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「……余計だめジャナイデスカー!!」

「まあまあ。先程も言いましたが、私は何も思いつきで言ってるわけではないのですよ。砂海を船で渡ることは可能なんです。昔は定期船が通っていたくらいですから」

「へえ、そうなんだ」


 定期船が通っていたなら、砂海の上を航海することはできるのだろう。僕は砂の上を行く大きな船を思い浮かべ、また胸が踊った。


「……ダカラッテ安心デキナイデスヨ!」


 ジャックがテーブルを叩いて力説する。


「私、本デ読ンダカラ知ッテマスヨ?海ッテ建物ヨリ大キナ波ガ押シ寄セテキテ、船ゴト飲マレタリスルソウジャナイデスカ!」


 ジャックの読んだという本は、おそらくルーシーに読み聞かせている海賊シリーズのことだろう。


「そんなことは起きません。砂海は外洋のように荒れたりしませんから。いわば、ずっと凪の状態です。穏やかなものですよ」


 涼しい顔で反論するカシムに、ジャックはギリギリと歯を軋ませた。


「デッ、デハ!ソノ昔ハアッタ定期船トヤラハ、ドウシテ今ハナイノデス!危険ダカラデショウ!?」

「それは砂海の満ち引きのせいです。ついこの前までは私が渡ろうとしていた陸路が存在したのですよ」

「そっか、わざわざ船で渡らずともよかったわけだ」

「ええ。定期船の船賃も安くはありませんから。でなければ、商人達も陸路なんて使わずに定期船で商売したでしょう」


 ジャックはしゅんと頭蓋骨を垂れ、反論を止めた。

 どうやら諦めたようだ。

 その姿に、少しかわいそうになってきた。


「んー、じゃあ、定期船の再開を待つってのはどう?陸路が途切れたなら、そのうち再開するんじゃないかな?」


 ジャックがガバッと顔を上げる。


「オオ、のえるサンないす!」


 しかし、カシムは首を横に振った。


「残念ながら、定期船の再開はすぐには決まらないでしょう。なにせ最後の定期船が航海に出たのが五十年前です。砂海を航海した経験のある船乗りはほとんどいません。いたとしてもご高齢な上に砂海の経験自体は浅い。船乗りを集めは困難を極めるでしょうし、船も作り直さねばなりません。……これでは再開するかどうかさえ、怪しい。とても待てません」

「船を造るところからなのか……前使ってた奴はもう使えないんだ?」

「使えません。どうも前の船は最後の航海で行方知れずになってしまったらしく……」


 それを聞いて、ジャックが椅子を倒して立ち上がった。


「ホラァ!ヤッパリ危険ナンジャナイデスカ!!」


 歯をガチガチ鳴らして威嚇するジャックに、カシムは両手で落ち着かせる仕草をした。


「落ち着いて、ジャック君。私だって危険がないとは言いません。しかし、そのためのノエルですよ」

「へっ?僕?」


 僕は自分の顔を指差した。


「聞きましたよ、ノエル。『テレポート』なる便利な魔法を修得したそうじゃないですか」

「うん、まあ。使えるけど」

「砂海は穏やかな海です。船が波に煽られて転覆したりすることは、まずありません。しかし砂塵が舞い視界が悪くなることがあり、また砂が磁力を帯びているせいでコンパスも使えません。行方知れずの定期船は、方向を見失って遭難したのでしょう」

