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「ヒイイ!乗ッテマスゥー!」

「おいっ!」


 僕はつい、ジャックにツッコミを入れてしまった。

 僕は慌てて口を押さえた。

 が、シトラはバンッ!と甲板に四つん這いになり、板の隙間からこちらを覗く。

 そして口を押さえた僕と視線がバッチリ合ってしまった。


「……ニンゲン!見ィツケタァァァア!――グッヘ」


 板の隙間から見えていたシトラの頭蓋骨が、間抜けな声ともに船外へ飛んでいく。

 恐る恐る船倉から出てみると、シトラの体だけがジタバタと暴れていた。


「スマンナ、じぇろーむ。策ヲ台無シニシテシマッタ」


 そう言うマリウスの手には魔剣〈大食らい〉が握られている。どうやら彼の一撃によって、シトラの頭蓋骨と胴体はお別れしてしまったようだ。


「イエ、策ハココマデデショウ」


 そう言って、ジェロームが幽霊船を剣で指し示した。

 大量のスケルトンが船縁を乗り越え、こちらへと降り注いでくる。


「今度コソ皆殺シダゼ!」


 ドミニクがシトラの胴体を片手で持ち上げ、砂海へ放り投げた。

 降ってくるスケルトンは数こそ多いが、指図船にうまく乗り込んでくるのはごくわずかだ。ほとんどのスケルトンは砂海へと落ちている。ジャックでなくとも砂海は泳げないので、あとは沈んで砂海の藻屑となるのみ、と思われたが。


「まさか……道を作るつもりですかっ!?」


 カシムが目を丸くして、落ちたスケルトン達を眺める。

 沈みつつあるスケルトンに次のスケルトンが覆い被さり、更に次のスケルトンが落ちてくる。絶え間なく降り注ぐスケルトンによって、砂海に白い骨の道が現れた。

 スケルトンは互いに互いを掴み、端のスケルトンは指図船に指骨を食い込ませる。


「不味イデスゾ、御主人様!」


 ジェロームが乗り込んできたスケルトンを蹴り落としながら、僕へ注意を促す。


「ジャック、マリウス、ドミニク!ジェロームに加勢してっ!」


 骨の道から乗り込もうとするスケルトン達の前に、黒猫団が立ち塞がる。


「来ヤガレ!」


 船縁へ手をかけるスケルトンを、ドミニクが大型スコップで薙ぎ払う。


「よし、このまま幽霊船から遠ざかれば――」

「「――ァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

「くっ!」「あぐうっ!」


 僕とカシムは同時にうずくまった。

 声の元を見れば、幽霊船のマスト周辺に大量のゴースト。これはスキル『嘆きの声』。合唱魔法のスキル版か!


