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 ベルシップ冒険者ギルド。

 昨晩、社長とジェロームの会話を聞いた僕は、朝一番にギルドへとやってきた。

 受付カウンターの椅子を拝借し、依頼書が貼り出される掲示板の前に陣取った。

 依頼書にはその街の特色が表れる。

 ベルシップは港町なので、海関係の依頼が多い。

 水棲モンスターの討伐、海産物の収集、海辺の洞窟の探索。船に同乗する用心棒の募集なんてものもある。

 興味を引かれる依頼がたくさんあるが、僕の求める依頼はただ一つ。


「何してる?……すぐ依頼を出すべきだろ?」


 ブツブツと独り言を呟いていると、ギルド職員が怪訝そうに僕を見ながら掲示板の前へ歩いてきた。

 そして、新たな依頼書を次々に掲示板に貼っていく。


「きたッ!」


 僕は椅子から飛び上がり、貼られたばかりの依頼書をもぎ取った。驚いて僕を凝視するギルド職員を尻目に、受付カウンターへと向かう。


「これ、受けます!」


 受付のお姉さんの前に、冒険者カードをそえて依頼書を置いた。


「……あなた、本当にこの依頼を受けるの?」


 そう言って、お姉さんは眉を潜める。


「僕向きの依頼だと思うのですが……何か問題が?」

「いえ、依頼は問題ないけど、依頼主がね……」


 そう言って、お姉さんが口ごもる。


「大丈夫です。僕はよそ者ですが、その辺のことは理解しています」

「そうなの?……わかった、なら止めないわ。詳しい話は、問題の依頼主から話されるそうよ。くれぐれも気をつけてね」

「わかりました。ありがとうございます」


 僕はお姉さんに礼を言って、ギルドを出た。

 その足で向かったのはもちろん、依頼主がいる場所だ。

 そこはドミニクの背丈より大きな塀がぐるりと取り囲む、堅牢な建物だった。

 門の扉にいたっては、非常に重そうな鉄製だ。

 塀の内側からは何やら叫び声が聞こえる。

 門の上に、

 《いつでもお気軽に♪ ジャスティス不動産》

 と看板がなければ監獄か何かと勘違いしそうだ。


「気軽には入れないよなあ……」


 僕は凶悪な悪魔の顔を型どったドアノッカーで、鉄製の扉をガン、ガン、と叩いた。

 そして内部の叫び声を遠くに聞きながら、しばし待つ。

 すると重い扉が開き、一人の男が顔を出した。

 それはよく知る人物。

 〈黒猫団団員マント〉で人に化けたジェロームだ。


「こんにちは。ジェロ――ごほん!初めまして。依頼を受けて参りました冒険者で、ノエルと申します」

「オオ、オ早イデスナ。中ヘドウゾ」


 ジェロームに促され、敷地へ入る。

 門の内側は半分ほどが広場のようになっていた。

 運動をするに十分な広さで、実際に木剣を振ったり走り込みをしたりする社員がいる。

 ジェロームに先導され、僕は広場を突っ切って歩いていった。


「お金よりもォー、やりがいがァー、大事でェす!」

「「「お金よりも!やりがいが大事です!」」」

「理不尽なァー、ご命令にもォー、笑顔で従いまァす!」

「「「理不尽なご命令にも!笑顔で従います!」」」

「怪我してもォー、責任とかァー、求めませェん!」

「「「怪我しても!責任とか求めません!」」」

「死んでもォー、化けてェー、出ませェん!」

「「「死んでも!化けて出ません!」」」


 外にまで響いていた叫び声の正体は、これのようだ。


「み、皆さん熱心ですね」

「私ノ発案デ訓練ニ取リ入レタ、社訓唱和デゴザイマス。声ノ小サイ者ハ鞭打チ十回デスノデ、皆必死デスヨ」

「……それって、逆に士気が下がったりはしないのですか?」


 するとジェロームは無言で、僕にだけ見えるようにウィンクした。

 意図的にそう仕向けてるのか。

