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「いざ、おおうなばらへ!しゅっこー!」
小さいほうの船でも大満足らしいルーシーは、赤ヒゲモードのスイッチが入り大はしゃぎだ。
舳先に陣取って海上を指差し、「たからはどこだ!」と叫んでいる。
静かな夜の砂海原を、十四艘の船と一艘の指図船が進む。
船の乗り心地は水上を走る船とほとんど変わりなかった。波を越える度に船は上下し、ふわりとした浮遊感を感じる。
一つ違うのは、その上下する速度がゆっくりであること。水の波よりもゆっくりと波立ち、ゆっくりと崩れるせいだ。
光源は月明かりだけ。
松明などの火の明かりは、砂クジラが嫌うらしい。
指揮船から旗が上がり、十四艘の船が互いに距離を取って停まる。
ここが漁場のようだ。
そして……。
「酷クナイデスカ!?コレ、酷クナイデスカ!?」
早口で不満を述べるジャック。
彼は何本ものロープでぐるぐる巻きにされていた。
「こうでもしないとメタリックモードになるとスルッと抜けちゃうだろ?命綱をつけるならこうしとかないと」
「ソウハ言ッテモデスネ!コレジャ、マルデ囚ワレノ身デスヨ!」
「それは……否めないね」
ジャックの姿はどこからどう見ても捕虜だ。
骸骨の捕虜というのも妙な話だが。
するとルーシーが舳先からふよふよとジャックの元へ飛んできて、にまっと笑った。
「こいつをしょけいだー!」
「アー。確カニ海賊ノ捕虜ッポイナ……殺ッチマウカ、るーしー船長?」
「おう!やっちまいなー!」
「ヤメテ、どみにくサン!……るーしー!物騒ナコト言ワナイデ!」
いつものように騒ぎ始めたジャック達だったが、ビザルさんに「しーっ!」と注意され静かになった。
周りの船を見回すと、皆一様に口をつぐみ指図船を見つめている。
指図船の停船旗が下がり、新たな旗が上がる。
村民達はまだ黙したままだが、雰囲気が変わったのがわかった。
「よし。さっきのやつ、やっちくれ」
抑えた声で発せられたビザルさんの指示に、ジャックは生唾を飲むような仕草をした。
やがてスクッと立ち上がり、その身を銀色に染め上げる。
ジャックの体は月明かりを反射し、砂海を明るく照らした。
それからは皆、目を皿のようにして砂海の海面を見回す。早くも銛を構えた村民もいる。
……とても静かだ。
ザザア……ザザア……と緩やかに波打つ音だけが耳に響く。
しばらくして。
にわかに左後方の船がざわついた。
そちらを見ると、その船に乗る漁師達が海面を指差している。指差すほうを捜すが、僕からは何も見えない。
今度は右前方の船がざわついた。だが、それもすぐに収まる。
じっと様子をうかがっていたビザルさんが、頭を振った。
「来てるようやけど、儂からは見えん。用心深い奴やが」
それからもあちこちでざわつきが起こっては、すぐに収まるを繰り返した。
「もう少し上まで誘い出さないと銛をつけん。もっと浮かせな」
ビザルさんはそう独り言のように言い、ジャックのほうを見た。
「もちっと船の舳先へ行け」
「嫌ダー!」
ジャックは砂海を怖れて船の中央を動こうとしない。
彼にとっては船に乗ること自体、勇気を振り絞っての行動だろうから無理もない。
動かないジャックを見かねて、カシムが諭すように言った。
「大丈夫ですよ、ジャック君」
「コノ展開、私ハ落チルンデス!ソウ運命ヅケラレテイルノデスッ!」
「そんな大袈裟な……仮に落ちたところで、命綱がありますから平気ですよ?」
「ソレデモ落チタクナインデスッ!」
「ここで止めると、全てが無駄になります。私を信じて漁に出てくれた村人の心も。ジャック君が今、感じている怖い思いも。そして、私とジャック君の約束も」
「ウウッ……」
ジャックは下を向いて、小刻みに震えている。
恐怖と戦っているのだろう。
本来なら僕も励ますべきなんだろうが、別のことで胸がいっぱいになっていて言葉が出なかった。
昔のジャックなら、メタリックモード発動時は動きが鈍り、話すスピードさえゆっくりだった。
それが今はどうだ。
普通に話しているじゃないか。
ヘルスコルピオとの戦闘でも、装備品にまでメタリックモードを拡張できたように見えた。
ジャックは成長しているのだ。
毎日頑張っていたものなあ、と思うと少しホロリときてしまった。そんなふうに僕が感動に浸っていると、いつの間にかジャックの震えは止まっていた。
その両手は固く握られ、上げた顔には決意の眼差し。
がんばれジャック!
僕もいつの間にか両手を握り締めていた。
「エエイ、ママヨ!」
意を決したジャックが、舳先へと躍り出る。
銀色の光が砂海の海面を広く照らし出した。
「……ジャック君、もう少し下がっても大丈夫ですよ?」
そう言うカシムの声は、ジャックには届かない。
「出テコイ、砂くじらトヤラー!!」
ジャックの咆哮が砂海にこだまする。
すると。
「……来たっ!真下やが!皆、どっかに掴まれ!」
ビザルさんの声に、皆が一斉に船にしがみつく。
間を置かず、船が大きく揺れた。
グラン、グランと揺れる中、僕の目の前で砂海が大きく隆起した。
これが砂クジラ……その大きさに僕が驚愕していると。
前方でザバンッ!と音がした。
「ギャー!オタスケー!」
「おちた!ジャックおちた!」
ルーシーが海面を覗き込む。
そこには砂の中でジタバタと藻掻くジャックの姿があった。
「ヤハリ落チタカ」
「落チマシタナ」
マリウスとジェロームが表情一つ変えず、ジャックを眺める。
こういうところは成長しないのか……。
先程まで感動していたぶん、僕は少し残念だった。
「っと、こうしてはいられない!……皆!ロープ引っ張って!」
「そうでしたっ!」
何本ものロープが合わさった特別太い命綱に、僕とカシムが飛びつく。続いてマリウス、ジェローム、ドミニクにビザルさんも加わわった。
「よーいしょ!よーいしょ!」
ルーシーの応援に合わせ、命綱を引く。
力自慢のドミニクもいるのに、思ったように引っ張れない。
「砂だからか?重い、なっ……」
「ええ……ジャック君っ!そうジタバタしないで!」
「ゲベガボ……早グダズゲデ……」
ジャック引き揚げに苦戦する中、ビザルさんが手を止めた。
そして呻くように言う。
「いかん……間に合わん」
「何がです?……うわ……」
「これは……不味い」
引く力が弱まったのに気づき、ジャックが船上を見上げる。
「ゲボッ……ナンデス!ナニガ不味インデス!」
そのジャックの後ろから、巨大な影が近づいていた。
ジャックのすぐ近くまで来ると影の前方がガパッと開き、洞窟の入り口のような真っ暗な空間が出現した。
「ヒッ!……ウギャー!!」
「たべられた!ジャックたべられた!」
ジャックは砂クジラに大きな口に飲まれてしまった。