「……っ。ルーシー!僕達も!」

「ん、わかった!」


 指図船の船首に引っ掛かったスケルトンにぺチぺチ蹴りを入れていたルーシーが、僕の肩まですっ飛んできた。


「「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」」


 僕とルーシーの合唱魔法が、幽霊船のマストにたむろするゴーストを焼き払う。多くのゴーストが悲鳴を上げながら消滅、あるいは霧散した。


「カシム、大丈夫?」


 カシムの腕を持ち、立たせる。彼はこめかみを押さえながら頭を振った。


「ハアッ、ハアッ……ノエル、よくあんなのに耐えられますね」

「辛くはあるけど。ルーシーのをちょくちょく聞いてるから、慣れたのはあるかも」


 僕はカシムの体調を簡単に確認し、それから骨の道に視線を戻した。


「そっちはどう!?」

「問題アリマセン、御主人様」


 ジェロームが振り向かず答える。

 彼はジャック、マリウスと並んで船縁に立ち、登ってくるスケルトンに応戦している。ドミニクにいたっては、骨の道に下りてスコップを振り回していた。

 敵のスケルトンは明らかに数が減った。幽霊船から降ってくるスケルトンが途絶えたからだ。供給の無くなった骨の道は、次第に細く脆くなっていく。


「よし!そこは僕とカシムとルーシーで受け持つから、ドミニクは船に乗って!漕いで離脱しよう!」


 ドミニクが指図船に引き上げられると、黒猫団は櫂を手に両舷へ散った。


「『ばれっと』!『ばれっと』!」


 僕とカシムとルーシーは、しぶとく船体に食らいつくスケルトンを落としていく。


「配置についた?……では黒猫団、漕ぎ方開始!」

「「ウーイ!!」」


 指図船はぐうん、と速度を増した。

 黒猫団は流れに逆らわず櫂を入れ、更に加速する。無数のスケルトンを砂海に置き去りにして、指図船は幽霊船の横を抜けた。

 そのとき、遠ざかる骨の道にドレス姿のスケルトンが這い上がってきた。己の頭蓋骨を小脇に抱え、もう一方の手で僕達を指差す。


「オンドゥルルラァ!生キテ帰レルト思ウナヨォォ!!」


 シトラは頭蓋骨を首にはめると、幽霊船の外壁を蜘蛛のように登っていった。


「ヒイイ……ナンナンデス、アノすけるとん!」


 ジャックが櫂を漕ぎながら、ガタガタ震える。


「恐ろしいのは理解できます……が。ジャック君、先程はやってくれましたねえ。何が『ヒイイ!乗ッテマスゥー!』ですか」


 カシムがジロリとジャックを睨む。

 他の黒猫団もルーシーも同調し、うんうんと頷いた。

 僕だけは思わずツッコんでしまった後ろめたさに、静かに下を向いた。こっちに飛び火しませんように……。


「ハテ、ナンノコ、ト……スイマセンデシタアッ!」


 ジャックは櫂を漕ぎながら土下座するという、器用なマネをやってみせた。その見事な土下座っぷりに、カシムは頭を掻いた。

 どうやら僕がツッコんだことは怒られずにすみそうだ。僕はホッとして幽霊船に目をやった。

 あっという間に遠ざかっていく幽霊船が小さく見える。


「……ん?」


 ふと、気づく。

 遠ざかるのが早すぎやしないか?

 確かに指図船の速度もかなり出ているが、それにしたって……。

 ようやく僕は、幽霊船も反対方向に加速しているということに気がついた。そしてそのときには、幽霊船は回頭を始めていた。


「まだだ!まだ、来る!」


 僕の慌て声に、皆が後方へ目を向ける。

 幽霊船は砂海の上を横滑りしながら急旋回し、船首がこちらの方向を捉えた。


「っ!あんなの、船のできる動きじゃないでしょう!?」

「だからあれはモンスターだって、カシム!」


 僕とカシムが会話を交わす間にも、幽霊船は距離を詰めてくる。速度が異常に速い。


「オイオイ、ズイブン速イナ」

「兄貴、ンナコトイイ!漕ゲッ!漕ゲッ!」


 マリウスがのんびりとした感想を漏らし、そんな彼にドミニクが檄を飛ばす。

 だが、速度はほとんど上がらない。

 そもそも疲れ知らずの黒猫団は、常に全力に近い力加減で漕いでいるからだ。

 このままでは追いつかれること必至。

 何より怖いのは、こちらの船を沈められることだ。シトラの怒りを見る限り、このまま幽霊船が追突してきたって、なんら不思議じゃないのだ。

 皆もそれがわかっているからか、口を開かない。

 僕にはこの状況を打破できるかもしれない手段が残されていた。船に乗ると聞いたときから思いついていた方法だ。だが、この手は極力使いたくなかったので誰にも話してなかった。


「ジャァック、クゥーン!アッソビッマショォォオ!」

「ヒイイー!」


 幽霊船から聞こえるシトラの声。

 もう声が届く距離か。


「どうします、ノエルっ!」


 カシムが焦りを隠さずに僕を見る。

 その表情に、僕は腹をくくった。


「黒猫団!櫂を上げろっ!」

「ヘッ?」「御主人様?」「今カ!?」「追イツカレルゾ!?」


 黒猫団の面々は疑問を声に出しつつも、素直に櫂を砂海から上げた。


「これより本船は最終手段に出る!……あ、カシム」

「何です?」

「恨まないでね?」

「はあ?」


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