


 胸の十字架に囁くとゆらゆらと光る煙が立ち上る。


「よーほーほー!」

「何だっ!……ゴースト!?」


 ルーシーは腰に手をやり偉そうにポーズを決める。


「まだ赤ヒゲモードか」


 僕が呟くと、僕の寝る石台の下の方からジャックが反論した。


「イエ、アレハちょび髭デス」

「そんな所にいたのか、ジャック。……チョビ髭って?」

「ナンカ壺ニ入レラレテマス。ちょび髭ハ赤ひげニ代ワル次世代ひーろーデス」

「ヒーローって……海賊じゃないの?」

「海賊デスガじぇんとるまんナノデス。るーしーノ教育上、赤ひげヨリモコッチガ良イト思イマシテ」

「教育上か。まあ奪い犯し殺す海賊よりはいいか」

「何を喋ってやがる!」


 ユリアンが顔を真っ赤にして迫ってきた。


「っと、ルーシー!例のやつ頼む!」

「あいあいさー!」


 すうっと息を吸い込むとかぱっと小さな口を開けた。


「……ァァアアアアアアアアアアアア!!」


『嘆きの声』に赤ローブ達の一部がパニックを起こした。無事だった赤ローブと取っ組みあいになっているところもある。


「ふっ、ふざけた真似をっ!」


 残念ながらユリアンは耐えたようだ。


「たかがゴースト如きのスキルが私に効くと思ったか!つまらん切り札だな!」


 ユリアンの言葉にルーシーがふよふよと降りてきて不安げに僕に尋ねる。


「ノエル。ルーシーはやくたたず?」


 ルーシーは生前のトラウマから、おりこうさんにしなければ、役に立たなければという思いが強い。


「そんな事ない。凄く役に立ったよ」

「ほんと?」

「ククッ、役立たずか。わかってるじゃないか」


 ユリアンの言葉にルーシーの顔が歪む。


「大丈夫だよルーシー、大丈夫。ほら、あっち見て」


 僕があごで指した方には、この部屋の入口らしき扉があった。そしてその扉がガアンッという大音響と共に吹っ飛んだ。


「な、なんだ!?」


 扉があった場所から5つの影が素早く散る。少し遅れてのっしのっしと大金槌を担いだエーリクが入ってきた。


「おう、無事かノエル!合図が遅いからおっ死んだかと思ったぞ!」


 ガハハと笑うエーリクはついでとばかりに近くにいた赤鎧に大金槌を振るった。赤鎧はまるでおもちゃの人形のように吹っ飛び、落ちた。


「はあっ!」


 土牢の前で赤ローブを蹴散らすのはビキニアーマーのヴィヴィ。


「雷よ、走れ!『ライトニング』!」


 立ち塞がる赤鎧に雷魔法を射つのはポーリさん。


「ウリィィィィイ」


 魔剣グラットンで床ごと赤ローブを削るマリウス。


「救援!?いや合図と言ったな!貴様、何をした!」


 ユリアンに胸ぐらを掴まれる。


「何って合図出したんだよ。ね、ルーシー」

「あいずうまくできた?」

「うん、完璧!」

「えへへ、うれしいな~」


 ふよふよと浮き上がっていくルーシー。


「だ!か!ら!何の合図だ!?」


 目を血走らせたユリアンが僕に赤い刀身を突き付ける。と、いつの間にやらユリアンの後ろに小さな影。


「背中がお留守だねえ」


 仕込み杖の一撃を受け、転がるユリアン。


「ジルさん!来てくれたんですね!」

「仕方ないさね。増援の話がきた時に偶然、黒猫堂にいたんだからさ」

「偶然というか、しょっちゅうお茶飲みに来てるんだからある意味必然ニャ」


 現役を引退してるリオまで来てくれた。


「くそっ。くそっくそっ!司祭、せめてお前は死んどけ!」


 ジルさんに刺された傷も深いだろうに、僕に斬りかかってくる。僕は両手を前に出し、使い慣れた魔法を放つ。


「『バレット』!」

「ぐわっ!」


 近距離で『バレット』を食らい再び転がるユリアン。


「何で!?鎖はどうした!?」

「こんな鎖、盗賊なら5秒で十分ニャ」


 リオがジャラリと外した鎖を垂らして見せる。


「ぐぞっ!お前ら、壁になれ!」


 3人並んだ赤鎧に命令しユリアンは後退した。そして懐から出したポーションを一気に呷りうずくまる。

 赤鎧の3人は【聖光十字団】にいた連中だ。


「リオ、土牢も頼める?」

「任せるニャ!」


 僕はジルさん、ジャックと共に3人と相対する。


「こやつら、中々やるみたいだねえ」


 3人は落ち着いていて隙がなく、それでいていつでも命を捨てる覚悟がある狂信者の瞳をしていた。

 対してこちらは凄腕のジルさん、攻撃手段が非常に乏しい僕、そんな僕の影に隠れるジャック。

 向こうは壁になるのが命令らしいので、僕らは無理に攻めない事にした。距離をとって『バレット』を射つが避けもしない。ダメージはあるはずなのだが。

 ジルさんは背後に回り込めず苦労してる。ジルさんの得意技は『いつの間にやら後ろからバッサリ』なのだが、3人はそれぞれの死角をカバーし合っていて隙がないのだ。

 膠着状態が続いていると、こちらに増援が来た。土牢から解放されたドウセツだ。


「秘剣『屑斬り』!」


 ドウセツのカタナが色を失い、透明な刃が赤鎧を襲う。


「グアッ」


 見えない剣閃を捌ききれず、赤鎧が倒れる。

 残りの2人は警戒心もあらわに後ろへ下がっていく。

 ジリジリと距離を詰めると、うずくまったユリアンの口が動いていることに気付いた。


「まさか……!ずっと詠唱していたのか!?」


 僕の全身に鳥肌が立つ。

『リープ』なら逃げられてしまう。……いや『リープ』でなければ更に不味い。魔法の詠唱の長さは発動する魔法の複雑さに比例する。複雑な作業をこなせばこなすほど、奇跡のような効果が起こる。


 やがてユリアンが伏せていた顔を上げる。

 その口元にはあざ笑うかのような微笑みが浮かんでいた。


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