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 このレジャーシートはいつか使おうとカバンの奥底に小さくたたんで入れていた物だ。ようやく役に立つ時が来た。


「なんだい!お花見でもする気かい!?」


 ヴィヴィが顔を真っ赤にしながら詰め寄ってくる。


「静かに、ヴィヴィ。対岸に犯人がいるかもしれないんだよ?」

「お前がふざけてるからだろ!」

「いいから座って。他の人もどうぞ」


 ヴィヴィが顔を真っ赤にしたまま僕を睨みつけているのを無視して他の4人に手招きする。

 まずビリーさんとエーリクが座った。好奇心の強い2人は何事が起こるのかとワクワクしているようだ。それに釣られてポーリさんとラシードさんも座り、最後にヴィヴィが渋々といった感じで座った。


「皆さん座りましたね。では『フロート』!」

「うおっ」

「なんだ!?」


 地面からレジャーシートごと6人が浮き上がる。これぞ(ほんの少しだけ)空飛ぶじゅうたん。


「ちょっと待って下さいね、方向を定めるのがなかなか難しくて……」


 僕は対岸を見ながら角度を微調整する。


「よし!では発射5秒前!」

「発射!?出発とかじゃなくてか!?」


 ポーリさんから細かいツッコミが入る。


「4!」

「お、お、落ちたら困るぞ」


 真っ先に座った癖に怖じ気づくエーリク。


「3!」

「うおお、テンション上がってきたぜ!」


 やたら興奮ぎみのビリーさん。


「2!」

「ど、どこに掴まればいいんだ?」


 掴まるとこないですラシードさん。


「1!」

「ロジャー!今ママが行くから!」


 悲痛な叫びを上げるヴィヴィ。


「発射!!」


 僕は対岸に向けて地面を思いっきり蹴る。

 レジャーシートは滑るがごとく水面を走る。その速度はおよそ船が進むスピードではない。


「うおおおお」

「うひぃぃぃぃ!」

「ぎゃあぁぁぁぁ」


 幾多の悲鳴を撒き散らしながら、あっという間に地底湖の半分を過ぎた。


「お、おい司祭君!これどうやって止まる!?」

「ぶつかったら止まります!」

「はあ?ぶつかる!?」

「この魔法は大きな段差は越えられないので。あの辺で止まると思います!」


 僕はもう目の前に迫った対岸の岩場を指さした。


「もうすぐそこじゃないか!うわあああ!」


 岩場にぶつかったレジャーシートは勢いそのままにぐるりと宙を1回転して僕らを振り落とした。


「ぐへっ」

「ウグッ」

「いったあぁぁ……」


 そして力を失ったかのようにヒラヒラと僕らの上に落ちてきた。


「便利屋ぁ、頼むぜ」

「痛たた、すいません」

「地底湖は渡れたし大目に見てやろうや」


 ビリーさんは楽しんでくれたようだ。


「しっ!……聞こえるか」


 ポーリさんの声に皆が黙り耳をすます。

 確かに聞こえる。

 何人もの人間が同じ音、同じリズムで声を合わせている。まるで讃美歌か朗読会のようだ。

 音の先には洞窟がある。エーリクの言っていた行き止まりの洞窟だろう。

 ビリーさんが先頭に立ち、皆がその後に続く。洞窟はあまり深くなく、すぐに音の発生源にたどり着いた。

 洞窟の行き止まりは通路より広くなっていて、そこに30人くらいだろうか、地面に膝を突いた人々が並んで声を上げていた。異様なのはその全員が真っ赤なローブを着ている事だ。

