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「これから時間ありますか?良ければ依頼の件を話したいのですがいかがです?」
ギルドを出るとカシムさんが提案してきた。
「む?ギルマスが戻るまで放っておくのではないのか?」
エーリクさんが訝しむ。
「あれは彼女へのちょっとした嫌がらせですよ」
カシムさんは子どもっぽく笑った。
「グッジョブ」
ヴィヴィさんが親指を立てる。エレノアさんの言い方に一番腹を立ててたからな。
「この依頼、断る方法は無いのでござるか?冒険者を辞める以外に」
「難しいでしょうねえ」
「あるとすればギルマスに直接依頼を取り下げてもらうくらいですが……」
自分で言っといて何だがそれは無いと思う。ギルマスにとって直接依頼は伝家の宝刀。使いどころを間違えてはなまくらになってしまう。きっとギルマスなりに吟味を重ねて決めたはず。
「とりあえず場所を替えましょうか」
「近くに私がママ友と使うカフェがあるよ」
ヴィヴィさんからビキニアーマーに似合わないフレーズが出たところで移動を開始することとなった。
◇
ヴィヴィさんお勧めのマレズ珈琲店に入る。
ドアベルがチリンとなり、珈琲の香りが鼻をくすぐる。店員に案内されテーブル席へと落ち着いた。
「では一応名前を確認しましょうか」
すっかりリーダーっぽいポジションとなったカシムさんから自己紹介が始まった。
「私はカシム。商人です」
「儂は鍛冶屋のエーリクだ」
「戦士のヴィヴィだよ」
「司祭のノエルです」
「侍のドウセツでござる」
「さて、パーティを組むのですからリーダーが必要です。ここで決めても構いませんか?」
僕を含めた4人が頷く。
まあ、カシムさんだろうと思っていたら。
「私はノエルさんを推します」
「えっ!?」
「それでいいよ」
「構わんぞ」
「異議なし」
「ええっ!?」
カシムさんが僕を指名した事にまず驚き、残り3人が同調した事に更に驚いた。
「僕はリーダーの経験ありませんよ?レベルも1番低いはずです」
「リーダー経験は皆、ほぼ無しですよ」
カシムさんが困ったような表情で言う。
「儂らは便利屋だぞ?リーダーの経験があっても、ろくな経験ではないわ」
エーリクさんが大口を開けて笑った。
「レベルも関係無いでござろう。強いに越した事はないが必須ではござらん」
ドウセツさんも続いた。
「【便利屋
ヴィヴィさんの言葉に引っ掛かる。
「えっ、王って?」
「なんだい、自分が何て呼ばれてるか把握してないのかい?」
「それはいけませんよ、ノエルさん。我々便利屋にとって評判はとても大事でしょう?」
「うむ。良いパーティに参加出来るかは評判次第じゃからな」
評判か。正直、あまり気にせずにここまできた。理由は簡単。どうせ良い評判などないだろうから。
しかしわからない。
「僕がそう呼ばれてるのはなぜでしょう?」
「そりゃあ便利屋の王様なんだから……ちょー便利な奴ってことじゃない?」
何だその不名誉な理由は。【最速使いっ走り】みたいな事か?
「難しい案件をあり得ない方法で解決に導いてきたからでござろう」
「そうかなあ?」
「潰れかけた黒猫堂をアンデッドを雇って立て直したり」
それは確かにやったな。
「絶対にパーティ組まない事で有名な【遅咲きのジル】をパーティに加えて
ジルさんは黒猫堂とマリウスを気に入ってるだけなんだけど。
「だいたい、ネクロマンサーでもないくせにアンデッドを雇うって発想がまずあり得ないよ?」
言われてみればそうなのかもしれない。
「我々は癖のある便利屋ですが、アンデッドほど癖はないと思いますので」
カシムさんがおどけるように言った。
「……わかりました。勤まるか自信ないですが、やってみます」
「ありがとうございます、よろしくお願いしますね」
「よろしくね!」
「よろしく頼む」
「頼むでござる」
何となく押し付けられた気がしないでもない。
実際、4人は話し合いはもう終わったとでもいうような和やかな雰囲気で雑談を始めている。今はエーリクさんを中心に武器談義が行われている。
「悪い剣ではないが……もちっと手入れしてやらんか、剣がかわいそうじゃわい」
「ううっ、い、忙しくて」
「子育ても大変だろうが、剣もたまには見てやれ。お主の相棒じゃろう?」
「はい……」
「拙者の刀も見てくれぬか?」
「よいぞ。……ふむ、ふうむ!良い剣じゃわい。いや、カタナか。手入れも行き届いておる」
「ノエルさん、ノエルさん」
「なんです?カシムさん」
「聞いてますよ、黒猫堂。評判良いじゃないですか」
そういや僕も商人の端くれでもあった。ほとんどリオとゴースト達に任せっきりだけど。
「ありがとうございます。でも商人としては邪魔な存在ですよね?」
「いえいえ!そんなことありませんよ。レイロアの商人にとってはそうかもしれませんが」
そこまで話してカシムから笑顔が消える。
「リーマス商会を筆頭にこの街の商人はなってないのです。私のような行商人に嫌がらせする暇があるなら取り扱う商品に目を向けろと言いたい!」
カシムさんでも嫌がらせされるのか。黒猫堂はツアーの一件以来、表立っての嫌がらせはない。あくまで表立っては、だが。
「ショーウィンドウに玩具のようなメッキの鎧が飾ってあったり!ワゴンセールに錆び付いたミスリルダガーが転がっていたり!もう少し鑑定眼を鍛えろと!」
ふー、ふー、と息を荒げるカシムさんに僕だけでなく他の3人も目が点になる。
「ま、まあまあ」
「落ち着くでごさる、カシム殿」
「儂なんぞ、その錆びた逸品目当てで安売り店に通っておるわい」
「僕もそうです。特にお金無い時は助かりました」
なだめられてようやく冷静になったカシムさんが、再び興奮し目を見開いて僕に詰め寄った。
「そうか!鑑定ですね!?いいなあ、商人の憧れですよ!」
「商人には欲しいだろうねえ」
「鑑定とは武器の出来不出来もわかるのか?」
「ある程度は。同じ武器でも良作は+1とか表示されます」
「ほう!面白いな」
この後ドウセツさんのカタナを鑑定したり、今まで鑑定した
「やっばい!子ども迎えにいかなきゃ!」
「ではそろそろ解散しますか」
「便利屋同士でどうなるかと思いましたが楽しかったです」
「うむ、有意義な時間でこざった」
「結局似た者同士ってこった」
エーリクさんがガハハと笑った。
実際ドウセツさんの言う通り有意義な時間だった。知らない情報も聞けたし、僕が調停司祭なんて呼ばれてるのも初めて知った。最後には呼び捨てで呼び合うほど打ち解けていた。
僕はスキップでも踏みそうな軽い足取りで帰っていたのだが、ある事実に気付いて愕然とした。
「依頼のこと何も話してない……」
結局、リーダー押し付けられただけだった。