<< 前へ次へ >>  更新
194/207

191

 レイロアのダンジョン地下五階、〈黒猫堂〉。

 チリンと鳴ったドアベルの音に、帳簿を見ていたエマが顔を上げた。


「あら、オーナー。帰られたのですね」

「うん、ちょっと転移で戻ったとこ。またすぐ出かけるけど……リオはいるかな?」

「今、出ていらっしゃいます」

「……そっか」


 やっぱりか。

 お宝探索中だと、何日も戻らないことだってよくあるもんな。うーん、どうしたものか……。

 逡巡する僕の顔を見て、エマが慌てて付け加えた。


「あ、ギルドへ行ってらっしゃるだけなので、すぐ戻られると思いますよ?」

「あ、そうなの?じゃ、奥で待たせてもらうよ」

「はい、どうぞ」


 エマがカウンターの天板を跳ね上げて、僕を中へ招く。僕はカウンターの中に入り、奥にある従業員控え室へと向かった。


「おわっ」


 控え室の扉を開けると、無人と思い込んでいた室内には七人のサハギンがテーブルを囲んでいた。

 コイ、うなぎ、ナマズ……見覚えのある特徴のサハギン達。以前会ったサハギン達のようだ。


「ごめん、誰もいないと思ってたから驚いて」

「気にするな、オーナー」


 コイのサハギンが相変わらずの渋い声でそう言うと、他のサハギン達も一様に頷いた。

 彼らは口数こそ少ないが、とても真面目で礼儀正しい。僕はリオに話を通す前に、彼らに断っておくことにした。


「今日来たのはリオに助力を頼むためなんだけど……その場合、宝探しが中断することになると思う。せっかく出稼ぎに来てるのに、君達の仕事を邪魔することになる。申し訳ない」


 僕がサハギン達に向かって頭を下げると、彼らは顔を見合わせた。

 やっぱり迷惑だよな、怒らせてしまったかな、と様子を伺っていると、コイのサハギンがあっさりと言った。


「構わない」

「ほんと?怒ってない?」


 僕が重ねて尋ねると、コイのサハギンの口から意外な言葉が飛び出した。


「いや。正直助かる」

「助かる?どういうこと?」


 するとコイのサハギンは片言で説明を始めた。


「冬、魚、あまり獲れない」

「へっ?」

「川、凍る。魚、元気ない」

「ああ、ああ。そうだね、街の市場でも見かける魚はカチカチの干物ばかりになるし」


 コイのサハギンは大きく頷く。


「最近、猫、俺達見る目、おかしい。あれは獲物、物色してる目」

「あー」


 猫とはリオのこと。

 そしてリオは魚が大好き。

 冬は魚が獲れないので、お魚大好きリオは欲求不満。

 そして魚人であるサハギンへの目つきがおかしい、と。

 さすがにサハギンを食べようなどとは考えてないと思うが、禁断症状が出てる可能性はある。

 困り顔のサハギン達に僕が同情の視線を向けていると、ふいに扉がガチャリと開いた。

 僕とサハギン達の肩がビクンと跳ねる。


「戻ったニャ」


 入ってきたのは、噂のリオ。

 どこか不機嫌そうだ。欲求不満のせいだろうか。


「ノエル、いたのかニャ」

「うん」


 リオは早足でテーブルへと向かい、買ってきたばかりらしい地図を広げた。


「ちょっとリオに頼みがあるんだけど」

「……何ニャ?」


 地図からチラリとも目を離さず、問い返すリオ。


「リオの手を借りたいんだ。何日か開けられない?」


 するとリオは、手をヒラヒラと振った。


「無理ニャ。まだ探索したい場所が残ってるニャ」


 地図を睨んだままのリオに、にべもなく断られてしまった。

 その様子を見守るサハギン達から、助けを請うような視線が僕に向けられる。

 ようし、彼らのためにも……。


「そっか。わかった。……リオは海の魚とか興味があるんじゃないかと思って声をかけたんだけど。忙しいなら仕方ないね」

「……海の、おさかニャ?」

「そう、海のお魚。きっと川魚とは見た目も味も違うんだろうなあ……ああ、でも忙しいならいいんだ」


 するとリオは猫らしい動きで僕に飛びついてきた。

 いや、襲いかかってきた。


「詳しく聞かせるニャ!」

「ぐ、ぐるじい……手を放じて……」


 やっとのことで襟元を掴むリオの手から逃れると、僕は息を整えてから話を切り出した。

 事の次第を説明し、リオにも協力してほしいことを伝える。そしてリックママと会ったときにジェロームに提案された件も、リオには話しておくことにした。


「それでね、無事別荘を取り戻せたらの話なんだけど。冬の間の拠点として間借りできないか頼むつもりなんだ。ベルシップは暖かいし、冬の拠点にぴったりだと思うんだけど……どうかな?」


 するとリオは聞き終わるや否や、


「乗った!」


 と僕の両手を強く握った。


「ちゃんと考えた?」

「考えるまでもないニャ!」


 もはやリオの頭にはおさかニャしかないらしい。


「リオの出番は一週間後くらいかな?また転移で迎えに来るから」

「できる限り急ぐニャ!早くするニャ!」


 僕の背中を押して急かすリオ。

 僕は去り際にコイのサハギンと固い握手を交わし、控え室を出た。

『テレポート』のための魔力を練りながら、僕は心のメモに書き込んだ。


 《リオの優先順位=お宝≦ギャンブル<<お魚ニャ》



 ベルシップの門。

 転移が終わると、そこに姿勢を正して立つジェロームを見つけた。


「オ帰リナサイマセ、御主人様」

「どうしたジェローム、こんなとこで?」

「少々進展シマシタノデ、ゴ報告ヲト」

「そうなの?……歩きながら聞こうか」


 僕は〈夕凪亭〉へと向かいつつ、ジェロームの報告を聞いた。


「昨晩ノ作戦会議ノ折、御主人様ガ『できればスパイが欲しい』トオッシャッテイタ件デゴザイマスガ」

「うん」

「調ベタトコロ、じゃすてぃす不動産ガ社員ヲ募集シテオリマシテ。内部ノ人間ヲ口説キ落トスヨリ、コチラカラ送リ込ンダホウガ確実ダロウトイウコトデ、応募スルコトニ致シマシタ」

