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 翌日の昼。

 僕はギルマス部屋を訪れていた。もちろん、裏依頼の達成報告のためだ。


「ご苦労だった、ノエル。無理を言って悪かったな」

「いえいえ。……これは貸しですから」

「何を要求されるやら。怖いな」


 そうやって僕とギルマスが笑い合っていると、横からジャックが入ってきた。


「コレデらんくあっぷデキルトイウコトデ、間違イナイデスネ?マサカ、ヤッパリぎるます権限ハ嫌ダトカ言イ出シマセンネ?」


 釘を刺すように言うジャックに、ギルマスは深く頷いた。


「無論だ。これでノエルはCランクだ。……マギー」

「はい。ノエル君、冒険者カード貸してくれる?」


 マギーさんは僕の冒険者カードを受け取ると、小さな衝立(ついたて)の向こうで何やら作業を始めた。


「さて、もう一つ。……これだ」


 ギルマスはそう言うなり、テーブルの上に小さな革袋を置いた。ガチャリ、と重そうな音がする。


「お金……追加報酬ですか?」

「そのようなものだな。ノエル、お前が【王家の誇り】とともに、普通に(・・・)試験に合格する可能性もあった。……極めて低い可能性だが、な」

「そりゃ、まあ。そうですね」

「その場合、お前への報酬が支払い不可能となる」

「……言われてみれば、確かに」


 Cランク試験に合格したあとに裏依頼達成。そうなるとCランク合格がダブってしまう。撤退のタイミングばかり考えていて、合格する可能性を考えていなかった。……まあ、無理だっただろうけど。


「これはその場合のために用意していた代替報酬だ。迷惑料として受け取ってくれ」

「いや、そう聞くと受け取るわけには。結局、試験には受かってないわけですし」

「そう言うな。受け取れ」

「デハ、遠慮ナク」


 と、ジャックが横から革袋をかっ攫った。


「ちょっと、ジャック!すぐにお金貰おうとするクセ止めないと」

「コレハソレトハ違イマスヨ。のえるサンハコノクライ貰ッテモ良イノデス」

「うむ。ジャックの言う通りにしておけ」


 僕はギルマスとジャックを交互に見て、仕方なく頷いた。


「お待たせしました。どうぞ、ノエル君」


 テーブルの上、僕の目の前に置かれた冒険者カード。

 僕の名前に僕の職業、僕のレベル。

 そして、今までと違うランク。


「司祭のえる……Cらんく!ヤリマシタネ、のえるサン!」

「うん……ありがとう、ジャック」


 思えば、Dランク時代は長かった。

 冒険者になって半年も経たずにDランクに上がり、それからずっとだ。

 これでやっとCランク。

 同世代のミリィなんて、再会したときにはすでにCランクだったんだ。

 ようやく、ようやくだ。

 これでやっと、僕も冒険者として一人前、か。

 何だか急に目頭が熱くなってきたので、僕は誤魔化すようにマギーさんに話を振った。


「それにしてもマギーさん。ジェドが王子様だって最初から教えてくれればよかったのに」

「ごめんなさいね。王族とバレたら何が起こるかわからないから。ギルド職員でも一部にしか伝えていないの」


 僕はジェイコブさん達の顔を思い浮かべる。


「試験官とか、ですね」

「あら、よくわかったわね。……あとはジェラルド様にずっと張りついていた護衛役の冒険者くらいね」

「ズット……」

「張りついていた?」


 僕とジャックの声が重なる。

 マギーさんはおかしそうに笑った。


「ふふ。そっちには気づかなかった?」

「ええ、まったく」

「気にすることないわよ?彼女、凄腕だから」

「はあ」


 そう言われても、自信がなくなる。

 僕だってかなりの時間、ジェドと一緒にいた。

 なのに護衛の存在を微塵も感じ取れなかった。


「今回は腕がよくて、特に信頼できる人物を集めたから。私も苦労したのよ?」


 そう言うマギーさんの顔には、確かに疲れを感じ取れた。


「……今、ふと思ったのですが。ジェドに試験を受けさせなけなければこんな苦労もしなかったのでは?」


 彼はレイロア所属の冒険者ではない。

 例えば、「今回の試験は参加者が多いのでレイロア所属の冒険者に絞る」とか、適当に理由をつけて断ることはできたはずだ。ジェドがごねるかもしれないが、その本人に危険が及び責任問題になるよりはずっといい。

