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 洞窟で見つかった幾多の遺体は、遺留品から行方不明となった者達であることが確認された。

 後に〈赤ローブ事件〉と呼ばれる邪教信者による誘拐殺人事件はレイロアの住民に衝撃を与えた。

 年越しを間近に控えている事もあり商店街などは賑わいを見せているが、それも日暮れが迫ると閑散とする有り様だ。例年なら年越し前は日が変わるまでお祭り騒ぎなのだが……

 僕達はどこか暗い表情の人々が行き交う商店街を歩きマレズ珈琲店へとたどり着いた。ドアベルの音に待ち合わせ相手の視線が僕に向かう。


「こんにちは。遅れたかな?」

「いやいや、時間通りですよ。ここの珈琲が楽しみでついつい早めに来てしまいました」


 そう言ってカップの香りを楽しむカシム。


「そう言ってもらえると連れてきたかいがあるよ」


 ヴィヴィは嬉しそうだ。


「拙者はほうじ茶の方が好みでござるが、この珈琲もなかなかでござる」


 スズッと珈琲をすするドウセツ。


「で、何か進展はあったか?リーダーよ」


 カチャカチャとしつこくカップの中身を混ぜながらエーリクが聞いてきた。


「ん。今日はゲストを連れてきたよ」

「ゲストなんて大袈裟ですよ?ノエルさん。今日は私からお話があって参りました。よろしくお願いします」


 そう言って会釈するエレノアさん。

 この集まりは便利屋パーティを組んで以来、定期的に行っている情報共有の場だ。連絡帳では伝わりきらない部分がどうしてもあるので、暇を見て集まっている。


「サブマスさんが何のようだい?」

「こちらに用はないぞい」


 ヴィヴィとエーリクが凄む。


「もちろん赤ローブ絡みです」


 そう言うとエレノアさんは僕らを見渡し、なんと深く頭を下げた。


「皆さんが直接依頼を遂行してくれたお陰で邪教徒の暗躍が明らかになりました。マスターに代わりお礼申し上げます」

「頭を上げてください、これでは我々は悪者だ」


 カシムが慌てて止めた。


「あんなことがあったのにお主から頭下げるとは殊勝じゃのう」


 エーリクの言葉にエレノアさんが一瞬ぽかんとする。


「あんなこと……?ああ、依頼の説明の時の事ですか?そんな前の事を気にしてらしたんですか?」


 エーリクは目を見開いて絶句した。

 思うに、これがエレノアさんの通常営業なのだ。

 合理主義者でドライでやや天然。合理的過ぎて人の気持ちの機微に疎い。象徴的なギルマスに対して実務的なサブマスという意味では適材適所なのかもしれないな。


「で、エレノア嬢のお話とは何でござる?」


 ドウセツが早く用件を済ませるべく話を進めた。


「現在ギルドでは拘束した赤ローブから聞き取り調査を続けています」

「聞き取り調査?拷問に限りなく近い尋問だろ?」


 ヴィヴィが茶化すがエレノアさんは顔色も変えない。


「そう捉えて頂いて結構です。その結果、邪教徒はまだ残っている事がわかっています」

「らしいですね。でもそれは市民の方でも知ってる事だと思いますが」


 カシムが首を捻るとエレノアさんが続けた。


「ええ。そこには指導者と呼ばれる人物も含まれているようです。そして雪に閉ざされた現状、まだレイロアにいるだろうと思われます」


 北門から1日3便出ていた馬車さえも、今では積雪の為に欠便となっている。


「指導者……」

「むう」


 考え込む僕らにエレノアさんは更に続ける。


「誘拐事件以来、市民の行方不明者は出ていません」

「市民の、でござるか」


 ドウセツの言葉にハッとする。


「まさか」

「冒険者の、それも歳若い低レベルの行方不明者が出ています。ダンジョンに潜って帰らない冒険者がいるのは当たり前なのですが、誘拐事件から明らかに増えています」

「街中で拐うのは諦めてダンジョンの中で拐う事にしたってわけかい」


 エーリクが苦虫を噛み潰した顔でボヤく。

 気まずい静寂が流れる中、突然珈琲店のドアが乱暴に開かれた。

 入ってきた人物は店内を見回すと、こちらに向かって息も絶え絶えに走ってきた。


「ノエル君っ!大変なの!」

「どうしました!?マギーさん」


 マギーさんの切迫した様子に危機感が募る。


「い、【五ツ星】が!赤ローブに拐われたかも!」



 ◇



 マギーさん、エレノアさんと共にギルドへ急いで赴くと【五ツ星】の情報を持ってきたパーティが迎えた。


「やあ、久しぶりだな」

「あなたは……確かユリアンさんでしたか」


 冬の始めに僕を捕らえようとしたパーティだ。


「情報源は【聖光十字団】でしたか」


 エレノアさんの言葉にユリアンが頷く。


「ええ。実は妖しい人物がギルドを通さずに冒険者に依頼をしていた現場を見たのです。ギルドを通さない時点で後ろめたい依頼なのでしょうが、それを見るからにランクの低い若いパーティに頼んでいたのです」