「なるほど……誰を行かせようか」

「既ニじゃっく殿ガ面接ニ向カワレマシタ」

「ジャックが!?……大丈夫かな」

「何故カのりのりデシタノデ……。じゃっく殿モ、アレデ百戦錬磨。大丈夫デショウ」

「……だといいけど」

「ソチラノ首尾ハ?」

「忙しそうだったけど、海の魚をチラつかせたら一発だった」

「ホウ。御主人様モ策士デスナ」

「んー。策といえるのかな、あれ」


 〈夕凪亭〉へ戻ると、一階のフロント前のソファにドミニクがふんぞり返っていた。


「ただいま、ドミニク。ルーシーの演技指導は?」


 僕はドミニクとテーブルを挟んだソファに座り、彼に尋ねた。

 ドミニクはふんぞり返ったまま、天井を指差した。


「兄貴トりっくニ任セタ。俺ッチ、教エルノ向イテネエ」


 確かにドミニクが他人を教育する姿は想像できない。が、それはマリウスとリックだって同じだ。

 僕は天井を見上げて、不安を漏らした。


「だ、大丈夫かな」

「兄貴ノ狂気交ジリノ演技ハナカナカノモンダゾ」

「それは演技ではないような……」

「ソレニ、りっくハ話を作るのがウメエ」

「あー、それはあるかもね。イシュキーヴでの与太話はちょっと面白かったし」


 そのとき、二階から「がおーっ!」「ウシャシャシャ」「あはは!」と三人の声が響いてきた。


「楽しそうだし、まあいいか」


 ルーシーの演技は今回の作戦の根幹に関わる。

 だが、ルーシーに何かを教え込むというのはなかなか難しかったりする。無理に詰め込んでも、教える先から忘れてしまうのだ。

 彼女に覚えてもらうには「面白い」「楽しい」と彼女の興味を引くことが重要で、マリウスとリックはそれに成功しているようだ。


「オッ、じゃっく」


 ドミニクが入り口に向かって手を上げる。

 僕とジェロームもそちらを振り向くと、確かにジャックが立っていた。

 だが、様子が変だ。

 ジャックはトボトボとこちらへ歩いてくると、僕達の前にあるテーブルに突っ伏した。


「ウッウッ。……散々ナ目ニ遭イマシタァ」

「ガッハッハ!ヤッパリナ!想像通リダゼ!」


 ドミニクが大口を開けて笑う。


「あらら……ダメだったんだね」

「グスッ、だめデシタ。ソノ上オ金マデ取ラレテ……悔シイッ!」


 そう言って、ジャックはテーブルを叩く。


「お金?面接料ってこと?」

「募集ノちらしニハ、ソノヨウナ記載ハ無カッタト思イマスガ」


 首を傾げる僕とジェロームに、ジャックがぶんぶんと頭蓋骨を振る。


「エグッ、アンナノ面接ジャアリマセンヨ!」


 そしてジャックはお金を取られた経緯を切々と語り始めた――。


 ジャスティス不動産の門の前。

 門番が二人いて、ジャックを通してくれない。


「なんだこのふざけた履歴書は!?てめぇみたいな奴に用はねえ!帰れ帰れ!」

「ソンナ!ワザワザ来タノデスヨ!」

「……待て。用は残ってる」

「おいおい、こんな奴になんの用があるんだよ?」

「お前、有り金置いてけや。面接料だ」

「ナッ!?ソノ面接ヲ受ケサセテクレナイジャナイデスカ!」

「今、俺達が面接してやっただろうが?その結果、不採用なんだよ」

「へへっ。そいつはいい。……オラ!金出せや!」

「ヒィッ!私、オ金ナンテ持ッテマセン!」

「跳んでみろ」

「エッ?」

「その場でジャンプしてみろっていってんだ!ほら、跳べえ!」

「ヒィッ」

「跳べ跳べ!」

「アウウ……」

(ぴょん、ぴょん。ジャラン、ジャラン)

「ククッ、持ってんじゃねえか」

「イヤァーッ!」

(ぴょん、ぴょん。ジャラジャラジャラ……)


「――トイウ次第デス」

「そ、そうか」


 なんというか、いろんな意味で酷い話だ。

 そういやジャックってやたら小銭持ち歩いているんだよな。


「面接行ッテかつあげサレテ帰ッテキタノカ!?想像以上ダゼ、じゃっく……」


 ドミニクが唖然とした表情でジャックを見つめる。


「シカシ、反抗シナカッタノハ賢明デス。騒ギヲ起コシテハ、コノアトノ仕事ガヤリニククナリマスノデ」

「それはそうだね、ジェローム。……ジャック、気になったんだけど履歴書って?」


 ジャックは懐を探り、一枚の紙を取り出した。


「コレデス。面接ノ前ニ提出シロト言ワレテ」

「ふうん。どれどれ……」


 まさか《種族スケルトン》とか書いてないよな?などと思いつつ、僕は履歴書に目を落とした。


活動報告に「大事なお知らせ」を上げました。

<< 前へ次へ >>目次  更新