「ふむ……ああ、そっか!」


 言いたいことに気づいた僕に、カシムが何度も頷く。


「そうです、そうです!もし我々の船も遭難したら?簡単だ、『テレポート』すればいい」


 向かってる方向がわからなくなり、砂海を渡れないとなったら転移する。船こそ失うことになるだろうが、避難方法としてはこれ以上安全なものはない。


「……のえるサン」


 ジャックが僕の耳元に顔を寄せた。


「のえるサンノ気持チハドウナンデス?」

「受けたい、かな。カシムの話を聞いて興味は出てきたし。あと……もうすぐ冬が来るしね」

「アア、ソウカ……ソウデスネ」


 じきレイロアには、ジューク連山から吹き下ろす激しい風と雷がやってくる。

 それが過ぎ去れば冬だ。

 今年も例年通り、よその街の冒険者がレイロアへ大勢押し寄せるだろう。それは治安の悪化と、受けられる依頼の数が相対的に減ることを意味する。

 冬の間の渡り(・・)と考えれば、この依頼は悪くない。


「ジャックだって、海に落ちさえしなきゃ行きたいんだろ?」

「ソレハ、マア。デモ、コウイウトキノ私ッテ落チル気ガスルンデスヨ」

「そんなこと……あるねえ」

「デショウ!?」

「僕も君が砂海に落ちないように気をつけるからさ。なんなら命綱をつけよう。しっかりしたやつをさ」

「ソレハ是非、オ願イシマス」


 内緒話を終えた僕とジャックは、カシムの方に向き直り大きく頷いた。


「受けるよ、カシム」

「ありがとう、ノエル!」


 カシムは立ち上がり、僕の両手を力強く握った。


「では、参りましょう!」

「へっ、もう砂漠に行くの?」

「いえいえ。〈黒猫堂〉ですよ」

「んん?リオも誘うの?」

「いえ、リオさんは誘いませんが……というか、依頼書はきちんと読みましょうよ、ノエル」

「ん?読んだけど」


 カシムに言われ、もう一度依頼書に目を通す。

 《ノエルと使い魔のスケルトン達に砂漠越えの助勢を頼みます。依頼料五万シェル。使い魔一体につき一万シェル。成功報酬二十万シェル。 依頼主カシム》


「改めて見ると、ずいぶん報酬高いね……って、スケルトン()?これってジャックとルーシーって意味じゃなくて……」

「ええ、〈黒猫堂〉のスケルトンのことです」

「いやあ、それは難しいんじゃないかな。彼らにも仕事があるし。リオがなんて言うか……」

「もちろんわかっています。ただ、疲れ知らずのスケルトンは船漕ぎ要員にぴったりだと思うのです。全員は無理でも、もう一人くらいほしいところです」

「ふうむ。……とりあえず行ってみようか」


 僕達三人はさっそく大門からダンジョンに入り、〈黒猫堂〉へと向かった。



「構わないニャ」


 絶対反対されると思っていたのに、リオの返事は呆気ないものだった。

 僕は逆に心配になり、もう一度尋ねてみた。


「えーと、結構長旅になると思うんだけど。〈黒猫堂〉は本当に大丈夫なの?」

「この冬はアタイが店を留守にするから、商品をポーション類と携帯食料くらいに絞って営業するつもりニャ。荷はだいたい搬入してあるから、奴等には休みをやるつもりだったニャ」

「リオさんのことですから、『冒険者のための黒猫堂を何だと思ってるニャ!』とか言われると覚悟していたのですが……」


 カシムは肩透かしをくらい、逆に納得できないといった表情だ。


「冬って、助けを求めて〈黒猫堂〉に飛び込んでくる冒険者がいないのニャ」

「そうなのですか?よそ者冒険者が増えて、助けを求める冒険者も増えそうですが……」


 リオはチッ、チッ、と指を横に振った。


「逆ニャ。地下五階(ここ)みたいな浅い階層は冒険者で溢れてしまうニャ。我先にとモンスターの取り合いになるから、モンスターのほうから襲われるのが珍しいくらい安全になるニャ」

「ああ、なるほど……」


 こちらとしてはいいタイミングではあるのだが……そういう経営方針は、先に知らせてほしいものだ。

 一応、共同経営者なんだから。

 留守にしていったい何をするつもりか気になってきたので、リオに尋ねる。


「それで……冒険にでも出るつもり?」


 するとリオは、ニャヒヒッと口に手をやって笑った。

 これは、何か企みのあるときの反応だ。

 ……聞いといてよかった。


「またサハギン達が出稼ぎに来るのニャ。今回は本腰入れて地下八階を探索するつもりニャ」

「あー、そういうことか」


 以前、リオは出稼ぎに来たサハギン達と地下八階を探索し、たくさんのお宝を手に入れたことがあった。

 それにすっかり味をしめたリオが、また探索するために自作の地図まで作って計画を練っていたのは知っていた。


「今回もガッポリ稼ぐニャ!!」


 そう言って拳を高々と上げるリオ。

 しばらくそのポーズで固まっていたが、何か思い出したようにポンと手を打った。


「そうニャ!スケルトンズで出掛けるなら、アレ(・・)のお披露目にちょうどいいニャ!」


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