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 黒猫堂を出ると新たに現れたグールが店の前をうろついていた。気付かれないうちにミリィが『ファイヤーボール』で荼毘に付す。やはりグールは墓場エリアの方角から涌いてくるようだ。

 グールを逆に辿りながら墓場エリアへと向かう。10体以上グールを屠っただろうか、ようやく墓場エリアへやってきた。名前の通り墓石が不規則に並んだ不気味な場所だ。辺り一面を埋め尽くす墓石はいったい幾つあるのか見当もつかない。


「僕は墓場エリア初めてなんだけど経験者いる?」


 そう言って皆を見るとリオが手を挙げた。


「探索したことはあるニャ」

「墓守ってどこにいるの?ここもヤバいかな?」

「ここは巡回ルートの外ニャ。あれを見るニャ」


 リオが指差す先を見ると腰の高さほどの柵がある。


「あの柵で囲まれた中が墓守の縄張りニャ。通称、霊園と呼ばれてるニャ。中に入らない限り襲われないけど、あんな風に所々朽ちているから気付かないうちに入らないよう注意するニャ」


 確かに柵が途切れた場所も見える。


「ん、あれが墓守ニャ」


 リオが再び指差す。

 皆の視線がその先へと集まる。

 黒いボロボロのローブを纏った何かが歩いてきた。

 その手には灯っていないカンテラと鎌を持っている。

 そして、大きい。レイロアの城壁より大きくないか?


「デカイな」

「あれはいったい何なんだい?」

「アンデッドではあるらしいけど、よく分かってないニャ。というかノエル」

「あ、そうだね」


 墓守を鑑定する。


 種族レギオン 【墓守※≠▲@】


「ほー、これは興味深い」

「どうしたニャ?」

「種族はレギオンで二つ名は【墓守】なんだけど名前が読めないんだ。レギオンは死霊の集合体のモンスターだから個体名が無いのかな」

「へえ~、ってそれはどうでもいいニャ。図体がデカくて同じルートをぐるぐる回ってるので捕捉は楽ニャ。くれぐれも近付かないようにニャ」

「了解!」

「分かりました」

「気を付けるよ」

「というわけで柵に沿って外側を調査するニャ」


 柵から5歩ほど外側をリオが歩き、他のメンバーは更にその外を歩く。間違って霊園内に入らないよう、慎重を期してだ。これで墓守に襲われる事はないはずなのだが、柵の中を巡回する墓守とすれ違う時は緊張が走った。全員が動きを止めて横目で墓守を伺う。墓守はこちらなど見向きもせず一定の速度で決まったルートを巡回している。近くで見ると更に大きく感じる。黒いローブの袖からは痩せた灰色の手が伸び、フードの中は何も見えない。墓守が行くと皆が大きく息をついた。

 その後、柵に沿って半周くらいしただろうか。僕達は遂に異変を目にした。


「これは……」

「悪趣味だねえ」


 柵の外にも墓石が無数に広がっているのだが、その墓石の上でグールがジタバタと動いていた。黒い石製の杭のようなもので胸をひと突きにされ、墓石に突き刺さっている。まるで虫ピンで生きた昆虫を刺したような姿だった。


「おい、奥にもあるぞ」


 チェイニーの言葉通り、奥の墓石にもグールが刺さっている。更にその奥にも。もう動かないグールもいる。この奇妙な物体を辿っていくと、グールだけでなくゾンビや大ガラス、墓場狼の物もあった。そして冒険者のなれの果ての姿も。


「むごいことを」


 ポールが近付き祈りを捧げる。


「冒険者カードだけでも持ち帰りましょう」


 そう言ってミリィが遺体に手を伸ばすと前方の暗闇から声が響いた。


「展示品にお手を触れないで頂けますかァァァ」


 ミリィはビクリと肩を震わせ、遺体から離れる。暗闇の中からぼおっと青白い顔が浮かび上がった。僕はすぐさまその顔を鑑定した。


「ヴァンパイア!名前付き(ネームド)!【キュレーターリシャルド】!」


 ヴァンパイアの闇に溶けていた姿が見えてくる。真っ黒な礼装に身を包み、長い黒髪は後ろへ撫で付けている。顔は美形と言う他ないが、その青白い肌と真っ赤な瞳には嫌悪感を感じざるを得ない。


「ああ、こんなに野晒しの美術品がァァァ。きちんと展示しないとォォォ」

「あたしらは美術品ってわけかい!」


 ジルさんが仕込み杖を抜き放つ。が、それを紙一重でかわすと魔法の詠唱を始めた。


「地に埋もれし悪しき精霊よ、我が手となり足となり敵を縛めよ『イビルパイル』」


 ヴァンパイアの周囲に黒い杭が何十も浮かんだ。


「グールを串刺しにしてたのはこれか!」

「皆!物陰に隠れるんだよ!」


 それぞれが墓石や地形の起伏の陰へと身を隠す。無数の黒い杭は投げ槍のようにこちらへ飛来した。


「ぐあああっ!」

「ウヒィ!」


 ジョシュの肩を杭が貫いていた。チェイニーが杭を抜きポールが回復魔法を唱える。もう1人の悲鳴はジャック。杭が胸骨を貫いて墓石に突き刺さっていた。抜けないらしくジタバタしている。


「また不幸な展示品が……(笑)」

「笑ッテナイデ抜イテ下サイヨ!」


 ジャックの杭を抜いてやろうと走り出すが、ふと足を止める。ヴァンパイアの姿がない。どこへいった?


