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僕達が向かったのは〈ブルーオアシス〉。
カシムと別れた、あのカフェだ。
少年は飲み物を飲むと少し落ち着き、何故あんな詐欺まがいの商売をしていたのか、涙まじりに話し始めた。
少年はイシュキーヴの南にある港町、ベルシップで生まれ育った。
船乗りだった父親は五年前の航海で行方不明となり、それからは母親と二人暮らし。
生活は苦しかったが、持ち家があったのでどうにか暮らしてこれた。
だが、ひと月前。
一人の男が少年の家を訪ねてきた。
ヒズと名乗るその男は、この土地の正当な所有者は自分だと主張したのだ。
亡くなった父親に金を貸していて、その担保として土地の権利書を預かったという。
ヒズはその権利書を取り出し、母の前に叩きつけた。
母は困惑した。
この土地が先祖代々の土地なのは間違いない。
が、権利書なんてものの存在は聞いたことがなかった。
ヒズは、出ていかないなら土地を買い取れと迫った。
でなければ他へ売り払う、と。
その額、百万シェル。
それから母と少年は金の工面に追われた。
蓄えなどほんのわずかしかない。
町中の知り合いに頭を下げ、父の船乗り仲間にも声をかけた。
しかし百万シェルには遠く及ばない。
そこで母は遠く離れた場所に住む、資産家の親戚に金を借りに行くことにした。
少年など会ったこともない、遠い親戚だ。
うまく金を借りれるかどうかわからない。
借りられたとしても、帰ってくるまでに家を売られるかもしれない。
母を信じないわけではないが、少年はとても不安だった。
そこで少年は「馬車代節約のため自分はベルシップに残る」と嘘をついた。
そして自分の力で大金を得るためにイシュキーヴへとやって来たわけだ。
イシュキーヴで詐欺まがいの商売を始めて1か月あまり経つらしいが、結果が芳しくないのは彼の薄汚い格好を見れば想像がつく。
まあ、よその街で子供一人、どうにか生きてるだけで十分にたくましいのだが。
「えぐっ、パパが借金なんてするわけない。ママは騙されてるんだ。ぐずっ、オイラが家を取り戻すんだ」
少年の目は涙に濡れても、強い意思は消えていなかった。
「ジャック、泣くなよ……」
「グスッ。ダッテ、不憫デ不憫デ……」
ジャックがどこからか取り出したハンカチで、チーンと鼻をかむ仕草をする。
「うーん。そうだとしても……そうだ、まだ名前を聞いてなかったね」
少年はグイッと涙を袖で拭い、
「……リック」
とだけ答えた。
「リック。君は借金は嘘だと思ってるんだよね?つまり、その男は家を盗もうとしてる詐欺師だと思ってるわけだ」
リックは鼻をすすりながら、コクリと頷いた。
「……でもさ、君も似たようなことしてるんだよ?人を騙して大金を得ようとしてるんだからさ。ドミニクがあんなに怒ったのは、それが許せなかったからだ」
リックは目を見開いて僕の顔を見た。
騙してる自覚はあったのだろう。
だがそれが「自分がされているような行為」とまでは考えが至っていなかったようだ。
「他人から不当にお金をせしめるのはいけないことだ。例え理由があってもね」
リックは顔をクシャクシャして、またコクリと頷いた。
「家ガトラレル理由ハワカッタガヨ、ままハドウシテトラレルンダ?」
「ソリャア、どみにくサン。借金ノかたニ……」
「アア、ナルホドナ」
そんなドミニクとジャックの会話を聞いて、リックは首を傾げた。
「どうしてママがとられるの?」
「ドウシテッテ……オメェガ言ッタジャネェカ!『ママがー!家がー!とられるぅー!!』ッテヨ!」
「そんなこと言ってないよ。ママがお金借りられないと家がとられるって言ったんだよ」
「オメェッ!?……ハァ、モウイイヨ」
どうやらとられるのは家だけのようだ。
それは良かったと言うべきところなのだが、僕はリックがチラチラと僕のほうを見てくるのが気になっていた。
ドミニクに話しているのに、僕のほうをチラリ。
僕と目が合うと視線を反らし、またチラリ。
「なんだい?僕に言いたいことがあるの?」
リックはまたすぐに目を反らし、そのまま僕のほうを指差した。
……いや、僕の上?
