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 カーテンの隙間から朝日が溢れる。

 朝を告げる小鳥の囀り。

 いい朝だ。


「ふあ~あ」


 ベッドから立ち上がり大きく伸びをする。

 気分もすごく良い。

 レベルが2桁になったこと。

 お金に余裕があること。

 ミリィとのわだかまりが消えたこと。

 僕の頭を悩ませていた事が解消されたせいだろう。


 朝食用に取っておいた少し固くなったパンをむっしむっしと咀嚼する。口が乾いたのでコーヒーでも入れようとキッチンの方へ移動すると、ルーシーが窓辺に手を付いて庭を眺めているのが目に入った。


「ルーシー、何してるの?日に長く当たると消えちゃうよ?」

「ノエル!えっとね、えっとね、草さんがおっきくなってるよ!」

「薬草さんだね。愛情込めて育ててるからね。どのくらい大きくなったかな~?」


 どれどれとルーシーの隣へ移動し窓から庭を見る。


「……何コレ」


 そこには昨日まで無かった屋根まで届きそうな木が生えていた。



 ルーシーにこれは草さんではないことを説明し、僕は

 工房区へと走った。工房区は鍛冶職人が共同で使う大工房を中心に各種職人達がそれぞれの作業場や住居を置く区画だ。別名、職人通り。

 僕の目的は、その中にあるシモーリ造園だ。


「すいません!ミーゲさんいらっしゃいますか?」


 僕の声に背の低い白髪混じりの髪を短く揃えた中年の男性が顔を出した。日に焼けたその顔つきはレイロアではあまり見ない東方のものだ。


「おう、司祭の坊主。どしたネ」

「うちの庭が非常事態です!」

「ナニ?すぐ行く」


 瞬時に仕事道具を整え、僕の家に来てくれた。そして問題のブツを見てもらう。


「ありゃりゃ~」

「何ですかねコレ」

「コレね、トレントの苗木」

「えっ」

「庭造ったトキ、変な物植えるなと言ったネ」


 この家を借りることになった時、酷い有り様だった庭をミーゲさんに修繕してもらったのだ。

 心当たりはある。僕は冒険の際に余った薬草や拾った植物を無作為に植えていた。もちろん鑑定した上でだが、別の植物の種や苗に紛れていた場合は鑑定漏れしてしまった可能性はある。というかそうなのだろう。

 ただでさえスケルトンやゴーストが住む館としてご近所さんから冷たい目で見られてるのに、トレントまで生えているのは不味い。ご近所トラブル待ったなしである。どこかに捨ててこようか?捨て犬や捨て猫みたいに問題になってしまうだろうか?いや、遠くの森にでも捨てれば……


「ソレだめヨ?」

「はい?」

「イマ、捨てようと考えたネ」

「うっ」

「トレントは賢いネ。芽吹いたばかりのトキは普通の植物に擬態して様子みるネ。そして身の安全を確信したトキ、一昼夜にして大きく育つネ」

「うちを安住の地に決めたって事ですか?」

「司祭の坊主、オ前は愛情込めて植物達を育ててるネ。見ればわかル」


 そう言ってミーゲさんは薬草の生い茂る庭を見渡す。


「きっと植物達に話しかけたりしてるネ?ソレを植物達は聞いてるネ。もちろんトレントも」


 身に覚えはある。というか身に覚えしかない。


「こうなるとドコニ捨てようが戻ってくるネ」

「うああ、ど、どうすれば。庭から枝のばして通りすがりの人を食べちゃったりしたらどうしましょう?」

「トレントはそんな事しないネ。モンスターではあるけド、どちらかというと精霊に近い種ネ」

「ほんとですか?」

「植物に関しては信用するネ。ただ無制限に大きくなるカラ、まめに剪定は必要ネ」

「うう」

「覚悟決めるネ、司祭の坊主。ホラ、こっち見るネ」


 そう言ってミーゲさんはトレントの裏側、木の幹の真ん中をコンコンと叩いた。すると木の表面のシワがうごめき、すうっと開いた。目と口だ。


「ン……オトウサン……」


 その翡翠色の大きな瞳が確かに僕を見て、そして確かに喋った。なんだこの気持ち。木に顔があって喋るとかおぞましい状況のはずなのに……これは父性愛?


「接してみれば可愛いものネ。ミーゲもたまに見に来るから心配いらないネ。あっ、冒険者ギルドに報告はしておくように。一応モンスターだからネ」

「分かりました……ありがとうミーゲさん」

「気にするナ。珍しいもの見れて嬉しいネ」


 悩みとは減るとまた増えるものである。



 ◇



 僕はすぐにギルドへ報告に赴いた。


「トレントって庭に生えるものなの?」

「現に生えてしまいました」


 マギーさんは首を傾げる。


「あっ、エレノアさん、ちょっとちょっと」

「どうしました?」


 マギーさんはエレノア副ギルド長を呼び止めた。綺麗に編み込んだ長い髪に四角いフレームのメガネがトレードマークの美しい女性だ。男性冒険者には隠れファンも多い。通称サブマス。


「こちらのノエル君が、トレントを飼いたいと」

「いや、飼いたいというか生えてしまったというか」

「ノエルさん。ああ、思い出しました。スケルトンやゴーストを使役されてる方ですね?今度はトレントですか」

「なんといいますか。すいません」

「いえ、責めてる訳では。そうですね、ノエルさんの家の敷地から出ないならば問題ないかと思います」

「良いんですか?」

「知的で温厚な種ですからね。スケルトンやゴーストよりはよっぽど」

「ハ……ハハ……」

「ノエル君、あんまりモンスター拾っちゃダメよ?」

「はい、気を付けます……」


 端から見ればやたらモンスターを拾ってくる変わり者と見られてるのだろうなあ、なんて思いながらとぼとぼと出口へ歩いているとローブの袖を引っ張られた。


「……ノエル。久しぶり」


 振り返ると小柄なハーフエルフが袖を掴んでいた。


「ブリューエット!?」





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