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レイロアのダンジョン、地下六階。
「ノエル殿。地図上ではこちらが近道に見えるが?」
「そっちだと墳墓エリアを横切ることになる。さっき言った墓場エリアと同じで、高レベルモンスターが出現するんだ。避けて行こう」
「なるほど。了解した」
ハルヴァーが迷宮の地図を手に先頭を歩く。
僕は案内のためにそのすぐ後ろを歩き、ジャックも僕の側にいる。結果、デイジーとワンダを侍らせたジェドが最後方となる。
ジェドとデイジーはともかく、盗賊のワンダが殿を歩くって、おかしくないだろうか?
それ以外にも三人の立ち回りにはおかしな点がある。
地下四階ではゾンビ相手に三人揃ってきゃあきゃあ言っていた。Cランクになろうとしている冒険者が、最低ランクのアンデッド相手に、だ。
試験を受けるのだから、レベルは少なくとも16はあるはず。であれば迷宮に不慣れなのか、あるいはアンデッドに不慣れなのか。
まさか、戦闘に不慣れってことはない……よな?
一方、残りの一人、ハルヴァーは。
「七階は鉱山エリアだよ。ストーンゴーレムが多くて……早速出たっ!」
「確認した!ノエル殿は下がってくれ!」
「了解!ジャック、援護を!」
「不要!……ハッ!ふん!とうりゃああ!」
ハルヴァーは幅広の刃のロングソードでストーンゴーレムと正面から打ち合い、一人で倒してしまった。
「オオ、オ見事!」
「すまんな、ジャック殿の出番を奪ってしまった」
「イエイエ。マタ今度デイイデスヨ」
カッコいいことを言いながら、ニタッと笑うジャック。しかし、ジャックの言った「お見事!」には僕も同感だ。
前衛職が物理攻撃、それも剣一本でストーンゴーレムを倒すのは簡単ではない。なにせ、相手の体は岩でできているのだから。
それを苦もなくやってのけるのは、彼の腕前が一級品であることの証明だ。
僕の見たところ、彼の実力は【鉄壁】以上、【天駆ける剣】未満といった感じだろうか。
となると彼の実力はBランクからAランクの間、ということになる。
……もしかして、このパーティの戦闘は全てハルヴァー任せなのか?
ハルヴァーの奮闘により、特に危ない場面もなくダンジョンを潜っていく。
裏依頼のこともあるので、僕はいつも以上に安全なルートをハルヴァーに指示している。
背中から聞こえる三人の談笑する声に少し苛立ちながら、慎重に歩を進めた。
そして地下八階、地底湖。
ここはいつも通りのルートをとる。
というか、通路の大半が水中に沈んだこの階層では、それ以外の選択肢がない。
そして、それは他の冒険者も同じこと。
「しっ、誰か来るぞ……複数だ」
ハルヴァーが腰を落として警戒する。
殿三人も、このときばかりは黙りこんだ。
曲がり角の先から響く足音は、四、五人。
衣擦れに加えて金属音が聞こえるから、おそらく冒険者パーティだ。
僕達がじっ、と曲がり角を見つめていると、姿を現す直前で足音がピタリと止まった。
「……こっちはやり合う気はない。襲うなよ?」
聞き覚えのある声。
ハルヴァーがチラリと僕を見たので、静かに頷いた。
「では、姿を見せられよ」
ハルヴァーの言葉に、相手の一人が両手を上げて出てきた。
【精霊の靴】のリーダー。
トラヴィスだ。
「なんだ、司祭さんとこか。凄腕の気配がしたから肝が冷えたぜ」
トラヴィスが両手を下ろすと、残りの四人も出てきた。
「誰だ、こいつら?」
「私達ト同ジ、受験者デスヨ」
ジェドの問いに、ジャックがため息混じりに答える。
「あれ?そっちから来たってことは、もしかして……」
僕が問うと、トラヴィスはニッと笑った。
「そのもしかして、だ」
そう言ってトラヴィスが懐から取り出したのは、ハンカチ大の紙。目的のブツだ。
「早っ!……慎重過ぎたかなあ」
僕は頭を抱えた。
