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「ゆ!る!さ!な!いィィィィィ!」
焼け焦げた顔に憤怒を浮かべ髪を逆立たせながらヴァンパイアが僕を睨む。
しかしその背中を見つめる大きな影の方が僕は恐かった。
僕らの見上げる視線に気付き、ヴァンパイアはゆっくりと後ろを振り返る。そこには鎌を振り上げた墓守が立っていた。
「ぶむがにほゆさちなまにやわすへろ」
言葉とは言えない言葉を吐きながら、墓守は鎌を振り下ろした。ヴァンパイアは右肩から左腰まで両断され転がる。その赤い瞳は未だ視線を動かしていたが、墓守の巨大で痩せた手に頭部をわしづかみにされる。
「う、う、うう。嫌だ……嫌だァァァ!」
墓守はヴァンパイアの上半身を自らのローブの中へと押し付けた。グチャグチャと不快な音をたてながらローブの中の何かへと飲み込まれてゆく。やがてヴァンパイアの上半身を全て飲み込むと、まるでゲップをするかの如く体を1つ震わせてから何事も無かったように巡回を始めた。
「しょーりーニャー!」
勝鬨をあげるリオ。
「よしっ!」
小さくガッツポーズをするミリィ。
「
やってのけた大仕事に興奮する【鳳仙花】の面々。
「まあ止めは墓守に持ってかれたがねえ」
1人悔しさを口にするジルさん。
「ソ、ソ、ソウ言ウナじる。勝チハ勝チダァァ」
大人な意見を口にするマリウス。
「フーム、初メテ倒シタ
生意気な事を言うジャック。君はヴァンパイアにエネルギー供給してただけだったよ?
「おわっ!経験値入ってる!レベル3つも上がってる!」
「私は4つです!」
「俺も3、上がってる!」
【鳳仙花】の3人が冒険者カードを見せ合いはしゃいでいる。
「あっ、私も上がってる!」
ミリィも上がったか。どうせ僕は……諦めに近い心境でカードを確認する。そこには10という数字が。
「うおおおぉぉぉ!上がった!上がった!」
「ナント!幻デハナイデスカ!?」
ジャックがカードを覗き見る。
「オオ!オメデトウゴザイマスのえるさん!」
「おめでとう!ノエル!」
「ありがとう、ジャック!ミリィ!」
司祭の苦難を知る2人の祝福に胸が熱くなる。本当に久しぶりだ。僕のレベルなら
卑屈になりそうになり首をブンブンと振る。これで遂にレベル2桁なんだ。レベル10になると中級魔法が解禁となる。ミリィの『フレイムランス』や『ファイアスパイク』のように強敵にも通用する威力を持つのが中級魔法だ。器用貧乏になりそうで攻撃魔法は『バレット』1本でやってきたがこれからは積極的に覚えていこう。中級魔法には攻撃範囲の広いものや癖があるがハマると強力なものもある。司祭のアドバンテージである修得可能な魔法の多さが生きる時が来たのだ!夢は広がる……ふっふっふ。
「ノエル、にやにやして気持ち悪いニャ」
ハッとして周りを見ると、皆の怪訝そうな視線が僕に集まっていた。
「笑ったり難しい顔をしたりニヤついたりしてたよ?大丈夫?」
ミリィの心配が逆に辛い。ずいぶんな時間、自分の世界に入り込んでたようだ。
「ごめん、ちょっとなんと言うか、浸ってた」
「うんうん、わかるよ」
「よっぽど嬉しかったニャ」
「うん、そうなんだ」
皆の視線がまだ僕に向かってるので首をかしげる。
「えと、まだ何か?」
「『リープ』で脱出しようか、って話になったんだよ、司祭さん」
そういうことか、話を聞いてなかった。
「ごめんなさい!詠唱に入ります!」
興奮で詠唱をトチらないように気を付けなければ。
◇
大門へと『リープ』した僕らはギルドへ直行した。
「どうだった?リオさん、ノエル君」
僕らを見るなり受付から立ち上がったマギーさんが問いかけてきた。リオが事のあらましを伝えた。
「
マギーさんは慌てて2階へ駆け上がって行った。ギルドマスターに報告するのだろう。お楽しみの
「幾らくらいになるんだろうな」
「前に
「えっ?」
「そんなに貰えんのか?」
「僕も最初は驚きました」
「
「へぇ。あたしも狙ってみようかねえ」
喋りながらもついつい口がほころんでしまう。皆も同じだ。期待に胸を膨らませていると、お待ちかねの人物が階段を降りてきた。
「お待たせしました!まず皆さんの冒険者カードの記録を調べます。その後、報酬を算定して後日支払わせて頂きます」
「後日、ですか?」
トロールの時は即日支払われたのに。
「ええ。実は浅い階層でのグールの被害がいくつか報告されてまして、近々調査隊を送るはずだったんです。件のヴァンパイアがその原因なら報酬が上乗せされます」
「ほう、それは高額報酬が期待できそうだねえ」
「ええ!期待して下さい!」
マギーさんは満面の笑みで太鼓判を押した。きっと、自分が集めた冒険者パーティが大仕事をやってのけたのが嬉しいのだろう。……当初の依頼の目的とはだいぶズレてしまっているが。
僕らは報酬を受け取るときに再集結すると約束して、一旦解散することにした。
僕は帰りがけに商店街を冷やかしていくことにした。レベル2桁になって一気に魔法の選択肢が増えたので気になって仕方なかったのだ。
魔法石専門店もあれば未鑑定の魔法石を並べた露店もある。目的はもちろん後者。狙うは〈から石〉のワゴンセールだ。
「おっ、これこれ」
「無属性魔法石デスカ?」
ジャックが僕の手の中の〈から石〉を見る。
「うん。『フロート』の魔法石だね」
「アマリ聞カナイ魔法デスネ」
「そうだね。無属性魔法かつ中級魔法かつ地味な魔法だから」
「地味、デスカ」
「『フロート』の効果は、人を少しだけ浮かせて床トラップを避けるというものなんだけど」
〈から石〉を手の中で弄りながら説明を続ける。
「面白いのは物体も浮かせる事が出来るんだ。そして浮いた物体は少し押しただけでスゥーッと滑っていくらしい」
「ホウホウ」
「重い荷物とか運ぶのに便利だよね。人呼んでポーター要らず!」
「何テコト言ウンデスカ!」
「冗談冗談。でも効果がシンプルだと色々応用がきくと思うんだよね。あと安いし」
サイフから50シェル硬貨を取り出し露店の店主に渡した。そのあとは専門店に並ぶ魔法石の価格をチェックして帰路についた。
「トコロデのえるサン」
「ん?」
「今回ハ何故るーしー置イッタノデスカ」
「あっ!」
元々経営会議に出かけるだけのハズだったのでルーシーは置いて出てきた。そしてそのままうっかり忘れていたのだ。
帰宅した僕は「なんで!なんで!」と迫るルーシーを必死でなだめる事になるのだった。