 だが、ギルマスは首を横に振った。


「彼は確かに王族ではあるが、冒険者であるのもまた確かだ。冒険者であるならば権利は尊重せねばならん」

「権利、ですか」

「そうだ。受験資格をクリアした冒険者ならば試験を受ける権利がある。出自は関係ない。王族であろうが、犯罪者の血縁者だろうが、権利は尊重されるべきだ」


 僕はネクロマンサーヒューゴの日記を思い出した。

 彼が今の時代に生まれていたら。

 彼の人生は変わっていただろうか。

 そんな僕の鬱々とした気分を振り払うように、マギーさんがパンッ!と手を叩いた。


「でも、そんな苦労も今日で終わり!彼らも王国に帰るし、これでひと安心よ」

「えっ?ジェド達、帰るのですか?」


 勝手に次のランクアップ試験くらいまでは滞在すると思いこんでいた。


「ええ、今朝報告に来たわ。騒がせてすまなかった、って。昼の便で帰るそうよ?」

「ハルヴァーがそう言ったのですか?」

「いいえ。王子様本人が、よ。まるで人が変わったようで驚いたわ」

「そうですか。彼も彼なりに……って、昼の便!?」


 いきなり立ち上がった僕に、マギーさんはのけ反りながら頷いた。


「え、ええ。そうよ」


 今がその昼だ。急げば、まだ間に合うかもしれない。


「すいません、もう失礼してもいいですか?彼らに別れを告げてないので!」

「ああ、構わん」


 鷹揚に振る舞うギルマスに、ジャックが先程の革袋を手で遊ばせながら、ニヤリと笑った。


「ろーんモ、オ忘レナク」

「まだ言うか……利子をつけて払っているだろう!」


 血管を浮かべて立ち上がるギルマスの姿に、ジャックは「ヒヒヒ!」と言い残して扉の向こうへ消えていった。


 北門前に走って向かうと、すでに乗り合い馬車が来ていた。

 しかし昨日から走ってばかりだな。


「ふう。ギリギリ間に合った、かな」

「オソラク」


 乗車を待つ客の中を探すと、すぐにあの四人の姿を見つけた。


「ずいぶん急だね、ハルヴァー」

「すまない、ノエル殿。ジェド様が、別れはまた今度でいい、とおっしゃってな」

「そぅそぅ」

「恥ずかしいんだよねー、ジェド様」


 三人に責められ「うるさいな」と漏らしつつ頭を掻いたジェドは、すぐに気を取り直して僕を真っ直ぐに見つめた。


「別れって辛いんだな。初めて知ったよ」


 そう言って、ジェドは照れ臭そうに笑う。

 たった一日のパーティ仲間。

 それでも別れが辛いのは、僕もよく知っている。


「ジャック」


 ジェドは、今度はジャックに向き直った。


「沼に突き落としたりして悪かった。仲間の相棒に対して、許される振る舞いではなかった。許してくれ」

「ごめんなさぁい」

「ごめん!この通り!」


 ジェドとデイジーとワンダが、三人揃って頭を下げる。

 すると胸の十字架がブルリと震え、僕の肩の上にルーシーが現れた。

 そして現れるなり、


「ん!ゆるす!」


 と、胸を反らして偉そうに許してしまった。


「……何デるーしーガ許スノデスカ」


 ジャックは舌を出すルーシーを不満げにひと睨みし、それからジェドを見た。


「モウ怒ッテナンカイマセンヨ。シカシ、冗談デモ沼ニ突キ落トシタリシテハイケマセンヨ?」

「ああ、二度としない」


 そしてジェドはおもむろに腰のベルトから短剣を外して、ジャックの前に差し出した。


「これは詫びだ。受け取ってくれ」

「詫ビ、デスカ」


 ジャックはジェドの手にある短剣を、繁々と見つめた。


「……大事ナ物デハナイノデスカ?」

