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 村人達は馬車の荷台部分の周りに寄り集まって待機してもらうことにした。無理してレイロアまで歩いて向かう手もあるが、夜道を年寄りに子供を連れてとなると厳しい。夜行性のモンスターは昼のそれより凶暴かつ手強いというのもある。


「さて、私たちはどうします?」

「あのトロールは放ってはおけん。いつ集団暴走(スタンピード)に発展してもおかしくない」

「少しでもダメージ受けてくれてたらいいんですが……」


 遠目にトロール達の居た方向を見るが、よく見えない。燃えていた民家は既に崩れ落ち、わずかに残り火が燻るのみだ。何か蠢いているのはわかるが戦況は分からない。


「もう少し近付いてみよう。」


 僕達は暗闇の中、ゆっくりと歩を進める。倒れたゴブリンに躓かないよう目を凝らしながら教会の前まで戻った。



 トロールは倒れていた。

 残り火に照らされた十数匹の生き残りは皆、トロールの腹の上を見つめている。その小山のような腹の上には1匹のゴブリン。


 あのモヒカンだ。


 モヒカンはゆっくりと剣を掲げ勝鬨を上げる。周りの生き残り達も続く。トロールにゴブリンにオークという醜いモンスターが織り成す光景がとても美しく見えた。


「…………倒しちまったのか、あの名前付き(ネームド)トロールをゴブリンが」


 僕達は信じられない物を見るように勝者達を眺めていた。


「あっ、ジャックいるよー」


 ルーシーが指差す方へ視線を向けると木の枝に骨が引っ掛かっていた。トロールに弾き飛ばされたのだろう。


「おいジャック、無事か?」

「とろーるニくりてぃかるクライマシタ……」

「ほんと丈夫だな骨の旦那は」


 ジャックをトールさんのハルバードを借りて下ろしていると、生き残り達がこちらへ歩いてきた。

 慌ててハルバードを返し、ルーシーに目配せする。戦闘になりそうなら『嘆きの声』で先制してもらうのだ。


 モヒカンを先頭にしたゴブリン達はボロボロだった。数もわずか16匹。そんな彼らであるが、大仕事を成し遂げたような自信に満ちた表情をしていた。

 モヒカンは剣を手にしていない。僕達の目の前まで大股で歩いてきて身振り手振りし始めた。


「何か伝えようとしているのか……?」


 モヒカンは自分を指差し、森の方を手で指し示す。


「出ていくから追うなって事?」

「まあ、支配していた奴が死んだわけだし……見逃すか」


 勿論こちらの言葉も通じないので武器を納める事で意思表示した。

 それに満足したのか、モヒカンが何事か声をかけてから森の方へ歩き出した。生き残り達もそのあとに続く。

 数歩歩いてから振り向き、ジャックへ向けて親指を上に立てた。ジャックも同じ動作で返す。これは…………友情?


 モヒカンが暗闇の中に消える直前、僕はふと思い立ち

 鑑定を行った。


 ゴブリン 【大物食いのジルベル】


 トロールという大物を倒し名前付き(ネームド)へと化けたのだろう。ジャックと泥仕合してた時より明らかに強そうだったし。


「どうかしたか便利屋?」

「いえ、あのモヒカン名前付き(ネームド)だなあ、と」

「はあっ!?嘘でしょう?」

「二つ名からして、さっき名前付き(ネームド)になったのかなと思います」

名前付き(ネームド)が死んで名前付き(ネームド)が生まれた訳か。難儀なことだ」

「どうする?追いかけて討伐する?」

「……いや夜の森の中だ、無理だろう。それに同じ名前付き(ネームド)でもトロールよりは安全な個体だと思う」

「僕もそう思います。何となく憎めなかったし」

「じゃあ追跡断念とギルドに報告しましょうか。ファ~ア、眠い」

「もう夜中ですしね」

「お前は馬車で寝てたろう?」

「寝てません」

「あんなイビキかいててよく言うよ……村人を教会に戻して朝まで休もうか。避難させたばっかりだが」

「ルーシーはげんきだよ!」

「ルーシーは夜型だからね……僕も眠い」


 ジャックはまだモヒカンの去った森の方を眺めていた。


「マタ会オウ、好敵手(トモ)ヨ………」



 ◇



 夜が明ける。


 東の空にかかる鱗雲がぼんやりと光を帯びる。

 やがてその光は麦畑を黄金色に輝かせ、ユパ村にも降り注いだ。


 村の中は酷いものだった。

 ゴブリンの死体がそこらじゅうに転がり。

 家々は崩れ、あるいは焼け落ち。

 トロールの踏み荒らした穴がそこかしこにある。


 だが救いがあった。行方の分からなかった村人達が、朝になり1人、また1人と戻ってきたのだ。

 ゴブリンの群れが確認された段階で避難場所や逃走経路を考えていたらしい。逞しいものだ。

 結果、重傷者こそいたが死人は居なかった。村の惨状を見れば奇跡的だ。


 僕は怪我人の治療にあたり、【鉄壁】とジャックは村の男達と共にゴブリンの遺体を集める。放置すればアンデッド化する危険性がある為、燃やしておかねばならないのだ。ちなみにルーシーは十字架の中だ。

 日が完全に上る頃、ビリーさんが十数人の冒険者を連れて戻ってきた。


「トロール倒したのか!上手くやったんだな!」

「いや、あのままゴブリンが倒しちまった」

「はあ?」

「そして新しく名前付き(ネームド)が生まれた」

「はああ?」


 事の顛末を説明すると、冒険者の数人が馬に乗りレイロアへ引き返していった。後続の救援が必要ないこと、新たな名前付き(ネームド)が生まれたことを報告する為だ。


「しかしゴブリンばかりとは言え、数が多かったからだいぶ稼げたな。俺はレベルアップしたぞ」

「ん、俺もだ」

「私もです。便利屋君も上がったでしょう?私達よりレベル低いようだし」

「…………いえ。まだです」

「えっ?」

「嘘だろ?冒険者カード見せてみ?」


 冒険者カードはそれ自体がマジックアイテムで個人あるいはパーティで討伐したモンスターが記録される。それを参照して経験値を管理し、レベルとして表示されるのだ。


「よせ、2人とも。便利屋は職業が司祭なんだよ」

「……そういうことね。何故あなたがソロなのかようやく分かった」

「どういうことだ?司祭だと不味いのか?」




 そう、司祭だと不味いのである。


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