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「ジャック君!砂クジラ漁の餌になってください!」
「絶ッッ対、嫌デスッ!!」
ジャックは全身で拒絶の意思を示す。
助けを求めるジャックの瞳に、僕は仕方なく間に入った。
「カシム、さすがにそれは認められないよ。危険すぎる」
「ソウダ、ソウダ!モット言ッテ!」
「ノエル。何も釣り針の先にジャック君を引っかけるとか、そういうわけではないですよ?」
「あ、そうなの?」
「この漁は銛漁ですから、船の近くまで誘きだしさえしてくれればいいのです。船に乗るのは皆、同じですし」
「そっか、それなら――」
「――ソレデモ嫌ダー!」
「そこをなんとか!安全には気をつけますから!」
「コノ展開、絶対落チルシー!」
身をよじって抗議を続けるジャック。
それから彼は、嫌である理由を一つ一つ上げていった。
不名誉な二つ名のせいで泳げないこと。
そもそも砂海は沈んだら浮き上がれないと言ったのはカシム自身であること。
常日頃から自分が囮や餌の役をやらされることに納得していないこと。
カシムは相槌を打ちながら聞き終えると、がっくりと項垂れた。
一見、諦めたように見える。
しかし、僕はカシムの目を見てしまった。
それは、商談に臨む商人の目。
「そうですよね……餌役なんて誰だって嫌です」
「ソウデスヨ!」
「ときにジャック君。今、欲しいものはありますか?」
「ヘッ?」
呆気に取られるジャックに代わり、ルーシーが元気よく手を挙げた。
「はいはーい!ジャックはおかねがほしいです!こっそりあつめてます!」
「ふむ、お金ですか」
「るーしー、人聞キノ悪イコトヲ!……マア、嫌イデハアリマセンガ」
「そうでしょう、そうでしょうとも。皆、お金は大好きです。……でも、それが一番ではないでしょう?」
そう問われて、ジャックは人差し指を顎骨に当てて考え込んだ。
「ウーン……名声?」
「め、名声?それも欲しいものと言えなくはないですが……それが一番ですか?」
「一番トイウワケデハ……」
「やっぱり。ほら、正直に!」
するとジャックは急にモジモジし始めた。
「何を恥ずかしがっているのです、ジャック君!さあ、欲しいものを!」
「エート……彼女。ヒャッ、言ッテシマッタ!」
ジャックは顔を覆って体をくねらせた。
「……じゃっく。俺ッチ、凄ク残念ダゼ」
「ナンデデスカ!アナタノ兄上ダッテ彼女持チデショウニ!」
「ン、ソリャアマア、ソウダガ」
「欲シガルクライ、個人ノ自由デスヨ!」
そう力強く宣言するジャック。
それから彼の口からは、欲しいものが次々と出てきた。。
お金に始まり名声、彼女、タルタロス公爵のような圧倒的な強さ、オシャレな置物、豊かな領地、従順な家来、美人揃いのハーレム……。
もはや欲望の塊だ。
しかしふと、ジャックの欲しいもの談義が止まり、真面目な顔になった。
「……デモ。ヤッパリ一番ハ、生前ノ装備品デスカネ」
同時に、他の黒猫団の動きもピタリと止まった。
「……生前の装備品?」
カシムが突然変わった場の空気に、恐る恐る僕に尋ねた。
「ジャックは――スケルトンはさ、生前の記憶がほとんどないんだ」
それから僕は、スケルトンに残された記憶は名前と生前の装備品に限定されることを説明した。
限定されるからこそ、強いこだわりがあることも。
「……なるほど。その剣と指輪は生前の品なのですね。そして他の装備品を捜していると」
「ハイ」
ジャックはこくりと頷いた。それに茶々を入れる者もいない。
「……わかりました。それでいきましょう」
「ン?ドウイウコトデス?」
