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空き巣をギルドへ届けた日から2週間が経った。
襟を立てて足早に道行く人々の吐く息は白く、冬の訪れを感じさせた。レイロアが雪に閉ざされるのも、もうじきだろう。
僕はジャック、マリウス、ドミニク、ジェロームの4人、つまりは雇用するスケルトン達全員を連れてギルドへと向かっていた。
「おい!止まれ!」
ふいに冒険者風の4人に制止された。4人共戦士風の装備を身に付け、剣を携えている。冒険者風、と表現するのはギルドで見たことのない顔だからだ。
「何ですか?」
高圧的な4人の態度に身構える。
「何、じゃない!スケルトンを従えていったい何をする気だ!?貴様、ネクロマンサーか!」
すっかりレイロアの住民にはお馴染みになっていたので、僕も隠さずにジャック達を連れて歩くようになっていた。
「ギルドへ行くところです。冒険者ですので。彼らは僕の使い魔です」
厳密には雇用関係だが説明が面倒なのでこれで通している。
「やっぱりネクロマンサーではないか!投降しろ!」
「いや、違いますから」
冒険者カードを取り出し見せようとカバンを探ると4人は剣を抜いた。
「抵抗する気か貴様!」
「斬り捨てるぞ!」
話を聞きやしないな、この人達。僕の後ろでマリウスが「殺殺殺殺……」とか言い出した。ドミニクやジェロームも得物に手をかけている。少々不味い状況になってしまった。ちなみにジャックは僕を盾にしておっかなびっくり事の推移を見守っている。
「待て!何をしている!」
野次馬も集まり始めた時、その野次馬を割って見覚えのある全身鎧の男が近付いてきた。
「見てわかるだろう!怪しい奴を捕らえるところだ」
全身鎧の男は4人の顔を1人ずつ確かめるように見てから言った。
「お前たちよそ者だな」
「!」
「それがどうした!」
「俺達は巡回任務をギルドより受けている。よそ者かどうかは関係無い!」
「そいつがスケルトンを使役してるのはレイロアでは有名なんだよ。騒ぐような事じゃない。なあ?そうだろお前ら?」
全身鎧の男が野次馬達に問いかけると、ほとんど皆が頷いたり肯定の声を上げたりした。
風向きの悪くなった4人の中から1人が歩み出た。今まで一言も喋っていなかった、一番質の良い装備を身に着けた男。彼は見え透いた作り笑顔を浮かべて話し始めた。
「そうか、それは失礼した。私はユリアン。騎士のみのBランクパーティ【聖光十字団】のリーダーだ」
「謝る相手が違うと思うが。……まあ、いい。俺はAランクパーティ【天駆ける剣】のポーリだ」
ユリアンはAランクという言葉に一瞬たじろいだ顔をしたが、すぐに作り笑顔を取り戻し僕を見た。
「そうだな、謝るべきは君だな。疑ってすまなかった。しかしスケルトンを連れ歩くなど感心しないな」
「わかってもらえれば結構です」
謝ってるのかよくわからない謝罪だが、これ以上の面倒はご免なので受け入れる。4人が去り行く背中を見ながらポーリさんにお礼を言った。
「ホント助かりました、ポーリさん」
「ふふっ、司祭君珍しく慌ててたな」
僕はわりとしょっちゅう慌てたり焦ったりしてるのだが、外からはわからないみたいだ。
「しかしよそ者に巡回任務とは、な」
ポーリさんが呆れたように言い放つ。
巡回任務は治安維持を目的とした歴とした依頼だ。たいていの場合はギルドが信頼できると判断したパーティにのみ依頼される。治安悪化の原因とも言えるよそ者冒険者に依頼するものではないのだ。
「何か理由があるんでしょうが……トラブルの匂いがプンプンしますね」
「ああ、まったくだ。他にも巡回任務を受けたよそ者がいるかもしれねえ。注意するんだぞ、特にそいつらを連れてる時には」
ポーリさんが顎で指し示す。そいつらとはもちろんジャック達スケルトンの事である。
「はい、気を付けます。ありがとうございました。この礼は必ず」
「いらんいらん、礼なんて」
「ではリオにポーリさん格好良かったと伝えます」