 赤ローブ達の先には赤黒く変色した石の台があり、そこには3人の子どもが裸で横たわっていた。その傍らには赤ローブを着て短刀を抜いた老人が立っている。


「ロジャー!!」


 ヴィヴィが叫ぶや否や石台へ向けて駆け出す。同時に赤ローブ達が一斉にこちらを振り向いた。


「侵入者!?我らが神の敵だ!殺せ!」


 老人が命令すると赤ローブ達がヴィヴィに群がる。


「ちっ!ドワーフのおっさんは残れ!誰も通すな!残りは俺に続け!」


 ポーリさんが即座に指示を出し、僕らもそれに答えた。


「ヴィヴィ!止まれ!」


 僕は飛び出したヴィヴィを制止しようと叫ぶが、彼女には届かない。立ち塞がる赤ローブを斬り捨てながら石台へと直進して行った。


「我が招くは蒼白き蛇!その雷光を以て敵を戒めよ!『サンダーウィップ』!」


 ポーリさんの左手に青く光る蛇がとぐろを巻く。その左手を振るうと目にも止まらぬ早さで雷光が走った。


「うぎっ」

「あがっ、ぐぅ」


 感電した赤ローブが次々と倒れる。


「ラシード!ビリー!向かってくる奴は容赦するな!俺が責任をとる!」


 殺さずに制圧しようとして苦戦中だった2人は、ポーリさんの言葉に剣を握り直し覚悟を決める。


「司祭君はママさんを追え!」

「はい!」


 剣を抜いたヴィヴィは既に石台の老人に迫ろうとしていた。が、老人の手から黒い発光体が放たれヴィヴィに直撃する。


「うあぁぁあ!」

「くふふっ!どうだ『ペイン』の味は?動けまい!」


『ペイン』は闇属性の魔法だ。傷こそ負わないが、その強烈な痛みは精神を蝕むほどだという。

 痛みに耐えかねたヴィヴィが片膝を突き、周りの赤ローブが彼女に襲いかかる。僕は『バレット』で牽制するが走りながらでは狙いが定まらなかった。老人がニヤニヤと笑いながらヴィヴィに近寄る。


「女!少々歳がいっておるが、お前も邪神様への生け贄としてやろう!」


 そう言って短刀を振りかぶる。と、それを見るヴィヴィの目に強い意志が宿った。


「ウガアアッ!おらあ!」


 ヴィヴィは片膝を突いた状態から逆袈裟に老人を切り裂いた。老人の上半身は驚愕の表情と共に下半身と別れを告げた。


「し、司祭さま!」

「おお……何て事だ」


 僕の事かと思ったが、どうやら老人の事らしい。半分ほど数を減らした赤ローブ達は急激に戦意を失い、その場にへたり込んだ。

 ヴィヴィは石台の前で我が子の名を連呼していた。


「ロジャー!ロジャー!目を覚ましてロジャー!」


 僕も石台に駆け寄ると凄まじい異臭が襲ってきた。この赤黒いのは……血か?

 赤黒い石台の上に寝る3人の子ども達はピクリとも動かない。ヴィヴィの縋り付く子どもを鑑定する。


【ヴィヴィの愛息ロジャー】 強麻痺


 全く動けないほどの麻痺か。薬物か何かだろうか?僕の魔法で治せるか不安を感じながら『キュアパラライズ』を唱える。

 治癒の光を浴びたロジャーはゆっくりと目を開けた。


「……んあ?お母さん?」

「ああ、ロジャー!良かった!ううぅ」


 ヴィヴィはロジャーを涙ながらに抱きしめた。

 他の2人にも治癒魔法を使うと無事に目を覚ました。外傷もすり傷くらいだ。


「こっちは無事のようだな」


 振り向くとポーリさんがいた。


「こっちは、って誰か怪我しました?」

「いや、そうじゃないんだが……ちょっと来てくれ」


 ラシードさんとビリーさんは生き残りを見張っているが、奴らは立ち上がる様子さえない。赤ローブの死体が転がる中、部屋の端へ歩いていく。そこには壁に向かって立つエーリクがいた。


「酷いもんじゃ。虫酸が走るわい」


 エーリクが髭をいじりながら見る先には穴が掘られていて、無惨な遺体が幾重にも積み重なっていた。小さな子どものものも見える。


「あの老人、邪神の生け贄とか口走ってましたね」

「ああ、聞いた。この遺体はそういうことだろうな」


 ポーリさんが生き残った数人の赤ローブを睨む。


「お前達、覚悟しろよ?生き残った事を後悔するほどの責めを負う事になるぞ」


 赤ローブ達はポーリさんの迫力に鼻白んだ。



『リープ』で井戸のある廃屋へと戻った。

 巡回中の冒険者パーティをつかまえて事情を話し、赤ローブ連行を手伝ってもらう。子ども達はヴィヴィとエーリクに任せる事にした。


 雪で白く染まったレイロアの街を歩く真っ赤なローブの列は、市民の衆目を集めながらギルドへと入っていった。


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