「女の美術品は久しぶりだァァァ」


 いつの間にか僕達の後方に回り込んだヴァンパイアが、最後方にいたミリィへ襲いかかる。


「きゃあっ!」


 ミリィは予想外の攻撃に目をつぶり身を固くする。が、次の瞬間ミリィへと伸ばしたヴァンパイアの手首から先が飛んだ。


「ここにもレディがいること忘れないでおくれよ?」


 ジルさんの早業だ。さっきまで前衛にいたのに、これまたいつの間に。


「ウリィィィィイ」


 マリウスが〈魔剣グラットン〉で追撃する。突き技にも関わらず周りの地面や墓石ごとヴァンパイアの片足を消し飛ばす。この攻撃範囲が「大食い」たる由縁かもしれない。僕はリオの構えた投げナイフに聖属性付与『ホーリーウェポン』をかける。対アンデッド戦でしか使い道のない魔法だが今こそ使い時だ。リオの放った投げナイフがヴァンパイアの眉間に深々と突き刺さる。


「うぐあぁぁぁ!……なんてなァァァ」


 ヴァンパイアは効いて無いとばかりに眉間のナイフを抜く。それもジルさんに切り飛ばされたはずの手で。消し飛んだ片足も戻っている。


「不死身ってわけかい」

「ムムム」

「ヴァンパイアもアンデッドですから再生能力は高いです。が、限界もあるはずです!」

「我が手に集え赤き者共、その紅蓮の炎で敵を貫け!『フレイムランス』!」


 距離をとったミリィが魔法を放つ。大きな炎が3本の槍となりヴァンパイアへ迫る。だがヴァンパイアは避けもしない。


「ぐおォォォ……火炎魔法は効くなあァァァ」


『フレイムランス』が直撃した瞬間はヴァンパイアの顔が赤黒くただれたのだが、それは本当に一瞬だった。ミリィも呆然としている。

 時間を与えるとまた杭の魔法が飛んでくるのでジルさん、マリウス、リオに加えて復帰した【鳳仙花】が攻撃を続けるが、やはり傷を負った瞬間に再生してしまう。いくらなんでもこの再生能力は……何かタネがあるな。そう思い鑑定を使いながら周りを観察していると、ジャックの姿が目に入る。ジャックはぐったりとして、まるで本物の屍のようだ。


「おい、どうしたジャック?死んだフリか?」

「体ガ……怠イ……デス」


 ジャックが杭が刺さったくらいで?胸の杭を抜いてやりながら考える。ハッとして最初の串刺しグールの方を見ると、あれだけジタバタしてたのに今は動いていない。もし、この杭が再生能力のタネならば……


「ミリィ!杭を打たれたグールを燃やしてくれ!」

「どのグールを燃やせばいいの?」

「全部!杭で打たれたグール達が再生能力のタネかもしれない!」

「っ!分かった!」

「黒猫ちゃんと【鳳仙花】もそっちを手伝いな!こちらはマリウスとあたしで十分だよ!」


 ミリィが『ファイヤーボール』で次々とグールを燃やしていく。僕やリオ、【鳳仙花】はグールにとどめをさした後、直接杭を抜く。


「やめろォォォ!展示品に触れるなァァァ!」

「オ、オ、オ前ノ相手ハコッチダァァ」


 マリウスの一撃が青白い顔に斜めに傷を作る。再生は……しているが遅くなっている!


「よし、いけるぞ!ミリィ、魔力は?」

「まだもう少し残ってる!」

「じゃあ最初に見付けた辺りのを始末しよう!」

「うん!」


 僕とミリィは柵の近くまで移動し、目に付く「展示品」を破壊してゆく。近いのは僕が『ホーリーウェポン』を付与した杖で、遠目のはミリィが『ファイヤーボール』で。


「いい加減にしろォォォ!貴様らァァァ!」


 ジルさん、マリウスとやり合ってたヴァンパイアが怒りの表情でこちらへ向けて『イビルパイル』を発動する。詠唱破棄したせいか杭の数は5本と少ない。距離もあったので、僕とミリィは余裕をもって障害物に隠れた。飛来する杭をやり過ごした後、立ち上がるとジルさんとマリウスがキョロキョロしている。このパターンは……!


「ミリィ、『ファイヤースパイク』の詠唱を!」

「えっ?」

「早く!」

「……我が纏うは火蜥蜴の舌、顕現せよ紅き衣!『ファイヤースパイク』!」


 ミリィを中心に炎の螺旋が現れる。


「ギャアァァァァッッ!」


 ほぼ同時にミリィの背後に現れた黒い霧が悲鳴をあげる。黒い霧は後ろに飛び退きながら人の形を成していき、やがて顔を押さえたヴァンパイアの姿となった。押さえた手の間からブスブスと煙が上がっている。


「おんなアァァァァ!只ではすまさんぞォォォォ!」


 赤い瞳を大きく見開きミリィへと迫る。


「どっせーーい!」


 僕はミリィしか目に入っていないヴァンパイアの顔面を横から『ホーリーウェポン』をかけた杖でフルスイングした。貧弱な司祭の攻撃とはいえ、焼けただれた顔面を痛打されれば堪らない。ヴァンパイアは顔を両手で覆ったまま転がり続け、柵を突き破ってようやく止まった。


「許さない許さない許さない許さない許さない」


 ブツブツと呪文のように呟きながら、ゆっくりと恐ろしい形相で立ち上がるヴァンパイア。


「いよいよ最終局面だねえ」


 いつの間にやら横に来たジルさんが仕込み杖を構える。が……


「いえ、もう終わりでしょう」


 僕はふうっと息をついた。


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