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 カシムにまとめた情報を話すと僕よりも深刻に受け止めたようだった。すぐにギルドの持っている情報と擦り合わせよう、という事になった。


「ところで、あの魔法珍しいですよね?」

「『フロート』って魔法です。別名ポーターいらず」

「ははっ、確かに荷運びが楽そうだ」


 雑談をしながらギルドに入るとエレノアさんが僕らを見付けて走り寄ってきた。


「カシムさん、ノエルさん!マスターは近日中に帰られるそうですので、依頼説明の日を決めましょう!」

「あ、もう依頼遂行中ですので」


 カシムが素っ気なく返すと、エレノアさんは口を開けたまま立ち竦んだ。ごめんね、エレノアさん。




「確かに多いわね……ギルドで把握してない行方不明や未遂事件が幾つもあります」


 情報をまとめた書類を読み終えたマギーさんは前にも増して疲れた声で答えた。


「お疲れですね?やっぱり揉め事多いですか」

「揉め事も多いのだけれど。頭が痛いのはあなた達と同じ件」


 僕とカシムは顔を見合わせる。


「これがギルドにきた人探しの依頼書」


 バサッと依頼書の束がカウンターに置かれた。


「ノエル君達の持ってきた報告書と見比べて欲しいのだけど……行方不明者の名前、ほとんど被ってないと思うわ」


 言われてカシムと手分けして比較していく。マギーさんの言う通り名前はほとんど被っていない。つまり僕らの調べた行方不明者はごく一部ということだ。


「全部で42名。多過ぎるね」


 カシムの顔から血の気が引いていく。


「ええ。多過ぎるわ」


 マギーさんは顔を両手で覆った。


「まさかレイロアの中で奴隷狩りが行われているとでもいうの……?」


 冬が訪れてひと月ほどの間に42名の住人が消えている。その事実は僕らの心胆寒からしめるに足るものだった。冒険者で賑わうギルドの喧騒の中にあって僕らの周りだけ音が消えたようだった。


「しかし」


 カシムがぼそりと呟く。


「どこだろう……」

「どこ、とは?」


 僕が尋ねると、カシムは自身に問いかけるように話し始めた。


「これが奴隷狩りなら売るはずだ。レイロアの人間をレイロアで奴隷として売れる訳がない。他の街、それも出来るだけ遠くで売るはずだ。どこから運ぶ?どうやって……」


 ハッと顔を上げたマギーさんが続く。


「今、馬車が出てるのは北門だけ。それも1日3便だけよ。ただでさえ目立つ奴隷連れが人目に触れず外に出るのは難しいわ」


 例年より早い冬の訪れにレイロアの外は一面雪化粧となっている。大街道に面した北門だけは可能な限り開けたままだが、それ以外の門は今年の役目を既に終えている。


「では雪解けまで監禁する?どこに?1人や2人じゃないぞ……」

「それも難しいわ。よそから来た冒険者の為に空き家やアパートメントの空き部屋は徹底的に調べたの。秘密裏に使える場所なんて存在しないわ」


 僕は2人の剣幕に気後れしつつ、意見を言った。


「あの……ダンジョンは?」


 2人は目を見開いて僕を見た。



 ◇



 大門前。

 いつぞやの軽薄な門番が今日も立っていた。


「ノエルさん、ちっすちっす」

「こんにちは、トマーシュさん」


 僕は黒猫堂へ通う際に挨拶を交わす程度には仲良くなっていた。


「ちょっとお伺いしたいのですが、冬になってから怪しい人物がダンジョンに入るの見ませんでした?」

「見たっす」

「本当ですか!?どんな人物でした?」

「さっきも傷だらけの坊主頭に髭面の男を見たっす」

「ああ……」


 そうか、冒険者ってのはたいてい怪しいか。


「それでは大荷物を持った人物は見ませんでした?人間がすっぽり入るような、袋とか木箱とか」


 カシムの質問にトマーシュさんは顔をしかめる。


「そんな大荷物は……それこそ黒猫堂のスケルトンくらいっすねえ」

「そう、ですか」

「では、そのような大荷物の人物を見かけたらギルドかノエルにご連絡頂けますか?」

「いいっすよ~」


 大門以外のダンジョン入口は街の外にある。それも移動に馬車を使うような距離。雪の中、徒歩で、さらった人を連れて?そこまでするなら徒歩で他の街を目指すだろう。死の行進となるだろうが。


「ダンジョンではないのかな」

「落胆してる暇はありません。我々はやるべきことをやりましょう」


 僕とカシムは頷き合った。



 僕らは年若い者たちへの注意喚起に力をいれた。

 エーリクは工房の弟子達や子どものいる職人に。

 ヴィヴィはママ達や学校の先生に。

 ドウセツは移民コミュニティの子ども達に。

 カシムは丁稚や子どものいる商人に。

 僕はギルドと協力して「人さらいに注意!」と書かれたポスターを張って回った。

 マギーさんも巡回の冒険者を増やしてくれた。


 冒険者の仕事とは程遠い地道な活動の甲斐もあって、新たな行方不明者が出ないまま月日が過ぎていった。年の瀬もさし迫り、このまま冬が終わってくれればと思っていた。


 しかし、そうはならなかった。


 その日、僕は午前中からギルドを訪れていた。日課になっていた新たな行方不明者の確認の為だ。マギーさんとの確認を終え、昼食はどうしようかなどと呑気な事を考えていた時。

 ギルドの扉がバンッと激しく開かれた。

 飛び込んできたのはポーリさん。彼はマギーさんのいるカウンターまで駆け寄ってきた。


「誘拐だ!雪遊びしていた子ども達が不審者に拐われた!怪我人も出ている!」


 マギーさんが勢いよく立ち上がりイスが倒れる。周りの冒険者達もざわつき始めた。


「レイロアの冒険者の方々!緊急の依頼です!すぐに街中を巡回し、誘拐犯を捜索して下さい!」


 よそ者冒険者達が不満げな雰囲気だが、これは正しい判断だろう。マギーさんの声を聞いた冒険者達が次々とギルドを飛び出してゆく。


「ポーリさん、僕を誘拐事件の現場へ連れて行って下さい!」

「お前は直接依頼受けてるんだったな。わかった!」


 僕らが事件現場に到着すると、そこは大変な騒ぎとなっていた。怒鳴り声やすすり泣く声、子どものであろう名前を呼ぶ声、そしてざわざわと噂する声。

 僕は申し訳なく思いながらも、そこにいる人を片っ端から鑑定していった。もちろん、怪しい二つ名を探す為に。ポーリさんは僕が鑑定している事を察したのか黙って待ってくれた。


「……どうだ?」


 一息ついた僕にポーリさんが尋ねる。


「怪しい人物はいないようです。目撃者の話が聞きたいですね」

「そうだな……おい!最初に駆けつけた冒険者はどいつだ!」

「俺達だ!」


 背後から聞き覚えのある懐かしい声が響いた。


「久しぶりだな、便利屋」


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