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「ドウデスカ?」
「うーむ」
僕はフルフェイスの兜を被ったジャックを見て唸った。
ここは〈防具のセフォー〉。
Cランク試験を明日に控え、前々から約束していたジャックの装備を買いにやって来た。
僕は他の防具屋を提案したのだが、ジャックが「マズココニ」と言うのでやって来た。
「目元を隠すやつ、バイザーっていうんだっけ?ちょっと下ろしてみてよ」
「ハイ」
カシャン、と音を立ててバイザーが下りる。
こうなるともう、ジャックの顔は完全に見えない。
「モゴモゴモゴモゴ」
「声がこもって何言ってるかわからない」
ジャックが再びバイザーを上げる。
「すけるとんダト隠シタイ状況ノトキ、アルト便利ダト思ウノデスヨネ」
「まあ、隠せてはいるね」
この兜に合わせて服と手袋とブーツを着用すれば、スケルトンだとはバレないだろう。
バレないのだが……。
「これで街中歩くの怪しすぎない?」
「ソレハ……否定デキマセン」
普段フルフェイスの兜を愛用している冒険者であっても、街中でまでバイザーを下ろして歩いている人は、そうは見ない。
そもそも、兜自体を脱いで歩いている気がする。
「逆に悪目立ちしちゃうかも」
「……デスネ」
ジャックは無念そうに兜を商品棚に戻した。
スケルトンだと隠したいということは、人の目がある場所で装備するということ。しかし、これでは逆に怪しさが際立ってしまう。ジャックが持ってるフード付きマントの方が正体を隠すには適しているだろう。
「ジャック~!見て見てー!かっこいいの見つけた!」
ルーシーが狭く雑然とした店内を、ふよふよと飛んできた。こういう場所だとゴーストって、いいな。
「るーしーノカッコイイハ、チョット……」
以前のトゲトゲヘルムを思い出したのか、嫌そうな顔のジャック。だがルーシーが差し出して見せたのは、なかなかカッコいい物だった。
「これ!」
「ほほう、これは戦闘用の眼鏡かな?」
それはレンズがうっすら黒い、頑丈そうなフレームの眼鏡だった。
「かっこいいでしょ?」
「うん、カッコいい。さすがルーシーだね!」
「えへへ。さすがでしょー!」
ルーシーが嬉しそうにくるくる回りながら、「さすが!」と連呼する。
しかし当のジャックは渋い顔だ。
「どうしたのさ、ジャック?」
僕に問われたジャックは、黙ってその眼鏡をかけた。
するとその眼鏡はストン、と落ちてしまった。
「……そっか!耳がない」
ジャックがコクリと頷く。
ルーシーは僕の耳と、ジャックの耳があるべき部分を交互に見ている。
「ルーシー、残念だけどジャックには装備できないや」
ルーシーは素直に頷き、
「べつのもってくる!」
と言って、ふよふよと飛んでいった。
僕はジャックに向き直る。
「そういえば、さ。ジャックって鎧が欲しかったんじゃないの?」
「ソウナンデスガ……」
先程からジャックは、欲しがっていた鎧の類いを手に取ろうとしない。
「前回ノぶれす攻撃デ怖クナッタノデス。セッカク買ッテモ、スグニ失ッテシマイソウデ」
「ああ……なるほどね」
ジャックにはメタリックモードと挑発がある。
きっとこれからもこの組み合わせは使うだろう。
だが敵の攻撃が激しいと、生前の装備品以外は損傷してしまう。
「でも、それだとずっと鎧着れないよ?カッコいいの装備したいんだろ?」
するとジャックは両の拳を握り締めた。
「装備シタイデス!ソノタメニ特訓中デス!」
「特訓?」
「他ノ装備ニモめたりっくもーどヲ適用スル特訓デス」
「おおー……できるの?」
「剣ト指輪ハデキタノデスカラ、可能ナハズデス!……マダデキマセンガ」
しゅん、と肩甲骨をすぼめるジャック。
「デスカラ今回ハ街用トカ、戦闘用以外ノ装備品ニシマス」
「なるほどね。わかった」
「鎧ハマタ今度買ッテクダサイ!」
「いやいや、自分で買いなよ。ジャックもお金持ってるでしょ、あの悪趣味な貯金箱にさ」
「正直、タンマリ持ッテマス。デモ買ッテ!」
「何だよ、それ……」
その後も店内を見て回ったが、これというものは見つからなかった。
次に向かうのは〈ワーズワース魔法用品店〉。
ここも前に行った店だ。
この店は魔法石だけでなく、マジックユーザー用の装備品、特殊な効果のあるマジックアイテムなども販売している。
この店でジャックが狙うのはオシャレなマントだ。
できれば特殊な効果のあるものがいいらしい。
ところが……。
「ドウデス!」
「う~ん」
ジャックが以前から持っている安物のマントだと気にならなかったのだが、ここにある質の良いマントはどうも似合わない。
いや、似合いすぎているとも言える。
「これも悪役感が」
「マタデスカー?」
例えるなら、不死者の王。
あるいは、極悪魔法使い。
そんな雰囲気がほとばしってしまうのだ。
思えば、マリウスは元々悪役感を隠さないスケルトンだから不自然ではなかったのだろう。
