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 馬車3台は並んで入れる程の大きな洞窟が、ぽっかりと口を開けて僕らを待っていた。

 大門。

 洞窟の前には、ダンジョンからモンスターが滲み出てきた時にそれを止める為の巨大な門が鎮座していた。その堂々たる門構えは迷宮へ入る者達を威圧するかのようだった。門の前にはスピアを持った門番が退屈そうに立っている。こちらに気付いたようだ。


「あっ、ポーリさん。ちっすちっす」

「よう……相変わらず軽いな」

「冒険者カードの提示お願いするっす」

「珍しいな、いつも顔パスなのに」

「この間、杖をついた婆さんが入っていったんすよ。それを上司に報告したらめっちゃ怒られたっす、なんで止めないのかって」

「当たり前だろ!何の為にここに立ってんだ!?」

「自分は子供が入らないよう見張るのが仕事っすよ!それ以外は止めろなんて言われてないっす!」


 大門は街中にある為、忍び込もうとする子供が後を絶たない。肝試しスポットになってしまってるのだ。


「ったく……じゃあ通るぞ」

「今日は何階まで行くんすか?」

「5階だ」

「ネクロポリスっすね。杖をついたスケルトンがいたら、あの婆さんっすね~」


 ポーリさんと顔を見合わせる。何て事を言うんだこの人は。


「気を付けてっす~」


 後ろで手を振るお調子者が何か怪物のように感じた。


 ◇


 3階まで1度もモンスターに出くわさなかった。

 今日初めてのモンスター、ブラックラットもポーリさんが一振りで両断した。

 ポーリさんは魔法戦士だ。右手で片刃の剣を振りながら、左手で雷の魔法を射つスタイルのようだ。ちなみに名前が似てる魔剣士は、剣に魔法を付与して戦う職業で魔法戦士とは別物である。


「ポーリさん、1つ聞いても?」

「ん?なんだ?」


 僕は気になっていたことを質問する。


「黒猫堂に何か思い入れでもあるんですか?ギルドでそんな感じにみえたんですが」

「……ああ、知り合いがやってる店なんだ」

「そうなんですか」

「昔の仲間だ。一稼ぎした後、開店資金ができたからってあっさり引退しちまったんだ。腕の良い盗賊だったんだがな」


 ポーリさんは少し残念そうに言い、続ける。


「正直、行くかどうか迷ってた。店潰した手前、俺に顔見られたくないんじゃないかってな」

「そこに僕が現れた、と」

「ああ。結局、俺自身があいつに久しぶりに会いたいのさ」


 照れくさそうにポーリさんが言った。


 4階まで降りてきた。

 一応、ジャックを先行させて様子を見る。死者の都市を恐る恐る進むスケルトン。君もそこの住人ですよ?

 ジャックが周囲のアンデッドに絡まれない事を確認できたので、僕とポーリさんも合流して進む。

 僕らはアンデッドに絡まれるが、この辺りは弱いアンデッドばかりだ。5階にある墓場エリア、6階にある墳墓エリアなどは高位アンデッドも出現するらしいが、そんな恐ろしい所には近寄らない。

 ポーリさんがスケルトンを蹴散らし、ゾンビを雷魔法で黒こげにしていく。たまに僕に寄ってくるアンデッドは杖で突き飛ばす。足を止め、祈りを捧げる必要があるターンアンデッドはしない。

 僧侶や司祭には、アンデッドは苦しみながらさ迷う存在なので出来るだけターンアンデッドで浄化すべし、という認識がある。ターンアンデッドで苦しみから解き放つのが彼らの為だという考え方だ。だが、ジャックやルーシーと付き合っている僕はどうしてもそう思えない。なので襲ってくるのだけ片付けて後は知らんぷりだ。

 地図通り進むことしばし。ダンジョンに似つかわしくない看板が見えてきた。

 赤地に黒字で黒猫堂の文字。端には黒猫らしき顔が描かれ、その黒猫が吹き出しで「寄っといで!」と言っている。その「寄っといで!」はペンキが垂れ、赤黒の色彩と相まってお化け屋敷の看板と言われた方がしっくりくるだろう。

 看板の下に扉があり、《閉店いたしますニャ 黒猫堂》と書かれた張り紙が貼られていた。語尾がニャか……黒猫堂という名前で予想はしてたが。

 扉を開けるとドアベルがチリンと鳴った。


「張り紙見たニャ?もう閉店したニャ」


 カウンターにうつ伏せたナーゴ族の女性が憂鬱そうに言ってきた。【五ツ星】のミズよりも大人っぽく見える。黒猫堂の名の通り、ショートボブの髪も猫耳も尻尾も真っ黒だ。


「ギルドで依頼を受けたポーターの者です」

「ああ、それは失礼したニャ。中に入ってニャ」

 そう言ってカウンターの端を上げて中へ招いた。

「これニャ」


 カウンターの中には木箱が6つほど乱雑に置かれていた。思ったほど多くない。これならジャックに運んでもらわずとも『リープ』1回でいけるかもしれないな。そんな事を考えていると、ジャックが後ろを振り返りながら言った。


「アレ?ぽーりサンドコ行キマシタ?」

「ポーリ!?」


 黒猫さんが声を驚いたような声を出す。

 するとドアの前にいたのか、ドアを開いてポーリさんが顔だけ出した。


「……よう、リオ」


 黒猫さんはプルプルと震えている。


「あー、なんだ。残念だったな……」


  すると黒猫さんはカウンターを軽々と飛び越え、ポーリさんの胸ぐらを掴んだ。


「何ニャ!笑いに来たんニャか!」

「何でそうなる!俺は気落ちしてるだろうと……」

「してるニャ!苦労してお金貯めて、やっと開いたお店は半年で潰れたニャ!残ったのはこの木箱だけニャ!」


 胸ぐらを掴む手を更に強く握り締めた。


「…………」


 ポーリさんは何も言えなくなった。励ましの言葉が見つからないのだろう。ジャックは壁沿いで口の前に手をやってアワアワしている。

 一方、僕は………考えていた。木箱をどう運ぶかではない。ギルドで黒猫堂の話を聞いた時から考えていた事。



「店主さん、僕を共同経営者にしてくれませんか?」

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