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 僕は昨夜の自分の台詞を思い出していた。


「特に、強すぎる敵に先に見つかるのは避けたいね」


 こういうのを冒険者用語では旗を立てると言う。


「どうしようどうしようどうしよう」


 パニック状態のキリル。

 トリーネはチーンと言ったまま動かない。

 ブリューエットは未だ震えている。

 ジャックは……死んだふりしてやがる。いや、もう死んでるけどさ。

 これでは撤退も出来ない。せめて時間を稼がねば。

『ファイヤーストーム』で先制攻撃か?頭だけでトロールほどある巨竜にはたして効くだろうか。怒らせるだけではないか?

 その白いであろう胴体は霧に紛れてほとんど見えない。……これも幻の可能性もある。まずは鑑定だ。


 種族ミストドラゴン【霧煙る女王アナベル】


 ああ、やっぱり幻ではない、正真正銘ドラゴンか。しかも強そうな二つ名付きの名前付き(ネームド)でもある。僕は震える左手を右手で制し、覚悟を決める。

 その時、ふいに頭の中に声が響いた。

 落ち着いた大人の女性の声だ。


『司祭ノエル。貴方では私に勝てない。止めておきなさい』


 驚いて辺りを見回すが無様な4人以外は誰もいない。ミストドラゴンが喋ってるのか?


『そうです司祭ノエル。あと、女性を断りもなく鑑定するのは感心しません』


 鑑定バレてる!というか心読まれてる?いや待て。僕は名乗っていないのに名前と職業を知られている。心だけでなく記憶まで読まれてると考えるべきだ。


『そこまで万能ではありません。名前と職業は鑑定で知りました』

「鑑定出来るの!?」


 驚いて声を出すとブリューエットが絶望した顔で僕を見る。無言でミストドラゴンと相対していて、いきなり喋った内容が「鑑定出来るの!?」だからな。錯乱したと思ってるのだろう。


『人間の専売特許とでも?オークのような亜人間の司祭も鑑定は使えますし、私のように司祭の生き方をしている者も使えます』


 司祭の……生き方?


『司祭とは祭を司る者。祭とは末理。この世界を形作る大いなる理の末端を垣間見る者のことです』


 うん、さっぱり分からないな。


『そうですか。では本題に入りましょう、未熟な司祭ノエル』


 さらっと「未熟な」とか付け加えられてる!


『コホン。本当に私と戦う気ですか?悪いですが貴方がたなどブレス一発でペンッ!ですよ、ペンッ!』


 そりゃそうだろう、そうだろうけども。もう少し言い方ってものがあるのでは?アナベルさん少々性格に難ありですね。


『んまッ!?ドラゴンに対して何と失礼な!ワイバーンみたいな亜竜とは違うのですよ?竜ですよ竜!』


 心の中だと本音が隠せないのですよ。


『ドラゴンに対して敬意を抱けと言ってるのです』


 そうは言ってもね……さっきは流しちゃったけど、無断で鑑定は失礼とか言っといて僕の事を断り無く鑑定してるんだよね、アナベルさん。


『そっ、それはアレです!鑑定されたら鑑定し返すのがセオリーなのです!』


 ふーん。


『何ですかその態度は!……いけない、未熟者相手に熱くなるなんて恥。落ち着け私……』


 熱くなっちゃうアナベルさんも未熟者ですねー。


『あぁーっ!もう!いい加減にしなさい!』


 アナベルさんが牙を剥いて威嚇した。


「ひっ!」

「キャアッ!」


 キリルやブリューエットから悲鳴が上がる。


『ふう、失礼。少々取り乱しました。彼らには謝っておいて下さい』


 わかりました。僕も悪ノリが過ぎました。


『わかってくれたら良いのです。さて……貴方は本当に私に挑むのですか?間違いなく勝てませんよ?』


 もうその類いのセリフ3回目ですね。飽きました。


『誰の!せいだと!……ハー、フー』


 アナベルさんが深呼吸をする度に腰を抜かしたキリル達がびくりと体を震わせる。まるでブレス吐きそうだもんね。


『ハァ、もういいです。用件だけ伝えます。私は貴方がたと戦う気はありません。私の撒いた霧の解消の為に来たのでしょうが、私はここを去りますので間もなく霧は晴れます。ご心配なく』


 えっ?もう少し詳しく。


『霧を撒いたのは私ですが理由あってのこと。理由は……私の足下を見てください』


 アナベルさんの周囲の霧が薄くなる。あらわになったその巨体の足下には、真っ白なミニサイズの竜が10匹くらいわちゃわちゃしていた。


『この辺りの地表は暖かく、子竜を孵すのに大変適しているのです。私は産卵の度に此処を訪れています。と言っても百年から二百年に一度ですが』


 なるほど、地熱で孵化させるわけか。


『ええ。産卵して孵るまで周囲を霧でカモフラージュするのですが』


 あれ?もう孵化してるよね。


『すべての卵が孵って立ち去ろうとした時です。霧に紛れて子供たちを狙う魔物が現れたのです』


 アナベルさんならサクッと殺ってしまえばいいでしょう?


『その魔物は狡猾でした。私の死角から子供の注意を引き、誘い出そうとするのです。子供たちは大変好奇心が旺盛ですので大変でした』


 これだけ数いると目が届かない子もいるでしょうね。


『そうなのです!移動もままならず、いっそブレスで広範囲を攻撃しようかとも考えたのですが。ワナカーンや迷いの森に被害が及びかねず……』


 もしかしてその魔物がストレンジフォッグ?


『ええ、そうです。貴方がたが倒した魔物です』


 ほほう、つまり僕達はお子さんの恩人なわけですね?


『うっ。確かにそうなりますが』


 親ならばお礼の1つもしたくなりますねえ。


『……わかりました、欲張り司祭ノエル。私もドラゴンを名乗る身です。筋を通しましょう』


 そう宣言すると巨体の割には小さな手で肩の辺りにガリッと爪を立てた。そして僕の前に1枚の白い鱗が置かれる。イスに敷くクッションくらいの大きさだ。


『人間にとって大変価値のあるもののはずです』


 いやー、催促したみたいですいませんね。


『みたい、じゃなく催促したでしょう!?……まぁ礼は言っておきます、司祭ノエル。他の方にも伝えてください』


 はい、伝えます。


『ではまたいつか。行きますよ、子供たち』


 アナベルさんが軽く一吼えすると子竜達が次々とその背中に跳び乗っていく。全員が乗ったのを確認したアナベルさんはその巨大な翼を左右に開いた。

 するとほとんど羽ばたきもせずに浮かび上がっていった。魔法だろうか?そのまま上空へ到達すると僕の頭上で円を2周ほど描き、ジューク連山の頂上の方へと飛んでいった。


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