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「共同経営者!?あんたお金持ちかニャ!?」
店主さんは一縷の望みに縋るような、そんな眼差しで聞いてきた。
「いえ、お金はないです」
「だよニャあ……お金持ちには見えないニャ」
一瞬表れた希望の色がすぐに消え失せた。
「商いは気紛れでやれるほど簡単じゃ無いニャ」
ポーリさんから手を離し、その手をぷらぷらと振って拒絶を示す。
「……お金はないですが、僕と組めば持ち直すかもしれませんよ?」
ピタッと動きを止める店主さん。
「おいおい、希望を持たせるような事言うなよ。諦めるにも覚悟がいるものでだな……」
「お前は黙ってるニャ!」
再び怒鳴られて小さくなるポーリさん。
「……で、どういう事かニャ?」
店主さんは僕を見定めるような、あるいは値踏みするような厳しい視線を向けてきた。僕は唾を飲み込んでから考えていたアイデアを口にする。
「売り上げを伸ばすのはすぐには難しいと思います。僕が貢献できるのは人件費の削減です」
「人件費?」
「黒猫堂は店主さんだけで回してるわけじゃないでしょう?人を雇ってると思いますが」
「そりゃそうニャ。店番の冒険者に仕入れ担当のポーターを雇ってるニャ」
「それ全部アンデッドにしましょう」
「フニャッ!?」
「仕入れはスケルトン、店番はゴーストがいいです」
「ちょっ、ちょっと待つニャ。そんなことできるのニャ?ってかアンデッドに店任せて大丈夫かニャ?」
「僕は実際にスケルトンとゴーストを雇用してます。2人とも信頼できる人材です」
店主さんはジャックを見つめる。そうして顎に手をやりながらしばらく思案していた。
「ムム……このスケルトンは24時間毎日働かせることができるのかニャ?」
ジャックがびっくりした顔で僕を見る。分かってるって。
「肉体的に疲労はしません。が、精神的には疲労しますので休みは必要になります」
僕は信頼できるアンデッド=生前の自我を保ったアンデッド、だと思っている。そして自我があれば精神は疲弊するのだ。自我を失ったアンデッドは精神的に疲労しないかもしれないけど、指示を聞いてくれないだろう。ネクロマンサーでもなければ思い通りに動かすなんて無理だ。
「じゃあ何体もアンデッドを使うわけかニャ?」
「そうなります。僕は2体しか雇用してませんが」
「…!じゃあどうするんニャ!?」
「新しく雇います」
「簡単に言うけど、どうやるニャ?街で募集でも出すニャ?」
「こちらからスカウトに出向きます」
「うむむむ……」
店主さんの頭の中で期待と不安がせめぎ合っているようだ。ここは心を鬼にして……
「半年で潰れて本当にいいんですか?」
「むっ」
「残ったのは木箱だけ、で終わっていいんですか?」
「ニ゛ニ゛ニ゛……」
「おい、そんな言い方するな司祭君。リオなりにやった結果なんだよ。商売に向いてなかっただけだ」
ポーリさんはかばってるつもりなのだろうが、この言葉が止めとなった。
「ふざけるニャ!やってやる…やってやるニャ……アタイの勝負はまだ終わって無いニャー!!!」
店主さんの雄叫びが響き渡った。
「んじゃさっそくスカウトに行くニャ」
パパッと準備を整えた店主さんが急かしてくる。高そうな革鎧にシミターを両脇に差した出で立ちだ。もう扉を開けて出て行こうとしている。
「あっ、店主さんさえ良ければ、ダンジョン外でやろうと思ってます」
「何でニャ?ここはネクロポリスニャ。アンデッドは腐るほどいるニャ」
「一部ハ本当ニ腐ッテマスガネ」
ヒヒヒと笑うジャックを無視して続ける。
「ダンジョンのアンデッドって自我を失った個体ばかりで雇用するには不向きなんです」
死んで時間が経っているからなのか、はたまたダンジョン産アンデッドの特徴なのか、知性を感じない個体ばかりなのだ。喋るスケルトンは見たこと無いし、ゾンビはアーアー言うだけ、ゴーストは言葉にならない叫び声を上げるだけだ。
「高位アンデッドだと違うのでしょうが、そんなの雇用に応じる気がしないですし」
「ふーん、そんなもんかニャ。まあその辺は専門家に任せるニャ。あ、あとリオニャ」
「はい?知ってますよ」
「もう共同経営者ニャ。リオと呼んでいいニャ」
「分かりました、リオさん」
「リオニャ」
「……分かった、リオ。僕もノエルで」
「おっけーニャ、ノエル」
年齢もたぶんかなり上でランクは遥か上のB。敬語にさん付けが落ち着くんだがなあ。ちなみに僕のランクはD、下から2つめです、はい。
とりあえず僕らは『リープ』で街へ戻る事にした。
街へ戻った僕らはその足でギルドへとやって来た。目的は閲覧室だ。ここにはギルドの集めた情報が集められていて自由に調べる事ができる。ここでアンデッドの目撃情報が多い場所のアタリをつけ、スカウトへと向かおうという算段だ。
「このムシュルム湿原って所、目撃情報多いね」
「ちょっと遠いけどそこが無難かニャあ。他は戦場跡とかだから危ないかもしれないニャ」
戦場跡には無闇に立ち入ってはいけない。
新しい戦場跡なら何時また戦場となるか分からない。
古戦場跡なら数多の怨念が時間を経て凶悪なアンデッドへと姿を変えているかもしれない。
「じゃあムシュルム湿原で。レンタル馬車で行こう」
「途中まで乗り合いで、残りは徒歩じゃダメかニャ?お互い懐が寂しい身ニャ……」
「それは時間かかるよ」
「う~、仕方ないニャ」
僕らはその日のうちに出発する事にした。ポーリさんとはここでお別れとなった。
「護衛ありがとうございました、ポーリさん」
「いや……リオのこと頼むな」
「心配ナラ付イテ来テモイインジャヨ?」
ジャックが妙な言葉遣いで誘うが、ポーリさんは首を横に振った。
「あいつといるとなあ……すぐ口論になっちまうんだよ。別に仲悪いわけじゃねーのに」
ポーリさんは少し口が悪いし、店主さんは直情的だ。どうしてもそうなってしまうんだろう。
「分かりました、お任せ下さい。僕の将来設計もかかってるんで」
「おう、そうだな。じゃあ任せるわ」
ポーリさんは軽く手を上げて去っていった。