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「これが砂海!」
「すごい!ぴかぴかしてるね~!」
僕と僕の肩の上のルーシーは、目の前の光景に圧倒されていた。
カシムの言う通り、砂漠と砂海は一目で見分けがついた。
砂海が水のように動いているのもそうだが、まず色が違う。
黄色い砂漠に対し、砂海は真っ白だったのだ。
白い砂が水のようにうねり、水のように波打ち、それが視界の端から端まで広がっている。
水であれば白浪が立つ部分だけが、金色に眩く輝いている。
「あれは……砂金?」
独り言のように呟くと、隣にラスカーを停めたカシムが答えた。
「いえ、あれは砂海の砂の特徴です。ああして波が立った部分だけが金色に輝きます。偽砂金なんて呼ばれたりもしますね」
「ナルホド。ハッキリ見分ケラレマスネ」
遅れて砂丘を登りきったジャックが、砂海を見て納得する。
他のスケルトン達も頂上に到着し、僕達は横一列に並んで砂海を見下ろした。
「確カニ美シイ。じるニモ見セタイモノダ」
「ココマデ連レテ来タラドウダ?……イヤ、砂漠デ干上ガッチマウカ。ガハハッ」
「馬鹿ヲ言ウナ、どみにく。じるノ瑞々シイ美シサハ永遠ダ」
「ハッ。ヘエヘエ」
「じゃっく殿。ココハ砂丘ヲごろごろ転ゲ落チテ、砂海ニ突ッ込ムぱたーんデハ?」
「ナンテコト言ウノデスカ、じぇろーむサン!……るーしー、何ジーット見テイルノデスカ?」
「……いつ、ごろごろするの?」
「シマセンッテバ!」
僕達はわいわい雑談しながら砂丘を下りる。
砂漠と砂海の境界線辺り、川や海でいうところの砂浜部分までやってきた。
「ん?これは……船か!」
「……ええ。これが借りようとしていた船です。この船ならば砂海を渡れると思って今回の旅を決心したのですが……」
砂丘の上からは影になる場所に、大きな船が陸揚げされていた。
二、三十人くらい乗れそうなずんぐりした形の船で、僕が今まで見た中では最も大きな船だった。
船の両舷には櫂を漕ぐための穴が五つずつあり、船の中央には太いマストが立っている。
カシムはその船をじっと見ていたが、やがて首を振り僕達を見た。
「行きましょう。私達の船を得るために」
僕達は一様に頷き、カシムの後に続いた。
海岸線に沿って、西へと移動する。
これまでの旅と違い、たびたび人とすれ違う。
海岸線沿いには屋根とベンチだけがある簡単な休憩所も点在していて、このルートは砂漠の民の街道でもあるらしい。
ドーツ砂漠を南北に縦断するのがキャラバンロードで、海岸線に沿って東西に延びるこの道は砂漠の民の生活の道。二つが十字に交差する場所にあるのがソアの街なのだ。
これまでの旅と違う点がもう一つ。
ルートに勾配がほとんどなく、また休憩所では水や食料を売っていたりして、目的地まで一直線に進めるということだ。
旅は順調そのもので、夕暮れ間際には目的の村に辿り着いた。
砂漠からキノコのような形の岩山がにょきっと生えていて、その岸壁のところどころに横穴が空いていた。
それぞれの横穴からは梯子と炊煙が突き出ていることから、これが住居のようだ。
煙突からは夕焼け空に向かって炊煙が立ち昇っていた。
「ここの村民に知り合いがいます。特産品を取り引きしたことがありますので。……っと、ビザルさん!いいところに!」
「ん?……おおっ、カシムけ!?」
カシムがちょうど通りがかった村民を呼び止めると、村民は驚いて駆け寄ってきた。
この人が知り合いの村民のようだ。
「どした?ベーコンは今はないが?」
「今回はベーコンではなく、ベーコンの材料を捕る船をお借りしたくて……」
「船?船んこつは俺には決められんが。
「はい、お願いします!」
ビザルさんは僕達を連れてキノコのような岩山の麓まで歩いていき、何本も伸びている梯子の一つをスルスルと上り始めた。
僕達も一人ずつ、梯子を上る。
横穴の中は明るく、床や天井は板張りになっていた。
