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三日後の早朝。
山の中腹の別荘近く。
まだ夜も明けきれておらず、辺りは静けさに包まれている。
薄暗い別荘の影から、ぼんやりと白い光がふよふよと飛び出てきた。
「こっち。ルーシー、こっちだよ」
僕の小声に反応した白い光は、こちらへ向かって一直線に飛んできた。
「ノエル、おはよ!」
「おはよう、ルーシー。どうだった?」
するとルーシーは両手を口に当てて、イタズラっぽく笑った。
「むふふ。かんぺき!太ったおじさんと、もっと太ったおばさんがびっくりして逃げてったよ!」
「ようし、よくやった!」
「むふー!」
僕は自慢げなルーシーの頭を撫でつつ、深紫の空を見上げた。
「次は夕方だから、それまで〈夕凪亭〉で休もうか」
「ん、わかった」
ルーシーを十字架に招き入れ、僕はその場を離れた。
◇ ◇ ◇
そして、夕方。
再び別荘。
「かえして……おうちかえして~」
「ひぃ~!」
「うわあ!」
下見客だけでなく、案内人であるジャスティス不動産社員までもが、転がるように別荘から飛び出してきた。
仕事を終えたルーシーを回収し、〈夕凪亭〉へ帰ろうと山道にさしかかったとき。
「っ!まずい!」
僕は来た道を引き返し、草むらの陰に隠れた。
山道を上ってくる、四人の人影がある。
先頭は派手な服を着て眼鏡をかけた人物。
その隣をぴったりついて歩くのは……ジェロームだ。
ということは、あの派手な服がジャスティス不動産の社長か。
残りの三人を家来のように従えて、早足で僕の前を通りすぎていく。
「し、社長~、また出ますよ~。やめましょうよう~」
と、社長にすがりつくのは先程逃げ出した案内人だ。
「バッカヤロウ!」
「ぐへっ」
社長に殴られ、案内人が地面に転がった。
「イタズラなんぞにいいように振り回されてるんじゃねえ!」
「でも……ぐすっ、あれは本物ですよぉ~」
「チッ、男が泣くんじゃねえ!ったく……」
社長は別荘を見つめ、何か考えている様子だった。やがて案内人に向き直り、非情な命令を下した。
「お前と……お前。お前もだ。今晩、ここに泊まれ」
「ええっ」「自分もっスか?」「嫌ですよぉ~!」
口々に不満を言う社員達に、ジェロームはビシッと背筋を伸ばして言った。
「社長ノ命令ハ、神ノ御告ゲニ等シイ!拒否ナド言語道断!サア、返事ハドウシタッ!」
「「「はい、よろこんでー!」」」
「ヨシッ!」
社長は満足げな顔で頷き、ジェロームとともに山道を下りていった。
しかしジェロームの社員教育、恐ろしいほどに行き届いているな。
「……ルーシー」
「もうひとふんばり?」
「うん。大丈夫?」
「ルーシーがんばる!リックのためだから」
「うん、そうだね」
◇ ◇ ◇
そして、その夜。
「ぽおっっっぽおおお!!!」
「うわー!」
「出っ、出っ、出たあ!」
「たっ、助けてぇ~!」
這々の体で別荘から逃げ出す三人の社員達。
それぞれが一目散に山道を駈け下りていく。
「……ハトのマネがそんなに怖いかなあ」
物陰に隠れた僕がそう呟くと、ふいに背後から不気味な声が響いた。
「後ロメタイコトガアルカラ、尚更怖イノデショウ」
声とともに暗闇からぼうっ、と骸骨が浮かび上がる。
「なんだ、ジャックか」
「モット驚イテクダサイヨ」
ジャックは残念そうに僕の横に屈んだ。
「いや、驚いたよ。……そうだな、スケルトンも使えるか」
「ハイ?」
首を傾げるジャック。
その傾げた頭蓋骨の向こうに、一瞬動く明かりが見えた。
僕はジャックの頭蓋骨を上から押さえ、様子を伺う。
「……あれは社長か?深夜だってのに、行動が早いな。近くで様子でも見ていたのか?」
「じぇろーむサンモイマスネ」
社長は棒切れ片手に別荘へズカズカ入っていく。
「オラァ!出てこいや、幽霊!」
などと、怒声を響かせながら建物内を歩き回っているようだ。
その彼が捜している幽霊はというと――。
「あのおじちゃん、こわいね~」
――僕の横でふるふる震えていた。
「アンナ棒切レデ、ごーすとヲドウニカデキルト思ッテルンデスカネ」
「……まあ、ルーシーは怯えているし。効果はあるのかも」
やがて、社長が悪態をつきながら別荘から出てきた。
「クソが!」
「……社長」
「ああ?なんだ、ジェローム!」
「面接ノ際ニモ申シ上ゲマシタガ。私、迷宮都市れいろあ出身ノ、元冒険者デゴザイマス」
「ああ、そう言ってたな。……それがどうした?」
「本物ノ幽霊ト幾度カ戦ッタ経験ガゴザイマス。コレガごーすとノ仕業デアルナラバ、イクラ凄モウガ武器ヲ振リ回ソウガ意味ハアリマセン。ナニセ相手ハ霊体デスノデ」
「じゃあ、どうすればいい!これではせっかく建てた別荘に買い手がつかんぞ!」
社長は怒りに任せて棒切れを地面に叩きつけた。棒切れの先が砕け、破片がジェロームの足元に飛ぶ。
しかし対するジェロームは後ろ手を組んだまま微動だにせず、冷静に社長の問いに答えた。
「ココハ専門職ニ任セテハイカガデショウカ」
社長は眉間にしわを寄せてジェロームを見ていたが、すぐに彼の言葉の意味に気づいた。
「……そうか。ターンアンデッドだな?」
「サスガハ社長。ソノ通リデゴザイマス」
ジェロームは笑みを浮かべて頷いた。
「僧侶ヲ雇イ、除霊サセマショウ」
本日4月18日は『レイロアの司祭さま』三巻の発売日です!
よろしくお願い致します。