「それは……妖しいですね」

「そうでしょう?私もそう思い、後をつけたのです」

「それで!?」

「残念ながら8階で見失ってしまいました」

「そうですか……」

「しかしこのままにしておくのは【聖光十字団】の名折れ!増援を募って見失った地点から捜索しようと考えております!」

「さすがは誇り高き騎士パーティ。頭が下がります」


 エレノアさんは【聖光十字団】に好印象を持っているようだ。僕は初対面からあれなので印象最悪だが。


「そこでギルドで話を聞くと【五ツ星】というパーティである、そしてノエル君でしたか?あなたに縁のあるパーティであるとわかりました」

「それを聞いて私が伝えに来たの」


 マギーさんの言葉で会話が終わり沈黙が訪れる。最初の一言以来、口を開かない僕をユリアンが訝しげに見やる。


「ノエルさん?まさか行かれないのですか?」


 エレノアさんは眉をひそめて僕に問うた。


「……いえ、【五ツ星】を放っておけません。ただ、敵は多数であることが予想されます。仲間を集めて来るので待ってもらえますか?」


 するとユリアンはあごに手をやり答えた。


「あまり長くは待てません。1時間後に大門前、でどうですか?」

「わかりました、ではそれで」


 僕は足早にギルドを出た。急がねばならない。



 ◇



「お待たせしました」


 大門前へ着くと既に【聖光十字団】の4人は待っていた。


「4人、いや、3人と1体ですか」


 連れてきたのはドウセツ、カシムそしてジャックだ。


「なにぶん急でしたので、これが精一杯でした」

「ふむ。仕方ないでしょう。では参りましょうか」


 大門から入った僕達は一路8階層を目指す。

 8階層は水のフロアとして知られる階層だ。地底湖が点在し、水路が巡っている。この前の井戸から入った場所も独立したエリアではあるが位置的には8階層だと見ていいだろう。

 この8階層は最も探索が進んでいないフロアである。理由は単純、水のせいだ。水路が巡っていると表現したが、実際は通路が水没しているのだ。その為、探索するには潜水して進む必要が出てくる。

 鎧を着た冒険者にとって泳ぐなど悪い冗談だ。ましてや潜水して進むなど、道を誤れば即、溺死である。

 それは泳ぎの達者な冒険者でも同じ。その水温は冷たく、水棲モンスターも襲ってくる。多少泳げたからどうにかなるものではないのだ。


「もう少し先です。足元にご注意ください」


 ユリアンの言う足元には水を湛えた下り坂があった。


「うっかり足を踏み外したらと思うとゾッとするでござるな」


 ドウセツは金属製の胴鎧と肩当て、脛当てを装備している。落ちたら自力で上がってこれないだろう。


「ええ。落ちたくなければ私の後をしっかり付いてきて下さい」


 先頭を歩くユリアンは慣れた足取りで進んでいく。水路を避けて何度も角を曲がり、もう降りてきた階段へ自力で戻る自信が無くなった頃、ユリアンが立ち止まった。


「ここです。あの通路へ入った所までは見たのですが、その先で見失いました」


 ユリアンが示す先には狭い通路があった。


「さあ、行きましょう」


 ユリアンが通路へ入って行き、僕達もそれに続く。通路は膝下まで水没し、天井は腰を曲げなければならないほど低かった。

 しばらく進むと、ふいに前を歩くユリアンの姿が見えなくなった。


「ユリアンさん?」


 どうやら通路を抜けて部屋に出たようだが、ここだけ真っ暗だ。


「行き止まりでござるか?」

「おっとと。急に止まらないで下さいよ」

「かしむサン、ソレハ私ノ肩甲骨デス」


 声の位置からドウセツとカシムとジャックがすぐ後ろにいることはわかる。


「「眠れ眠れ泥のように。眠れ眠れ赤子の如く。とろとろと落ちてゆく。ずぷずぷと沈んでゆく……」」


 いきなり両脇から複数の声が響く。


「……これは!」


 抵抗する暇はなかった。


『『スリープ』』


 後ろでバシャンと水に倒れる音を聞きながら、僕の視界もぐるりと回った。


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