ジェドの安全を優先しているのだから、慎重であるのは当然。裏依頼により、ジェドさえ無事なら僕だけは合格できるのだが……それでも強い敗北感を覚えた。
「落ち込むなよ、司祭さん。俺らが早すぎるのさ」
トラヴィスが再びニッと笑うと、【精霊の靴】の面々も得意気に笑顔を浮かべた。
「まあ、そうか。【精霊の靴】だもんね」
彼らは斥候役三人を擁し、全員がスピード自慢のパーティ。早いのはわかりきっていること。
僕がそうやって自分を慰めていると、ジェドがハルヴァーに近寄って、何事か耳打ちした。
その口の動きを見た僕は、トラヴィスに注意を促す。
「トラヴィス、僕達から離れて」
「んっ?」
「早く!」
戸惑いながらも数歩、後ろに下がるトラヴィス。
それを確認して、僕はハルヴァーを睨むように見た。
「ダメだよ、ハルヴァー」
ハルヴァーは口をキュッと結び、僕とトラヴィスを交互に見る。
迷うハルヴァーにジェドが怒鳴る。
「ハルヴァー!俺の言うことが聞けないか!」
それでもハルヴァーは動かない。
いや、動けない。
「ああ……そういうことか」
察したトラヴィスが、体重を後ろにかけたままジェドに語り出した。
「お坊ちゃん、この紙を奪うのはルール違反だよ」
そう。
ジェドがハルヴァーに耳打ちしたのは「紙を奪え」だ。
お坊っちゃんと呼ばれたのが癇に障ったのか、ジェドは顔を真っ赤にして反論した。
「お前の方がお坊ちゃんじゃねーか!お上品なこと言いやがって!」
そして大股でトラヴィスに近寄る。
「ここはダンジョンだ!ルール違反だろうが犯罪だろうが、誰も見てねーんだよ!さあ、紙を寄越せ!」
確かに、ダンジョンには人目がない場所が多い。
そういった場所で起きた犯罪が、犯人が見つからずうやむやになるのはよくあることだ。
犯罪沙汰が発覚さえしないこともあるだろう。
僕は、ジェドにそのような見識があったことに驚いた。
だが、これはランクアップ試験。
普通の冒険とは違うのだ。
「いや、見てるかも」
僕がポツリと漏らすと、トラヴィスが頷いた。
「ああ。たぶん、な」
「はあ?」
何を言ってる?といった顔のジェド。
そんな彼にトラヴィスが尋ねた。
「お前、ルールブック読んでないのか?」
ジェドがうっ、と言葉に詰まる。
ルールブックの内容を確認したのは、僕とジャックとハルヴァーのみ。
ブックとは名ばかりの、三枚の紙を綴っただけのものだったので、ダンジョンに行きがてら読み終えた。
そしてルールブックには「他の受験者から奪った紙は無効」とはっきり記載されていた。
そのことをハルヴァーが告げるが、ジェドはなおも食い下がった。
「それがどうした?だから誰も見て――」
「あのな、奪った紙は無効なんだよ。疑問に思わないか?奪ったかどうか、どうやって判定するのかって」
トラヴィスの問いに、ジェドは答えられない。
代わって、ハルヴァーが難しい顔で答えた。
「試験官か」
「そういうことだ」
ハルヴァーが僕に意見を求める視線を投げかける。
「僕もトラヴィスに同感。どこにいるかはわからないけど、少なくとも紙を持つパーティは監視されてると思う。強奪以外にも、紙の模様を見せてもらって偽造するとか……とにかく不正行為が行われるなら、紙の周りで起こるだろうから」
するとトラヴィスがポン、と手を打つ。
「なるほど、偽造か。見た感じ、普通の紙に普通のペンで書いてあるだけだし、確かにできそうだ」
そして、すぐにその顔が曇る。
「……もしや、わざと偽造しやすいものを目的のブツにしてるのか?」
「かもね」
僕がその可能性を認めると、トラヴィスは大袈裟にため息をついた。
「はー、嫌だ嫌だ。さっさと帰ろう……帰らせてくれるな?」
問われたジェドは悔しそうに道を譲った。
ハルヴァーも道を開け、僕とジャックがその前に立った。【精霊の靴】とジェド達の間に入る格好だ。
無事に通り抜けたトラヴィスが、ふと足を止め振り返った。
「司祭さん、上で待ってるぜ」
「うん、すぐ行くよ」
僕と【精霊の靴】は、互いに手を振って別れた。