23
大門から2階まではいつもの通り、敵らしい敵もいない平和なものだった。しかし3階はいつもと違った。
「おい、なんかモンスター多いぞ?」
チェイニーがスライムの群れを蹴散らしながら誰もが思ってる事を口にする。
「わかってるさね、【鳳仙花】の」
「このくらい何ともないさ。冒険者の君達が慌ててどうするんだい?」
「お前はわかってないねえ、ボンボン」
「それは聞き捨てならないな、ご老人」
「ふん、司祭さま説明してやりな」
僕は『バレット』をジャイアントバットへ撃ち込みながら答えた。
「いつもよりモンスターが明らかに多い場合、住み処から逃げ出してきたと見るべきです。災害や天敵に追われて出てきたと。1種だけ多いなら
「つまり下で何か起きてる、と?」
「あくまで可能性ですが」
「ここで止めとくかニャ、貴族様?」
「何をバカな事を言ってるんだい?僕はこういう刺激がほしかったのさ!」
そう言うと高そうなレイピアを抜きモンスターへ躍りかかった。まあ相手はスライムだけど。
4階への階段近くまで来ると、更なる異変があった。
「グール!?」
「こんなところに何故……」
グールはゾンビやスケルトンよりもかなり強く、中位アンデッドに属する。3階にいるようなモンスターではなく、それこそ5階の墓場エリアにいるモンスターである。
前衛にいた【鳳仙花】のジョシュが驚いたのか固まってしまった。そこへ容赦なくグールの爪が迫る。
「ジョシュ、動け!」
「ッ!すまねえチェイニー!」
割って入ったチェイニーが間一髪、グールの腕を切り払う。反動で2、3歩下がったグールへリオの投げナイフ、次いでミリィの火球『ファイヤーボール』が襲う。ナイフがグールの眉間に深々と刺さり大きく仰け反らせた所へ『ファイヤーボール』が着弾する。火だるまになりながら倒れるグール。
「悪かった。こいつグールに麻痺毒喰らったばっかりでな」
「頭が真っ白になっちまった、すまん」
「いえ、お怪我無くて良かったです」
「気にするニャ」
「その麻痺毒喰らったのは、やはり墓場エリア辺りで?それとももう少し下層ですか?」
「いや、5階の比較的安全なはずの場所だ。困って近くの黒猫堂に飛び込んだんだからな」
「えっ、うちの近くで出たのニャ!?」
「そうだぜ?大斧担いだスケルトンが吹っ飛ばしちまったが。……あれはほんとにスケルトンか?」
「それはアタイも怪しいと思ってるニャ。ノエル、鑑定したよニャ?
「う、あ、うん。多分」
「鑑定してないニャか……」
「ご、ごめん。アンデッドにもプライバシーは大事かなって思って」
「集団面接までやっといて鑑定してないとか怠慢ニャ!マリウスとか超怪しいニャ!」
「あう……ほんとごめん」
「大丈夫デス、間違イナク彼レラハすけるとんデスヨ。
「マリウスは
「ジルさん、マリウス知ってるんですか?」
「あれはいい男だよ、死んだ爺さんといい勝負さ」
リオと顔を見合わせる。骸骨にいい男とかあるのか?
