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「ノエル殿、何を言って……!?」


 ハルヴァーが目を見開いて僕を見る。

 ジャックは僕の言葉の意味を察したようで、男達をじっくり観察してから、「アア!」と手を打った。


「おい。無視か?」


 先頭の男が眼光鋭く、僕を睨む。

 その手は剣の柄に添えられ、いつでも斬り込めることをアピールしていた。


「ノエル殿っ!早く『リープ』を!」


『リープ』の詠唱の長さを知らないハルヴァーが、焦りも隠さず僕を急かす。


「必要ないです」

「っ!では、どうするつもりなのだ!?」

「まあまあ、落ち着いて」


 僕とハルヴァーがそんな会話をしていると、男達の後ろの方が騒がしくなった。どうも大男の持つズタ袋の中身が暴れているようだ。


「ちっ、何やってる!」


 先頭の男が振り返る。

 ズタ袋はまるで苦しむスライムかのようにのたうち、大男は堪らずズタ袋を放り出した。

 音を立てて地面に落ちたズタ袋は、ピタリと動きを止めた。

 この場の全員の視線が集まる中、ズタ袋の口がゆっくりと開く。そこから這い出てきたのは、見覚えのある少女だった。


「止めてよぅ……乱暴しなぃで」


 そう言うなり、少女は地面に力なく這いつくばった。


「デイジー殿!?」


 ハルヴァーが目を丸くする。

 ジェドは小刻みに肩を震わせ、男達に怒鳴った。


「てめえら、デイジーに何しやがった!」


 すると男達は顔を見合わせ、下品な笑い声を上げる。


「まだ何もしてねえぜ?」

「そうそう。何かするのはこれからだって」


 そう口々に言って、またゲラゲラ笑い合う。

 ジェドは口を真一文字に結び、震える手で剣を抜いた。それを見たハルヴァーはジェドを片手で制しつつ、自分も愛剣に手を伸ばす。

 男達はそれを認め、笑うのを止めた。そしてそれぞれの得物に手をかける。

 まさに一触即発の雰囲気。

 そんな緊張感の中、僕はついつい口元から笑みが溢れてしまった。


「……何をヘラヘラしてやがる」


 先頭の男が凄みの利いた声で僕に問う。


「すいません、我慢できなくって」


 尚も笑顔を崩さない僕に、先頭の男が吠えた。


「はっ!じゃあ、笑ったまま死んどけ!」


 男は刀身の捻れた奇妙な短刀を抜き、僕の方へ飛びかかった。ハルヴァーが間に入ろうとするが、間に合わない。

 しかし。


「ギルドの方ですよね?」


 そう僕が問うと、男の短刀はピタリと止まった。


「……何言ってる。ククッ。こいつ、恐怖で頭イカれちまったみたいだぜ?」


 男が仲間達の方にそう言葉を投げると、仲間達は口々に「あらら」「かわいそうに」などと応じた。

 それでも僕はニコニコと男を見つめる。

 男はそんな僕をしばらく睨んでいたが、やがて観念したのか、大きなため息をついた。


「はあーあ……何故わかった?俺達は普段ギルドの表には出てこないんだが……ちっ。そうか、鑑定か」


 男は忌ま忌ましそうに舌打ちした。


「もちろん鑑定も使いましたが、単純に見たことある人がいるんです。後ろの大きな方はヒッポグリフにエサをやってた方ですし、髭の方も事務室で見かけました」


 僕に指摘された大男は「そういえば!」といったふうに口に手を当て、髭の男はばつが悪そうに頭を掻いた。

 ジャックもぶんぶんと首を縦に振る。

 先頭の男は広いおでこに手をやり、そのまま顔を拭うように顎下まで下ろした。


「司祭ノエル君。こういうのは気づいても黙って合わせるのが礼儀じゃないかい?こんなふうにバラされては困ってしまうよ」


 そう言う彼の目にギラつきはすでになく、理知的な光が宿っていた。


「すいません。こちらにも事情がありまして」


 武器を収めた男に僕が歩み寄ると、ハルヴァーから鋭く声がかかった。