「兄ちゃんの肩の上から、何かがオイラを見てるような気がする……」
「ん?ああ、そういうことか。彼女はゴーストのルーシーだよ」
「ゆ、幽霊なのか?お化け屋敷とかに出てくる、あの?」
怯えた様子でルーシーを見るリック。
「そそ。と言っても僕の使い魔だから悪さはしないよ。ね、ルーシー?」
そうルーシーに問いかけるのだが、彼女の返事がない。
「ルーシー?」
不審に思い肩の上を見上げると、ルーシーは珍しく真剣な顔つきでリックを見つめていた。
「どうしたの?リックに言いたいことあるの?」
するとルーシーは頭をフルフルと振り、僕を指差した。
「ん?僕に言いたいことがあるの?」
ルーシーはひとつ頷き、眉を寄せて懇願した。
「ノエル。リックのおうちたすけて?」
僕はハッとした。
レイロアの僕の家は、元々ルーシーの家だ。
あの家に取り憑く悪霊を祓ってほしい、という依頼を受けたのが彼女との出会い。
そのときのことを彼女の目線で考えたら。
生まれたときから、そして死してなお住み続ける自分の家。そこに突然他人がやって来て「持ち主はあなたじゃない」と告げ、自分を追い出そうとする。
住んでる当人はたまったものではないだろう。
彼女は自分の境遇とリックの境遇を重ねているのだ。
「のえるサン、私カラモオ願イシマス。借金、立テ替エテアゲラレマセンカ?」
初めからリックに同情しているジャックも、僕に手を合わせて頼む。
「う~ん」
現在、僕のカバンには結構な額のお金が詰まっている。
カシムから支払われた依頼料が合計三十万シェル。
イシュキーヴからの情報料が十万シェル。
元から持っていたお金と合わせて五十万弱持っている。
百万シェルには届かないが、手付けとしては十分だろう。それにリックママもある程度お金を工面しているだろうから、合わせれば足りるかもしれない。
だが……。
「立て替えるのは気が進まないなあ」
するとジャックとルーシーから同時に非難の声が上がった。
「のえるサンハ鬼ダ!鬼畜司祭ダ!」
「ノエルのけちんぼー!」
「待っ、待って待って。助けないとは言ってないよ。ただリックの感触では相手は詐欺師なんだ。だとしたら、お金を渡すのは詐欺師を儲けさせることになるでしょ」
「ソウハ言ッテモ……」
「おうちとられちゃうよ!?」
なおも不満げな二人に、僕は提案した。
「だから、行って確かめよう」
「ンッ?」「どこに?」
「ベルシップだよ。二人とも、海も見たいでしょ?僕はすっごく見てみたい」
ジャックとルーシーは顔を見合わせた。
「見タイデス!」
「見る!かいぞく見る!」
するとドミニクやジェロームまでが続いた。
「俺ッチモ見テミテエ!デッケエ池ナンダロ?」
「恥ズカシナガラ、私モ海ヲ知リマセン。是非、オ供サセテクダサイマセ」
「うん、わかった。マリウスは――」
「ウシャシャシャ!!」
「――聞くまでもないか」
僕は一同を見回した。
「では予定を切り上げて、港町ベルシップへ向かう。目的は僕達の目と耳で状況を確かめ、その上でリックを助けること。そして、海をこの目で見ること!」
するとルーシーと黒猫団は目を輝かせ、一斉にお決まりの声を上げた。
「「ウーイ!」」