31
食事を終えてついつい横になる。見上げると木々の枝葉の隙間から星が瞬いているのが見えた。
「もう夜か」
「おなかいっぱいだし眠くなってきた。ネムネム」
見ればトリーネも横になっている。
「じゃあひと休みしてから出発するか」
「……そうしよう」
当たり前のように交わされた会話に体を起こす。
「夜に探索する気!?危険だよ」
「夜ハあんでっどモ出マスヨ?ソウ私ミタイナ……」
ふっふっふと笑うジャックは置いておく。
「迷いの森では違うんだな、これが」
「むしろ夜の方が安全なのです。ビシッ」
「どういう事?夜行性のモンスターとかいないの?それにただでさえ霧で視界悪いのに真っ暗では……」
するとキリルが得意気に答えた。
「真っ暗か?明るいだろ?」
周囲を改めて見回す。確かに明るい。月明かりのせいにしては明るすぎる。
「霧が光ってるんだよ。ピカーン」
言われてみれば霧がぼんやりと発光しているようにも見える。
「……月明かりに反応して光るみたい。精霊達も夜の方が機嫌が良い」
「モンスターも夜の方が荒ぶらないんだ。元々敵対的なモンスターは別だけど」
「へええ、知らなかったよ。と言うかほとんどの冒険者も知らないんじゃない?」
「夜に迷いの森に入ろうとは普通思わないからな」
「ブリューが言い出したんだよね。夜の方が森の雰囲気が穏やかだって。ホワーン」
「……なんとなくだけど」
「むしろ夜の方が安全、か。なるほどねえ」
「常識ニ囚ワレテルト痛イ目見マスヨ、のえるサン」
僕はジャックの腰骨に蹴りを見舞った。
ひと休みの後、霧の明かりでよりいっそう神秘的な森の中を中心部に向かって進んで行く。途中、子牛ほどもある大きな山猫キラーキャットに出くわしたのだが、こちらを見て興味なさげに去っていった。それ以降、鳥や動物に出会うものの特に問題は起きない。平和そのものである。
「平和なのは結構なんだが」
「調査依頼を受けた身としては困っちゃうね。フウ」
ブリューエットの精霊狼にも反応はないらしい。
「原因が森にあるのかも分からないのが辛いね」
「何となくだが、山道の霧の方がこの辺の霧より濃いきがするんだけど」
「キリルいまさらー!森に入ってすぐ言いなよー!ガビーン」
「気のせいかなって思ったんだよ!」
「……上空から霧の流れを見れたらいいんだけど」
「それだ!」
僕は十字架を軽く2度叩く。
「ルーシー出ておいで!」
「あいあいさー!」
いつものように煙が立ち上るが如くルーシーが現れる。霧のせいでやや見辛い。キリルは驚いて腰を抜かしてしまった。対してトリーネは興味津々だ。
「……ルーシー久しぶり」
「よう!久しぶりだな!」
そういやブリューエットは奈落で会ってたな。しかしルーシーがまた妙な口調になってるぞ。チラッとジャックを見やるとフイッと視線を逸らされた。やっぱりか。
「最近赤ひげヲ読ンデアゲタラ彼女どハマリシチャイマシテ」
赤ヒゲは実在した海賊をモデルに書かれた児童文学書だ。海のないレイロアでも大人気である。
「赤ヒゲ面白いよねー。ヨーホー!」
「よーほー!」
「俺も子供の頃読んだなあ」
僕も白状すると愛読していた。本好きに拍車をかけた一冊でもある。
「では海賊ルーシー!この森の上まで飛んで行き、霧の流れを解明せよ!」
「あいあいさー!」
ルーシーはビシッと敬礼してふよふよと上空へ昇っていった。
待つことしばし。ルーシーが「よーほーほー!」と言いながら降りてきた。
「どうだった、海賊ルーシー!」
「白いのいっぱいだったぜ!」
「それで霧の流れはどうだった?」
「真っ白だった!」
「そ、そうか」
「ソノ白イノハ森ノ外マデ広ガッテマシタカ?」
「んー、よくわからないぞ!」
霧の流れとかルーシーにはちょっと難しかったか。
「……残念」
「考え方は悪くないと思うんだよなあ……そうだ!アレに登るのはどうだ?」
ブリューエットとトリーネはすぐに分かったようだが、僕にはアレが何か分からない。
「あ、すまねえ。ノエルはわかんねえよな」
「……迷いの森には1本の大樹がある」
「その木は森から飛び出るくらい大きいんだ。ドーン」
なるほど、その木に登って見渡そうというわけか。
3人の言う大樹までのルートは迷いの森でも特に迷いやすい難関ルートらしい。しかしこちらには霧の住人がついている。ひたすら狼の後ろを進むとあっけなく目的地に着いた。僕の感覚では同じ所をグルグル回ったり来た道を戻ったりしたけれど、感覚通り進めばきっと見事に迷ったのだろう。
目的の大樹は予想以上に巨大だった。その幹の太さは大人が10人手をつないでようやく囲めるかどうかだ。
「うわあ、おっきいねえ」
ルーシーがふよふよと浮きながら漏らす。
「これに……登るの?」
僕は無理だ。
「……私はムリ。トリーネお願い」
「まっかせといてー!ドン」
トリーネは胸を叩いて引き受けた。張り切っている。
「命綱はいるな。ハーケンの代わりになるもの持ってないか?」
「ナイフならあるけど」
「いやロープがまず無いよ、持ってるのは短すぎる」
「あー、そうだな。幾つか結んで使うか。全部で何本ある?」
「僕は1本だけかな。ジャックも持ってるよね?」
ロープを鞄から取り出しながらジャックに呼びかけるが返事がない。どうしたのかとジャックを見るとカタカタと揺れていた。
「ちょっとジャック。」
「アレ、アレ見テ下サイ……」
ジャックが指差すのは大樹の方。
その樹皮に刻まれた縦皺を辿って上へ上へと見上げていく。
そこには巨大な老人の顔があった。