「待て!……ノエル殿、いったいどういうことだ?」

「聞いた通りだよ。こちらの方々はギルド職員、つまりは試験官さ」

「そう、なのか?」


 ハルヴァーは疑念の目で男達と僕を見る。

 そんな迷うハルヴァーに、ジェドが声を荒げる。


「騙されるな、ハルヴァー!デイジーを拐っていたことはどう説明するんだ!」


 剣を抜いたまま興奮するジェドを、僕は両手でなだめながら言った。


「それも見た通り。はぐれたデイジーを僕達の元へ連れてきてくれたんだよ……ですよね?」


 僕がそう尋ねると、男達は揃って苦い表情を浮かべた。先頭の男が仕方なさそうに説明を始める。


「……彼女が一人でティレックスの出現地帯をうろついていたからね。試験中なので表立って助けてはやれない。だから拉致する形で助けて君達の元へ届けた」

「では、ノエル殿がギルド職員だと気づかなかったら?」


 ハルヴァーが問うと、先頭の男は両手を広げて肩を竦ませた。


「適当に戦闘してから彼女を置いて逃げる。それだけさ」

「そう、か」


 ハルヴァーは複雑な表情を浮かべた。

 自分相手に「適当に戦闘」すると言われたこと、またそれができるであろう相手であることが、彼にそんな表情をさせているようだ。


「本当、なのか?」


 ジェドが僕やハルヴァーの顔を窺う。

 僕は大きく頷き、ハルヴァーはそんな僕や男達の様子を見て、遅れて頷いた。

 それを見たジェドは、剣を収めてデイジーの元へ駆け出した。デイジーはまだぐったりとしていたが、どうやら疲労によるもののようだ。

 ジェドが介抱を始めると、周りの男達も邪魔をするどころか手伝い始めた。そこにハルヴァーも加わり、少女を多数の男達が介抱する姿はどこか異様だった。

 そんなデイジー達を眺めながら、ジャックが腕組みして言う。


「陰ナガラ助ケルトイウノモ、大変ナンデスネエ」


 すると先程の男が答えた。


「助けるのは迷って下層に行こうとしたり、受験者同士のいざござが起きたり。あるいは君達のようにパーティがバラけてしまったり……そういう命に関わるときだけだね。我々の本来の役割は、悪い冒険者を装って受験者の対応を見ることだ」

「ナルホド。ソレデソンナ格好ナノデスネ」

「そうだね。ま、普段の格好も似たようなものだがね?」


 そう言って、男は人懐っこく笑う。だが、その笑顔はすぐに隠れた。


「さて、どうするかな。試験官が特定の受験者を手助けした、何て言われるのはよくないんだよね」


 僕は慌てて男に告げた。


「あ、ご心配なく。我々は試験を降りますので」

「何?本気かい?」

「ええ。代わりと言ってはなんですが、はぐれたもう一人を一緒に探してくれませんか?」

「んー、探すも何も、居場所は把握しているのだがね」


 そう言って、男は顎下に手をやった。

 するとデイジーを介抱していたジェドが、勢いよく立ち上がった。


「本当か!?本当にワンダの居場所がわかるのか!?」

「ああ、本当だよ。だが彼女、ちょっと困ったことになっててね」

「ワンダはどこにいるんだ!」

「まあ、まあ。その前に聞かせてくれ。君がこのパーティのリーダーだよね?ノエル君は試験を降りると言ったが、それに間違いはないかい?」


 ジェドは迷うことなく断言した。


「俺達【王家の誇り】はランクアップ試験を降りる!だからワンダの居場所を教えてくれ!」


 男は満足げに頷き、それからデイジーを見て言った。


「わかった。では、その子が回復したら一緒に行こうか」

「ありがとう……よし、よしっ!」


 ジェドは握り締めた拳を、何度も振る。

 その横で、デイジーがふらふらっと立ち上がった。

 手を貸そうとするハルヴァーを押し留め、デイジーは言った。


「私は平気……ワンダちゃん、助けなきゃ。きっと泣いてるから」

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