迷宮を思わせる通路を通ってビザルさんに続く。
子供や年配の女性とすれ違いながら進んでいき、やがて突き当たりの部屋に入った。
部屋の壁は刺繍の入った布や古めかしい武具で飾られ、奥には一人の老人が座っていた。
「長、世話になっちょる商人のカシムです。頼み事があるそうで」
「んむ」
カシムは長の前に座り、旅の経緯と砂海を渡るために船を必要としていることを丁寧に説明した。
話が進むにつれ、長の皺だらけの顔が曇っていく。
それでもカシムはめげず、船を失った場合は補償するので損はさせないと告げた。
だが。
「船は貸せん」
「そうですか。……大切な仕事道具ですしね。無理を言いました」
カシムが深々と頭を下げると、長は手を横に振った。
「待たんか。今は貸せん、いうことやが。世話になっちょるから力にはなりたいけんど……」
「今は、ですか?」
「んむ」
長はぐるりと首を回し、それから大きなため息をついた。
「漁期の間は貸せんが」
「……ん?漁期はもう終わってると思ってこちらへ参ったのですが」
「終わっとらん。……今期は銀羽虫がまだ来とらんけんが」
「銀羽虫が来てない!?……それでは漁ができませんね」
「んむ。儂が子供の時分に同じことがあったのを覚えとる。あの時は砂海が引いたときじゃったが、結局その年は銀羽虫は来んかった」
「砂海の満ち引きと関係が……ん?待てよ?」
「今回も来んかもしれんが、諦めるわけにもいかんが。漁をせんと飯が食えんからな。悪いがカシムとやら、船は貸せん」
申し訳なさそうに詫びる長。
それに対しカシムは、黙って顎に手を添え考え込んだ。
「長。一頭でも捕れれば船を貸していただけますか?」
「んむ?……もちろん。一頭でも捕れれば来期まで十分じゃけん」
「私に考えがあります。すぐに漁の準備をしていただけますか?」
きらりと光るカシムの瞳に、長とビザルさんは顔を見合わせた。
カシムは横穴を出て、砂海の傍でようやく足を止めた。僕はカシムに追いつくなり、尋ねた。
「カシム、どういうこと?何が何やらわからないんだけど」
「この村の特産品は砂クジラの加工品です」
「砂クジラ?クジラって確か海にいる凄く大きな魚だよね?」
「クジラはそうですが、砂クジラは亜竜の一種ですね。形と大きさが似ているのでそう名付けられたそうです。肉質が良く様々な加工品が作られます。この村は砂クジラ漁で生活しているわけです」
カシムは砂海に向かって大きく手を広げた。
「巨大な砂クジラを銛で突いて仕留める。とても雄壮な漁です!」
「ソンナ巨大ナノガコノ下ニ潜ンデイルノデスカ……」
ジャックが砂海を見つめ、ブルッと身震いする。
「砂海の生物は砂中深くで暮らしていて、普段は砂面近くには出てきません。……ですが、砂クジラは捕食のために浮上してくる時期があります」
「ソレガ銀羽虫カ」
マリウスの言葉にカシムが頷く。
「銀羽虫は春と秋が繁殖期でして。その時期になると何千、何万という銀羽虫の群れが砂海の波間を飛び交い、パートナーを探すのです。金の波間を飛び交う銀羽虫は、それはもう幻想的で……その銀羽虫を狙って浮上する砂クジラを村民が捕る、というわけですね」
「それで……考えっていうのは?」
僕が尋ねると、カシムは一つ咳払いをしてから案を説明し始めた。
「銀羽虫はその名の通り、銀色に光る羽が大変美しい、小指サイズの小さな虫です。砂クジラは、この銀色の光を目印に浮上してくるのだそうです」
「ふむふむ」
「つまり、銀色に光るものならば、砂クジラを誘う擬似餌と成りうると思うのです!」
「銀色に光る……」
「銀色デスカ……」
「フム、銀色……」
「ナルホド、銀色ナア」
「ぎんいろ……」
僕達の視線が、ゆっくりとジャックへ向かう。
「嫌ナ予感……」
ジャックがじりっ、と後退りを始める。
だがカシムはジャックに飛びつき、その両手を握り締めた。
「ジャック君!砂クジラ漁の餌になってください!」
「絶ッッ対、嫌デスッ!!」