「大事な物だ」

「デハ、受ケ取レマセン」


 ずいっ、とジェドの手を押し返すジャック。


「いや、ダメだ」


 それを更に押し返すジェド。

 ジャックの奴、お金はすぐ貰おうとするくせに、物に対してはそうでもないのだな、などと思いつつ僕は押し合いを眺めていた。

 やがて押し合いに決着がつく。

 短剣はジャックの胸骨に押しつけられた。


「俺は、金はある」


 ジェドの意図がわからない発言に、ジャックが素直に頷く。


「知ッテマス」

「でもこの金は、俺の稼いだ金じゃない」

「ソレモ知ッテマス」

「俺の装備もその金で買ったものだ」

「デショウネ」

「純粋に俺の持ち物といえるのは、この短剣だけなんだ。これでなければ詫びにならない」

「……ナルホド。ソウイウコトデスカ」


 ジャックは胸元の短剣をもう一度繁々と見つめ、それから左手で握りしめた。


「ワカリマシタ。大事ニシマス」

「よかった」


 ジャックが空いた右手を差し出すと、ジェドはその手を力強く握った。


「大街道行き~間もなく出発で~す」


 御者の声が辺りに響く。


「王国までか。長旅だね」


 僕がそう言うと、ジェドはニヤリと笑った。


「大街道まで出れば、ユニコスターであっという間さ」

「うわ、さすが王族は違うね」


 ユニコスターでもあっという間ってことはないと思うが、僕が想像していた半分か、それよりもっと少ない移動時間ですむだろう。

 そしてジェドはジャックとそうしたように、僕にも手を差し出した。

 僕はそれに応じ、彼の手をガシッと握る。


「ノエル。世話になったな。勉強になった。いや、勉強が足りないって思い知らされた」

「……これからどうするの?」

「王国に戻ったら、王族の端くれとして頑張ってみようと思う。王宮では、ただ逃げてばかりだったから」

「……はあ、もう。さっきから気持ち悪い」

「ん、気分が悪いのか?」


 心配そうに僕を見るジェドに、僕は本音を言った。


「ジェドが心を入れ替え過ぎて、気持ち悪い」

「はあっ?」

「中身ガ別人ト入レ替ワッテイルノデハ?」


 そう言って、ジャックがジェドの頭をコン、コン、と叩いた。


「べつじん!?すごい、そっくりー!!」


 ルーシーが目を丸くして、ジェドの頭をポカポカ叩く。


「お前ら、別れ際にそんな酷いこと言うか!?」


 その様子をおかしそうに眺めながら、ハルヴァーがフォローを入れた。


「冒険者になって悪ぶっておられたが、元々こういう方なのだ。幼き頃からジェド様は、物静かで真面目な方だった」

「そうなのぉ?」

「へー!意外!」


 デイジーとワンダがジェドの顔を覗きこむ。


「ねぇジェド様。ちょっと真面目な顔、してみて?」

「ぷっ。デイジー、それじゃいつもふざけた顔してるみたいじゃん」


 面白がってジェドをいじるデイジーとワンダ。

 ジェドは「余計なこというなよ……」と、ため息をついた。


「大街道行き~お乗りの方はお急ぎくださ~い」

「おっと、急ぎましょうジェド様」

「ああ、そうだな」


 馬車へと向かうジェドの背中に、僕は最後の質問を投げた。


「冒険者!辞めちゃうの?」


 するとジェドは振り返り、胸を張って答えた。


「辞めないさ!冒険が大好きだから!」


これにて『勇者の種は迷宮に芽吹く』閉幕です。

次章『砂海航路』は今週末~来週開幕になります。

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