<< 前へ次へ >>  更新
30/207

29

「久しぶりだね」


 そう言ってブリューエットを見る。周りに彼女の仲間達の姿はない。

 かわりに白っぽい作業着のような服を着た男の子と弓を背負ったショートカットの女の子がいた。2人共ブリューエットと同じくらいの年齢に見える。


「……紹介する。男が薬師キリル。女が狩人トリーネ。今パーティ組んでる仲間」

「えっ!?【五ツ星】辞めたの!?」


 僕が名付け親になったパーティが半年ともたず解散とかだったら悲しすぎるぞ。


「……ううん、今は帰省休暇中。出身地バラバラで遠い人もいるから2ヶ月とった」

「そっか、安心したよ」


 ブリューエットは帰らないのか聞きそうになったが止めておいた。ハーフエルフに家庭環境を聞くのは地雷を踏む行為である気がしたから。


「……その間の短期パーティ」

「なるほど。よろしくね、キリル、トリーネ」

「おう、よろしくな」

「よろしく!シャキーン」


 キリルは背が低く色白なので女の子にも見えなくはない外見なのだが、見た目に反して男っぽい喋り方だ。そして問題のトリーネ。ハーフエルフのブリューエットに負けず劣らずの美形だがシャキーンってなんだシャキーンって。ポーズとりながら自分で言ったぞ?


「……キリル、トリーネ。ノエルは司祭。鑑定が使える。ノエルに頼もう」

「へえ、鑑定か」

「ほほーう」フムフム


 何か面倒事の予感。ここは逃げの一手……


「……ノエル。逃げないで」


 袖掴まれたままだった。


「何かな。何でも相談に乗るよ」

「すごい棒読みですね。ウワー」

「……これ。私達の受けた依頼書」

「ほう」


 手渡された依頼書に目を落とす。

 《ワナカーン湯治場への山道が霧に閉ざされた。霧は迷いの森から広がっているようだ。迷いの森にて原因を調査して欲しい。 レイロア冒険者組合》

 迷いの森とはレイロアの東、ジューク連山の裾野に広がる森林地帯だ。内部には常に霧が立ち込め、名前の通り入った者を迷わせる。その霧が森の外まで漏れ出ているということだろう。


「なんだか難しそうな依頼だけど」

「迷いの森は俺達のホームグラウンドだからいけると思ったんだよ」


 聞けばこのパーティは迷いの森をメインに稼いでいるらしい。


「いけると思ったってことは、既に調査してみて上手くいかなかったの?」

「そう。霧はたしかに湯治場への山道を覆っているんだけど、原因はさっぱりわからなかった。ショボーン」

「……そこでノエルの出番。怪しい所を片っぱしから鑑定して。それ以外は私達に任せていいから」


 ブリューエットがグッと親指を立てて僕を見る。僕より年下3人との冒険には少々不安を感じるが、司祭の僕には貴重な冒険のお誘いでもある。悩ましい所だ。


「迷いの森って毎年行方不明の冒険者出てるけど。ほんとに迷いの森で稼いでいるの?」

「……精霊を呼べば方向がわかるから迷わない。危険な魔物がいる中心部には近寄らないようにしてキリルが薬草採集、トリーネが動物を狩る」


 なるほど。迷いの森は珍しい薬草の産地だし、そこに住む霞兎やミストフォックスはその真っ白な毛皮が人気の品である。適材適所の3人なんだな。


「依頼の報酬は僕ももらうよ?」

「……もちろん」

「迷いの森入ったことないからほんとに任せるよ?」

「……任せて」

「分かった。よろしく頼むよ」

「おお、説得成功!パチパチ」

「……ありがとう」

「おう!あてにしてるぜ」



 僕は準備の為、一旦帰宅することにした。

 帰り道、商店街の魔法石店へ寄る。目的はもちろん魔法石の購入だ。レベル10になってから何を覚えようかと思案してきたが全く決まらなかった。覚えたのはミリィに貰った『ファイヤーストーム』と露店で買った『フロート』だけ。

 新たな冒険が決まったわけだし何か覚えておくべきだろう。そこで一番無難な魔法、つまりは回復系を覚えることにした。購入したのは麻痺治癒『キュアパラライズ』と病気治癒『キュアウィルス』だ。少々値が張ったがようやく司祭っぽい魔法が揃ってきた。



 帰宅してまず真っ先にルーシーをピックアップする。


「もうわすれちゃダメだよ?」

「うん。でも活躍できる場所かは分からないからね?お外なら昼間は出さないからね?」

「いいの、かぞくはいっしょなの!」


 そう言って胸の十字架へと吸い込まれていった。

 身支度を終えて家を出ると、トレントがこちらをじっと見ていた。


「どうしたんだい?」

「ン……ドコ……イクノ?」

「お仕事だよ。待っててくれるかい?」

「ン……」

「そうだ!帰ったら名前を付けようね」

「ナマエ……マッテル」

 トレントの幹を軽く撫でて出発した。



 ――ワナカーン湯治場の魅力に迫る!

 迷宮都市レイロアの東、ジューク連山の中腹に位置するワナカーン湯治場。そこへ至る山道は険しく、モンスターが出現することもある。決して行きやすい場所ではないのだが湯治客が後を絶たない。その魅力は何処にあるのだろうか。

 ワナカーン湯治場の中心には巨大な旅館「小白屋」がある。小白屋はワナカーン唯一の旅館であり、湯治客は必ずここに泊まることになる。

 旅館の周囲には露天風呂、岩風呂、滝湯、蒸し湯に砂湯など大小多数の温泉が並ぶ。泉質も単純泉、炭酸泉、塩泉など様々だ。温泉の蒸気を利用した調理装置「極楽釜」も随所にあり自由に使用できるようになっている。

 湯治客は小白屋から各々好みの温泉へ行き、腹を満たしてはまた別の温泉に浸かり、また小白屋へ帰る。そんなゆったりとしたサイクルを逗留してる間中くり返すのだ。

 湯治客には怪我の後遺症に苦しむ冒険者が多い。彼等の大半は思い通りに冒険に出れない辛さ、悔しさ、腹立たしさを抱え精神が荒んだ状態で湯治場を訪れる。しかし湯治場を去る時、彼らには笑顔が戻る。ワナカーンで過ごす時間が怪我だけでなく、ささくれ立った心をも癒したのだ。小白屋の従業員ナンデモットさんは語る。

「私共は過剰なサービスは致しません。ただ御客様がゆったりと過ごすためのお手伝いをするだけです」

 ワナカーン湯治場。

 そこには日常では出会えない安らぎがある。


 出典 湯ら湯ら温泉紀行 秋号


<< 前へ次へ >>目次  更新