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「あれっ?ノエル、どうしました?」


 機嫌良さげなカシム。その隣にはカシムに輪をかけて機嫌の良いリオがいた。


「ちょっと依頼の件で話があって。しかし面白い組み合わせだね」

「まあね。そっちの話は商談の後でいいかな?」

「もちろん」


 カシムが僕に向けていた顔を元の方向に戻す。その先に立つのはリーマス商会会長、アダム=リーマス。


「さて、続けましょうかアダム氏」

「話は終わったッ!馬車3台で3万シェルだッ!」


 カシムは芝居がかった態度でため息をつく。


「バカバカしい。そんな値段で売れる訳がない」


 隣でリオも両手を広げてヤレヤレってジェスチャーをしている。どうやらあの門の前にあった魚の商談のようだ。


「あれって何という魚なの?」


 ついつい横から聞いてしまう。


「あれはヘッドバットトラウトの燻製さ。スモークトラウトだね」


 ヘッドバットトラウト、つまりは頭突き鱒。ピョンピョンと跳び跳ねながら川上りをする大型魚だ。その頭部は非常に固く、跳び跳ねた勢いで頭突きされるとひとたまりもない。


「ほほう、あれが頭突き鱒か。美味しいの?」

「絶品ニャ!」


 リオが食い気味に答える。その口の端からヨダレが垂れつつある。ナーゴ族は魚好きだからなあ。


「北方のニョッペ村で伝統的に作られる保存食なんだがね。遡上してくるヘッドバットトラウトを村の男達が抱きついて捕まえるのさ!それはそれは勇壮な漁なんだよ?」

「ほお~、それは見てみたいね」

「味もリオ嬢の言う通り絶品さ。焼けば肉のような食感と強い旨み。水の鍋に切り身ひと切れ入れれば上等のスープになる。薄くスライスしてそのまま食べても酒のあてにピッタリさ」


 僕とアダム会長の喉がゴクリと鳴る。リオに至ってはダラダラとヨダレを垂らしている。


「あの馬車には2百匹の大振りなスモークトラウトが載っている。それが3台で6百匹。それを3万!?」


 カシムはぐっと目を見開いてアダム会長に詰め寄る。


「1匹50シェルですか!?ありえない!リーマス商会で50シェルで何が買えますか?質の悪い干し肉ひとかけらで200シェルする貴方の店で!」


 冬になると食料品の価格が跳ね上がる。冒険者の流入で人口が増えるレイロアは更に倍!といった感じだ。悪どい商人は更に利ざやを稼ごうとする。


「ぐぬぬッ……」

「味も量も違うニャ」

「保存は効くの?」


 僕はまじめに購入を検討し始めていた。


「もちろん。リーマス商会のひと冬もたない塩漬け肉とは違います」

「ぐぬぬッ。もういいッ!」

「おや、買うの止めますか」

「そうではないッ!お前の商品を買わぬよう根回ししてやるのだッ!ワシが言えばレイロアのほとんどの商人は従うぞッ!」


 カシムは目を細め心底嫌なものを見るようにアダム会長を見る。対してアダム会長は得意気だ。


「たかが行商人1人にあの在庫を捌けるかッ?捌いた頃には春が来ておるかもなッ」


 ヌハハハと笑うアダム会長。しかしカシムには予想通りの行動だったようだ。


「そうですか。ではリオ嬢、出番です」

「任せるニャ!えー、この度、黒猫堂では2号店をオープンする運びとなりましたニャ!」

「何だとッ!」


 何ですと!?


「2号店は地上に構える予定ニャ!」

「聞いとらんぞッ!」


 聞いてない聞いてない。


「場所は何と!冒険者ギルドの真ん前ニャ!」

「んなッ!そんな好立地どうやって手に入れたッ!」


 借金か!?困る、困るよー。


「黒猫堂の常連さんのツテニャ」

「ぐぬうッ、生意気なッ」


 誰だろう……土地持ちの冒険者なんていたかな?


「リーマス商会が買わないのであれば、こちらの黒猫堂さんへ卸しますのでご心配には及びません」

「ぐぬぬぬぬッ」


 アダム会長の何度目かの「ぐぬぬッ」が発動したその時、玄関のドアが開かれた。出てきたのは身なりの良い、それでいて派手すぎない格好の男性。


「話は聞いた。1匹千シェルでどうだろう?」

「ロイ!口を出すなッ!」


 ロイ=リーマス。アダム会長の一人息子で次期会長だ。


「父さん……いえ、アダム会長。最近のリーマス商会を巷では何と言ってるかご存知ですか?」

「……何を言いたいッ?」

「キャッチコピーの『何でもあリーマス』を揶揄して、『お金をたかリーマス』なんて言われてます」

「なッ!どこのどいつがそんなことをッ!」

「巷で、です。つまりは一般的に言われているのですよ。私はリーマス商会を悪徳商人の代名詞にしたくありません」


 愕然とするアダム会長をよそに、カシムが商談を進める。商談相手をロイに定めたようだ。


「悪くはないですが、もう一声欲しいですね。加工費や輸送費もかかってますのでね」

「では1100シェル」

「それでは変わりませんよ」

「1150!」

「刻みすぎですよ、1500」

「それは高い!1200!」

「けちっては父君と変わりませんよ?1400!」

「むう。……1300。これ以上は無理だ」

「……わかりました。1300で手を打ちましょう」


 ガシッと手を握り合う両者。商談成立だ。

 1匹1300シェルで6百匹だから……78万シェルか。本職の商人は扱う額が違うな。

 アダム会長は未だ立ち尽くしている。ショックだったのは商会の悪評か、あるいは息子の反抗か。その両方かもしれない。

 カシムが契約を交わす間にリオに問いただす。


「ちょっとリオ、どういう事?」


 リオはニマニマ笑いながらこそこそ話した。


「心配するニャ、黒猫堂は当て馬ニャ。リーマスが買わなくてもうちがスモークトラウトを買う訳じゃなかったニャ。カシムがアダム会長の悔しがる所見せてやるって言うから乗ったニャ」


 手を口にやり、ニシシシと笑うリオ。だが僕が聞きたいのはそこじゃない。


「2号店の事だよ」

「あー、それニャ」


 ポリポリと猫耳を掻きながら答える。


「【鳳仙花】のポール覚えてるニャ?あいつのお婆さんが昔、手芸店をやってたニャ。店は閉めたけど土地がそのままだったのを格安で譲ってくれたニャ」

「格安といっても改装費とかかかるでしょ?店員も雇わなきゃいけないし」

「その辺はノエルに任せるニャ」


 そのどんぶり勘定グセで黒猫堂を潰しそうになったのだろうに……僕は『ファイヤーストーム』を唱えたいのをグッと我慢して、リオに『フロート』をかけた。


「ニャッ!?」


 リオがほんの少し浮き上がる。僕はジタバタしているリオの背中を強めに押した。


「ニ゛ャ゛ーー!!」


 リオはアプローチを勢いよく滑っていき、


「フニ゛ャ゛ッ!」


 門にぶつかって止まった。

『フロート』使えるな。


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