「なんでそうなる!」
そりゃあバレバレですから。
ポーリさんと別れると急いでギルドへと移動した。これ以上絡まれるのは勘弁だ。
「こんにちは、マギーさん」
「あらノエル君。今日は冷えるわね~」
何気ない会話だが、その声のトーンにマギーさんの疲れを感じた。
「ずいぶん疲れてるみたいですね?」
「あら、わかっちゃう?私も歳ね~。若い頃は2徹しても疲れを悟られない、Sランク受付嬢なんて呼ばれてたのに」
うふっと笑うマギーさん。ジョークかどうかわかり辛いが、とりあえず愛想笑いを返す。
「やっぱり揉め事多いですか」
「うん……すごく。犯罪沙汰も何件か出てるわ」
頭痛を堪えるように頭を手で支えるマギーさん。もしかしたら本当に頭が痛いのかもしれないな。
「それで、ノエル君は今日はどうしたの?」
言われて用件を思い出す。
「えーと、うちのスケルトン達の事なんですが」
ジャック達を僕の横に並ばせる。
「使い魔証明章?とかいうのがありますよね?それを彼らに欲しいのですが」
使い魔証明章とは人に使役された無害なモンスターであることを示す標章であるらしい。うちのスケルトンは荷運びの為、単独行動をする。その際に野良モンスターと勘違いされない方法はないかと調べに調べてこの使い魔証明章という古い制度を発見したのだ。
「それは構わないけれど……」
マギーさんが言葉を濁す。
「使い魔証明章は現在ではあくまで目印程度のものよ?使い魔が攻撃されても、その人が野良モンスターだと思って攻撃したと言えばそれまでなの」
「証明章だけで解決するとは思っていません。彼らの命を守る為の……死んでますから存在を守る為ですかね?その為の方策の1つです」
先程など僕が一緒でも怪しまれたわけだし、標章1つで万事解決なんて思ってはいない。
「そう、わかったわ。じゃあ、えーっと、あったあった。これに記入してくれる?」
マギーさんが引き出しの奥から引っ張り出してきたのは〈使い魔証明申請書〉と記された書類だった。スケルトン1人につき1枚の申請書を書き、マギーさんに渡す。
「うん、うん……はい、確認しました。これで申請しておくわね」
「ありがとうございます。では後日取りに来ますね」
「あ、待ってノエル君。これがあったわ」
立ち去ろうとした僕を呼び止めたマギーさんは、再び引き出しを漁り見つけた書類を手渡してきた。
「ノエル君への依頼書。直接依頼だから注意してね。無視すると後が大変だから」
思いもよらぬ話の展開に絶句してしまった。直接依頼とはギルドマスター名義の依頼で冒険者側は断れないのが特徴だ。その強制力ゆえいざという時にのみ行使される、ギルドマスター伝家の宝刀である。
「なんで、僕に」
動揺しながらも依頼書に目を落とす。
《この冬レイロアでは失踪事件が相次いでいる。背後に犯罪組織が存在する可能性も高い。失踪事件の調査及び行方不明者の捜索を依頼する。なお、調査結果は随時報告されたし。 依頼主アラン=シェリンガム》
読み終えた僕は抗議の声を上げた。
「なんで僕に!低レベルのソロ司祭ですよ!?犯罪組織とか無理ですよ!」
腕利きの盗賊やアサシンならわかるが、明らかにミスキャストである。
「まあまあ、落ち着いて」
マギーさんに宥められ、ふうっと息を吐く。
「ソロではないわ。追記を見て」
促されて依頼書を見直すと確かに追記があった。
《※この依頼書は固定パーティを組まない、通称「便利屋」に向けたものである。「便利屋」達は連携して事に当たるべし》
「便利屋でパーティ組ませてみよう、ってマスターのアイデアなの」
「便利屋ってパーティ組めないから便利屋やってる人がほとんどだと思うんですが」
「顔合わせしてから考えてみたら?他の便利屋と話したことなんて無いでしょう?」
「それはそうですけど……」
僕が言うのもなんだが、便利屋は個性の強い尖った冒険者揃いだ。その鋭さゆえにパーティを組めない、組んでも続かないのだ。
僕は一抹の不安を覚えるのだった。