 ジェローム、恐ろしい子……。

 僕達は石造りの建物へと入り、階段を上る。

 ジェロームは二階の一番奥の部屋の前で立ち止まり、姿勢を正した。


「社長。冒険者ノ方ガ参ラレマシタ」

「む、早いな。……入れ」


 ジェロームが扉を開き、中へ入るよう促す。

 室内には立派なデスクが置かれ、椅子に派手な服装の眼鏡の男が座っている。

 ジャスティス不動産の社長だ。

 こうして間近で見ると少し印象が違う。

 日焼けした肌に浮かぶ、いくつもの傷痕。

 眼鏡の下の鋭い眼光。

 服装とは裏腹に、まるで修羅場を潜り抜けてきた、ベテラン戦士のような雰囲気だ。


「初めまして、ノエルといいま――」

「――前置きはいい。うちの取り扱う物件で困ったことが起きてな。……依頼書は読んだな?」

「はい。その困ったこと(・・・・・)をターンアンデッドで取り去ればよろしいのですね?」

「そういうことだ。他に質問はあるか?」

「ええと、質問ではないのですが……」


 僕は少し口ごもり、それから話を続けた。


「僕、僧侶ではないのです」

「あァん?どういうことだ?」


 社長は途端に口調が変わり、巻き舌で脅すように言った。


「実は、僕の職業は司祭でして」


 するとジェロームが目を見開いた。


「ホウ、司祭!」

「……ジェローム、司祭ってのは?」


 ジェロームは社長に向き直り、説明した。


「司祭トハ僧侶ノ上級職トイウベキ、れあ職業デゴザイマス」

「ターンアンデッドは?」

「使エルハズデス。……ソウデスナ、司祭殿?」

「はい、使えます。僕は数多のアンデッドを天に還してきました。不死者専門家アンデッドエキスパートであると自負しております」

「ホウ、不死者専門家アンデッドエキスパート


 ジェロームがニヤリと笑う。


「ならば何の問題もない。……期待しているぞ」

「はい、お任せください!すぐに取りかかります!」


 僕はジャスティス不動産を出て、真っ直ぐに別荘へと向かった。

 今のところ作戦はうまく進んでいるが、この山道を上るのには慣れそうにない。これから何度も往復すると考えると、気が滅入ってくる。

 やっとのことで別荘に辿り着き、室内に向かって声を出す。


「ふう、はあ。……ルーシー、除霊に来たよー」


 ほどなく、白く光る霊体がふよふよと飛んできた。


「ほいほーい。がおーってする?」

「いや、見張りはいないからしなくていいや」

「ん、わかった!……ノエルぅ、このおうちすごいんだよ!広くてね、おふろもプールもあるの!」

「へえ、さすがは二千万シェルだけあるね。昼間は遊んでていいよ。夕方にはジャックが合流するから」

「はーい!ぽっぽー!」


 ルーシーは両手をパタパタさせながら、別荘の奥の方へすっ飛んでいった。


「外に出ちゃダメだからねー」

「ぽっぽー!」


 ◇       ◇       ◇


 その晩。

 僕はジャスティス不動産へと戻り、社長とジェロームを連れて再び別荘へと戻ってきた。


「いったい、なんだってんだ!」

「すいません、想定外の事態が起こりまして……とにかく見てください」


 そして僕は別荘の扉を開いた。


「ぽっぽー!ぽっぽぉー!」

「悔シイ……悔シイ……」


 室内を鳥のように飛び回る少女のゴースト。

 そして椅子に前のめりに座り、力なく床を見つめるスケルトン。

 その光景に呆然としていた社長が、我に返って怒声を上げた。


「……祓うどころか増えてんじゃねーか!」


ジェロームは〈黒猫団団員マント〉で偽装した顔でウインクしています。

スケルトンにはまぶた無いですが、器用なジェロームはできます。

……できるんです!

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