「今回、餌の役をやってくれたなら。私はジャック君の装備品を見つけ次第、幾ら払ってでも手に入れてジャック君の元へ届けます」
「ッ!」
「イシュキーヴに辿り着いたら、私はそこで商人として己を試すと言いましたね?それはつまり、イシュキーヴを拠点に商いをするということです。かの街は世界に誇る商人の街。世界中から品物が集まります。レイロアやヴァーノニアとは比較にならないほどに、ね」
「ジャックの装備品に出会う可能性も高い、か」
「そういうことです。それでも見つかるかは運次第でしょうが、見つけたら必ず手に入れます。いかがでしょうか、ジャック君?」
ジャックは迷わなかった。
先程カシムがやったように、今度はジャックがカシムの両手を握り締めた。
「信ジマスヨ、かしむサン!」
「ええ、信じてください!」
それからカシムはジャックの装備品の記憶を聞き取り、一つ一つメモしたり絵に描いたりしながら詳しく記していた。
その間に、船が次々に浜辺へ下りてくる。
船は小さなボートを三つ縦に並べたような形で、暗くなった波打ち際に所狭しと並べられていく。
数えてみると、船は全部で十四艘だった。
一艘につき四、五人の漁師が集まり、いつでも砂海へ出られる状態で待機している。
最後に、たくさんの漁師と村民に曳かれて大型船が下りてきた。十四艘の船とは違いずんぐりした形で、この船だけマストがある。ソアの街の商人の船を、一回り小さくしたような船だ。
僕が興味深くその様子を眺めていると、ビザルさんが近くに来て教えてくれた。
「あれは指図船やが」
「指図船?」
「集団でやる漁やけんが、指揮する船が必要になる」
「はあ~。指揮官がいるなんてまるで戦闘ですね」
するとビザルさんは真剣な顔で頷いた。
「そう。これは儂らと砂クジラの戦闘やが」
大勢に曳かれ、指図船は僕達のすぐ横までやって来た。カシムのメモを覗き見ていたルーシーも指図船に気づき、感嘆の声を上げた。
「ふおー!このおふねにのるの!?」
「そうだよ、あのお船に乗るんだよ!」
ルーシーにそう言いつつ、僕も興奮していた。
だが、ビザルさんがそっけなく言う。
「お前らが乗る船はあっちやが」
ビザルさんの差すほうへ僕とルーシーの視線が向かう。それは十四艘並んだうちの一艘だった。指図船を見た後なので、やけに小さく見えた。
「悪いが指図船はベテランしか乗れん。……それよりカシム、本当に大丈夫け?」
ビザルさんが心配そうにカシムに尋ねる。
これで漁にならなかったら、カシムを紹介したビザルさんの責任問題にもなりかねないからだろう。
カシムは答える代わりに、ジャックに言った。
「ジャック君、マントを脱いでくれますか?」
ジャックは一瞬戸惑ったが、素直に〈黒猫団団員マント〉を脱いだ。
「おお!?モンスター?」
ビザルさんが数歩、後退る。
周りの村民達もザワつき始めた。
「彼はこちらのノエル君の使い魔、ジャック君。揃いのマントの彼らもモンスターですが、皆さんに危害を加えない従順な使い魔であることは、私が保証します。そして……ジャック君、アレを」
ジャックは一つ頷き、集中した。
途端、ジャックの体が銀色の光沢を帯びる。
メタリックモードを発動したジャックは、月明かりを反射して魅惑的に輝いた。
「おわ、ピカピカ光っとるが!」「……不思議じゃ」「変わったモンスターもいるっちゃなあ」
あれよあれよという間にジャックの周りに人垣ができる。浜辺の後ろのほうで漁の準備を見守っていた子供達まで人垣に加わっていた。
目を剥いてジャックを凝視していたビザルさんだったが、カシムのほうに向き直り大声で言った。
「これは、銀羽虫のごつある!」
カシムは満足そうに頷いた。