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 ワナカーンからレイロアへ戻った僕達は早速ギルドで報酬を受け取った。ミストドラゴンの鱗については僕が貰う事になった。


「売って分ければ結構な金額になると思うよ?ほんとにいいの?」

「……私達、腰抜かしてただけ。さすがに貰えない」

「今度奢ってくれればいいよ!ニクニク!」

「でもなあ」

「問題ねーって。報酬、思ったより出たし」


 調査の依頼だったが解決に貢献したということで追加報酬が出たのだ。結局、鱗はありがたく頂く事にした。


「金に余裕できたらまた小白屋行こうぜ」

「さんせーい!すっごい良かった!ルンルン」

「ドラゴンの間、また泊まりたいね」

「次コソハユックリ浸カリタイデスネエ」

「……4人ともあの部屋の値段、わかってる?」

「さあ?」

「凄い部屋だったし5千シェルくらい?」

「1万しぇるスルカモシレマセンヨ」

「そんなしないよー。タカイタカイ」

「……6万シェル」

「「「「うそ!?」」」」


 相談するまでもなくドラゴンの間はお流れとなった。


「ま、安い部屋でもいいからさ」

「そうだね、また行こう」

「……うん」

「3人はまだ短期パーティ続けるの?」

「もう少しだけ、な」

「……うちのパーティ、冬までには帰ってくる」

「だから私たちももうすぐお別れ。シュン」


 そう言うとトリーネは下を向いてしまった。キリルとブリューエットも暗い表情だ。


「僕は長くパーティ組めないから別ればっかりだけどさ。また出会うために別れるんだと思うようにしてるよ。ほら、ブリューエットともまた出会えたし」

「確かにそうかも。クスッ」

「そうだな。じゃあ、また会うために!またなノエル!ジャックも!」

「またね!バイバイ!」

「……また組もうねノエル、ジャック」

「うん、皆も元気で!」

「マタ会ウ日マデ~!」


 手を振りながら3人と別れ、帰路に就く。

 未だに温泉の余韻が体を包んでいる気がして、明日までゴロゴロと寝て過ごそうか、などと考えながら我が家の敷地に入ったのだが。


「ウワァ」

「なんだよジャック」


 ジャックは庭を見て立ち尽くしていた。


「とれんとガ人間ヲ補食シテマス」

「はあっ!?」


 見れば確かにトレントの蔓に人が絡まっている。ぐったりと力なく垂れ下がっている……死んでないよね?


「た、ただいま」

「ン……オトウサン……オカエリ」

「コレ、コレは何なのかな?」


 僕は垂れ下がった人間をプルプル震える手で指さしながら問う。


「ン……ニンゲン……ハイッテキタ」

「侵入者ヲ捕マエタワケデスカ」


 トレントはゆっくり1つまばたきして肯定の意を示す。僕はホッと息をついた。とりあえず人食いトレントの住む家とは呼ばれなくてすみそうだ。

 トレントの捕まえた人間に近付いて観察する。グウッと腹の虫が鳴いた。極度に腹を空かせているようだが生きている。問題はその格好だ。


「冒険者デスネ」


 なめし皮の鎧にショートソードの若い男。ジャックの見立て通りだろう。僕は彼の持ち物を探った。


「あったあった」

「冒険者かーどデスネ」

「名前は……ヒンクリーか。あ、そうそうトレント君の名前はサニーに決めたよ。太陽をたくさん浴びて迷いの森の大樹トレントみたいに大きくなって欲しいって意味でね」

「ン……ウレシイ……アリガト」

「コノたいみんぐデ発表シマスカ」

「名前で思い出したんだよ」


 本当に大樹トレントみたいになられても困るのだが、その頃には僕は生きてないので気にしない。


 彼の冒険者カードをカバンに入れ、身柄はジャックに背負ってもらい再びギルドへと向かった。

 冒険者ギルドは治安維持の役割も果たしている。特にレイロアのような自治都市では領主の庇護を受けられないのでその役割は重要になる。一応自警団も組織されているが、それはあくまで一般の有志によるボランティアである。

 再びギルドへ戻る面倒さにため息が出てしまう。そのため息を合図にするように一陣の冷たい風が足下の枯れ葉を巻き上げながら吹き抜けていった。


「そうか、そんな季節か。……だからか」


 彼の冒険者カードをもう一度見ながら独りごちた。



 冒険者にとって冬は厳しい時期だ。

 どんな冒険もその時間の大半は移動である。その移動が降雪や地面の凍結で妨げられるのが冬なのだ。

 加えて、キリル達のように薬草を採取したり動物を狩ったりするのも厳しい。冬は獲物の数自体少ないからだ。

 では冒険者は冬の間どうするのか。

 春から始める冒険の準備に充てる者がいる。

 長い休暇と割り切る者も。

 無理をしてでも冒険する者だっている。

 南の地方へと渡りをする者もまたいる。

 そして最後が迷宮都市に籠る者だ。迷宮を中心に出来た迷宮都市ならば、移動のリスクを最低限に押さえながら冒険することが出来る。

 レイロアは町の中にダンジョン入口のある迷宮都市である。当然、冬になるとよその街から冒険者が集まってくる。そしてそれに比例するように治安も悪化してしまうのだ。冒険者が過剰に集まれば諍いも多くなるし、よそ者冒険者は旅の恥はかき捨てとでも言うように横暴に振る舞いがちだ。慣れない都市で食うに困り盗みや強盗をする冒険者も出てくる。


 そして件の冒険者。

 所属はレイロアの北、ドヌールの街の冒険者ギルドだった。冬になるとドヌールからレイロアへ出稼ぎにくる冒険者は多い。

 恐らくだが、レイロアで冬籠りするため早めに訪れたはいいものの、初っぱなから躓いてしまった。食うに困って盗みも考えていた所に留守中の僕の家を見つけた、といったところだろう。


 ギルドで彼を引き渡し、再度帰路に就いた。マギーさんが「もう冬がやって来たのね」と憂鬱そうに呟いたのが印象的だった。

 帰り道、すれ違う冒険者に見覚えのない顔が多い気がした。レイロアの冒険者を全員知ってるわけでもないので気のせいなのだろうが。


 僕はこんな冬のレイロアが好きではない。

 できたらずっと家に引きこもっていたいくらいだ。

 幸い今年はかなり稼ぐことが出来たので、充分冬を越せる蓄えがある。本当に引きこもってしまおうかと検討しながら肌寒くなったレイロアを歩くのだった。



 この時はまだ、レイロアで大事件が起きようなど想像もしていなかった。



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