「思イキッテコレハ?」
「さすがにピンクは……悪い冗談って感じ」
「弱リマシタネ……」
僕とジャックはたくさんのマントを手に、途方にくれていた。
「ジャック~!きれいなの見つけたよ!」
ルーシーが陳列棚の向こうから、ふよふよと飛んできた。
「これ!」
「ほほう、確かに綺麗だね」
ルーシーが持ってきたのは、二つで一揃いの宝飾品。
藍色の宝石が枠にはめ込まれ、後ろからカーブを描いた細い針金が伸びている。
「これは……?」
「んーとね、ぴ、あ、す、ってかいてある!」
「ダカラ耳ナインデスッテ……」
ジャックがカクンと頭蓋骨を垂れた。
それからは僕達は、三人それぞれに店内を物色した。
トゲトゲヘルムのときのように、また決まらないのか。
そんな雰囲気が漂い始めた頃だった。
「オホー!!」
ジャックのおかしな雄叫びが店内に響いた。
「どうしたの、ジャック」
「へんなこえー」
僕とルーシーがジャックの元へ来ると、彼は満面の笑みで僕達を迎えた。
「ドウデス、コレ!」
「おー!」
「ベルトか。なるほど」
ジャックが試着していたのは、剣帯付きのベルトだった。
上質ななめし革でできているようで、金属製のバックルの細工も見事だ。
何より特徴的なのは、ベルトから伸びた二本の肩掛け。サスペンダーのような細い革紐が、両肩甲骨に掛かっていた。
「これなら肉のないジャックでも、ベルトを保持しやすいね」
「ソウナンデス!シカシ、ぽいんとハソコデハナイノデス!」
そう言ってジャックは、ベルトのバックルを弄った。
するとジャックの背中からパキパキッ、と妙な音がした。
「んん?」
僕とルーシーが背中側に回ると、ベルトや肩掛け部分から金属製の枠が生えていた。
「これって……背負子?」
「ソウデスッ!」
ジャックがビシッと商品名の書かれた札を指差した。
「なになに……マジックキャリア〈SH―01KO〉!?」
「ソウ!普段ハべると!必要ニ応ジテ背負子ニナルノデスッ!」
「そ、そうか」
ジャックの言葉に熱がこもる。
「背負子ッテ意外ト嵩張ルノデスヨ?イツモ持チ歩キタクハナイノデス!ソノクセ、今日ハ要ラナイカナ?ト思ッタ日ニ限ッテ必要ニナッタリ!」
僕にはいまいちピンとこないが、ポーターたるジャックには重要なことのようだ。
彼の心はガッチリ掴まれてしまっていて、もう、これしかない!といった雰囲気である。
「パキパキかっこいい!ルーシーもほしい!」
ルーシーも、その仕掛けにベタ惚れのようだ。
「でもさ、背負子ってことは冒険でも使うよね?戦闘になったら……メタリックモード使うようなときは、どうするの?」
「やばソウナトキハ、外シテ投ゲマス!」
「ああ、そう」
鎧ではそんなこと無理だが、ベルトなら可能か。
「のえるサン!コノべるとハ陳列棚ノ片隅デ、ズットズット、私ヲ待ッテイタノデス!コレデス!コレナンデス!」
「わかった、わかったよ。でも値段だけ確認させて?」
「ハイ、オ願イシマス!」
商品名の書かれた札はついているが、値札がない。
スイッチ一つで背負子が生えるのだからマジックアイテムだろう。それは商品名からしても間違いない。
マジックアイテムは総じて高価だ。ジャックには悪いが値段によっては買ってやれない。
「あの、すいませーん」
僕は店員さんを呼んだ。
すぐに丸っこい体型の店員さんが小走りでやって来た。僕が魔法石を買った、あのときの店員さんだ。
「何かお困りですかー?」
「ええと、彼が試着しているベルトなのですが。お幾らでしょうか?」
店員さんはエプロンからメモ帳を取り出した。
「少々お待ちくださいー……ええと、二千五百シェルになりますー」
「……えっ!?ずいぶん安いですね。これってマジックアイテムなんでしょう?」
僕は数万シェルはすることを覚悟していた。
それでもマジックアイテムとしては安く見積もった方だ。高価なものはさらに桁が一つ二つ増える。
「そうですー、マジックアイテムですー。ひたすら売れ残り続けましてー、この価格になりましたー」
「そうなんですか」
「はいー。普段はベルトでー、いざというときに背負子になるというコンセプトがー、死ぬほど受けませんでしたー」
「なるほど……」
考えてみれば、この店の客層はマジックユーザーが多いはず。マジックユーザーが「背負子が必要だ!」と思うタイミングは、あまりないだろう。
「では、これください」
「ありがとうございますー。包装は致しますかー?」
「どうする、ジャック?」
「装備シテイキマス!」
「だ、そうです。お代はこれで」
「丁度いただきますー。ありがとうございましたー」
店を出る前にルーシーを肩に乗せる。
一足先に出たジャックは、ベルトや肩掛けを頻繁に触ってはニンマリしていた。
ジャックは胸を張り、少し得意気に帰り道を歩く。
気に入った装備を買ってやれて、本当に良かった。
おまけ
背負子→SHOIKO→SH―01KO