すっかりうちのスケルトンの話になってグールの事が頭から離れたが、4階へ来ると嫌でも思い出す事となった。
「いるニャ、グール。それも何匹も」
偵察に行ってたリオが結果を話す。
「グールが群れてるのですか?」
不安そうなミリィ。
「んニャ、いつものゾンビやスケルトンにグールが混じってうろついてる感じニャ」
「極力グールを避けながら黒猫堂まで行くか」
「そうだねえ、黒猫堂を拠点にその周辺から調査してゆくのがよかろうね」
「そうしましょうか」
話がまとまりかけた所にクリスが異論を唱えた。
「待ちたまえ、安全なルートを確保するのも依頼だったはずだよ?」
「ええ、まあそうですが」
「だったらアンデッドを片っ端から討伐しながら目的地まで行けばいいだけの話だろう?」
「さっきの司祭さんの話聞いてたか?貴族さんよ。何らかの異常が起きてるんだよ。それを調べて原因を明らかにして、それからだ。安全なルートなんてのは」
チェイニーさんがため息をつきながら説明すると、クリスは見下すような視線を向け言い放った。
「要はグールとやらが恐いんだろう?」
「何だと!?」
「君達に荷が重いなら僕が片付けてやるさ」
そう言うや否やクリスは飛び出してしまった。
「あー、もう。見捨ててしまおうか?」
「出来ない癖にそういう言い方するよね、ノエル」
「アタイは割と本気で見捨てたいニャ」
「あのボンボンは雇い主みたいなものだろう?あたし達は追うしかないのさ」
「……ですな」
挑発されたチェイニーさんが賛同したことでクリスを追いかける事に決まった。クリスが行った方向へ残り全員で固まって進む。
ほどなくクリスは見付かった。グールと戦闘中だが苦戦しているようだ。身のこなしは思ってたより良い方だ。良い方なのだが……
「なんでレイピアなんニャ?」
そう、得物がレイピアなのだ。極細の刀身はアンデッドと致命的に相性が悪い。少々穴が開いた所でアンデッドは困らないからだ。
僕達が助太刀しようと近寄ると、クリスは空いた左手を広げて僕達を制した。
「これは僕の闘いさ。手出し無用だよ」
そしてバチッとウィンク。なんだろう、グールに加勢したくなるこの気持ち。本人たっての希望なので皆距離をとったまま見守る。
「ほんとに大丈夫かね?」
剣を納めたチェイニーさんが誰にでもなく聞く。
「自信がお有りのようですし……」
「魔法でも使えるのかも知れないねえ」
「付与魔法とかありそうですね、レイピアの軽さや取り回しの良さが活きそうです」
ミリィとジルさんと僕は何とかなるのだろうとおもっていたのだが……
「みんな甘いニャ。アイツは只の自信過剰ニャ」
リオの意見は違うようだ。
クリスはステップを踏みながらグールの攻撃を捌きつつ、たまに浅い攻撃を繰り出していた。そして決着の刻が来る。
「
今までにない深い踏み込みから、鋭い一撃がグールを襲う。レイピアの刀身はグールの胸へと吸い込まれ、心臓を貫いた。
そして一瞬の間。
キョトンとしたクリスとグール。が、すぐにグールはレイピアの刀身を胸に吸い込みながらクリスへと近付いてゆく。
「バッ、バカな!何故死なない!」
クリス以外の全員が、恐らくグールさえも同じ答えを頭に浮かべただろう。だってもう死んでるし。
「嫌だあああ!ギャアーッ」
「いかん、助けるぞ」
我に返ったチェイニーさんが声をかけグールへ走る。レイピアが刺さったままのグールがチェイニーさんへ向き直り、唸り声をあげる。と、何時の間にやらグールの後ろへ回り込んだジルさんが両足を横一文字に切り飛ばした。崩れ落ちたグールを皆でボコボコにしたあと、念のためミリィが燃やす。
「呆れたねえ、何の策もなかったのかい」
「リオさんの言った通りでしたね……」
「ポール、回復してやれ」
「手伝います、ポールさん」
僕と【鳳仙花】の僧侶のポールさんで怪我を治す。
「麻痺毒もらってますね」
「ノエルさんは麻痺治癒『キュアパラライズ』はありますか?」
「いえ、残念ながら」
『キュアパラライズ』はレベル10で覚える事ができる魔法だ。そして僕のレベルは9。3年経ってまだ1桁である。最後にレベルアップしたのはいつだったか……ちょっと自己嫌悪になっているとミリィが近くへ来て囁いた。
「もしかしてノエルはまだレベル10なってない?」
「そう、だけど」
司祭の事情を知ってるのに何でそんなこと聞くんだ。僕が憮然とした表情で答えると、ミリィは笑顔を浮かべ「そっか」とだけ返した。