<< 前へ次へ >>  更新
156/207

153

「ノエル君……」


 ただ僕の名を呟くマギーさんに、僕は断る理由を告げた。


「ジャックを馬鹿にされてまで、パーティに入るつもりはありません」


 ちらりとジャックを見ると、頭蓋骨が首から外れそうなほど、何度も激しく頷いている。


「ちょっと待てよ」


 小柄な少年がずいっ、と僕に迫ってきた。

 僕より小さな体格のせいか、迫力はない。

 だが彼の瞳は、下から睨んでいるのに上から見下しているようだった。


「こっちは四人いるんだよ。お前は一人なんだろ?」

「ええ、そうですね」

「スケルトンのことは我慢してやるから。お前、うちのパーティに入れ」

「お断りします」


 丁寧にお辞儀して、再び受付カウンターの方を向いた。


「他のパーティをお願いします」


 マギーさんは困った顔をした。他に人数不足の受験者がいないのだろうか?

 まあ、それならそれでいい。僕自身が望んで今回の試験を受けるわけではないのだから。ギルマスには悪いけれど、仕方ない。気の進まない試験を降りる理由ができたと思えばいい。

 そんなことを考えていると、背中に鈍い痛みが走った。少年に、鞘に入ったままの剣でつつかれたようだ。


「おーい、こっちは入れてやるつってんだよー?ネクロマンサーくーん?」


 イライラさせる奴だ。

 僕の杖を握る手に力が入る。

 だが、僕より先にジャックがキレた。


「シツコイ!」


 少年の剣を自分の剣でバシッ!と払うジャック。


「つっ!……おいおい、やっちゃうぞスケルトン?」


 するとジャックは胸骨を張った。


「ヤリナサイ。私ハ反撃シマセンガネ」

「はあ?うわー、こいつヘタレだよ。ヘタレスケルトンだよ。飼い主に似たのかあ?」


 しかし、ジャックは少年の挑発を意に介さない。

 ジャックは腕に着けた使い魔証明章を見せつけた。


「何トデモ。コノ通リ、私ハ使イ魔デス。原則、人ヲ攻撃スルコトハ許サレマセン。タダシ、ヤルナラ覚悟シナサイ」

「スケルトンごとき、殺るのに何の覚悟がいるんだよ?」


 ヘラッ、と笑う少年。しかしジャックは顔色を変えず、周りを見渡した。


「ココニハ数多クノ冒険者ガイマス。ソシテ私ガ使イ魔ダト、ホトンドノ人ガ知ッテイマス。無抵抗ノ私ヲ衆目ノ中デ殺セバ大問題デス。試験ドコロデハアリマセンネ」

「む……」

「ツイデニ言ウト、私ハ簡単ニハ殺セマセンヨ?すけるとんノ中デモ、カナリ頑丈ナ方デスノデ」


 少年は周りの冒険者の視線に気づき、ばつが悪そうに舌打ちした。


「ちっ。あーあ!レイロアの冒険者ってのはほんとムカつく奴ばっかだぜ!」


 少年は捨て台詞を残し、早足でギルドを去っていく。

 少女二人は慌てて後を追い、大柄な男性もゆっくりと続く。

 ギルドの扉から出る前に、大柄な男性だけが立ち止まり、こちらに向かって一礼していった。


「何なんです、あいつら!」


 僕がマギーさんに怒りをぶつけると、彼女は「まあまあ」と両手で押し止めた。


「アンナノトぱーてぃ組マセヨウナンテ、ドウイウオツモリデスカ?」


 今度はジャックがマギーさんに詰め寄る。


「ごめんなさい。きっと合わないだろうなー、とは思っていたのだけれど」


 こめかみを指で掻くマギーさん。


「何です、それ。駄目元で顔合わせしたんですか?」

「駄目元というわけでもないのだけれど……」

「ハッキリシマセンネ」

「ええと、ね」


 マギーさんは拳を作ってカウンターをコンコン、と二度叩いた。

 その手に僕とジャックの視線が集まると、拳を解いてくるりと上に向けた。

 そしてまた、手のひらをキュッと握る。

 これは……!


「……わかるかしら、ノエル君?」

「ええ。おそらく、ですが」

「ヘッ?何ガ?」


 ジャックは知らないだろうな、僕もこの目で見たのは初めてだし。


「ついてきてくれる?」


 そう言って、マギーさんはカウンターの横板を上げて僕達を招いた。

 受付カウンターの奥には扉があり、マギーさんはその中に入っていく。

 中の部屋には机が幾つも並び、ギルド職員がその机に向かって作業をしていた。初めて入ったが、ここは事務室のようだ。

 マギーさんはその部屋を突っ切り、真っ直ぐ歩いていく。そして壁際まで辿り着くと、また扉があった。

 その扉の奥は、とても小さな部屋だった。

 テーブルが一つと椅子が四脚。

 それだけだ。

 窓さえない。


「何ダカ、尋問デモサレソウデスネ……」


 ジャックが肩甲骨を抱いて震える。


「そんなこと、しないから」


 クスッと笑ったマギーさんが椅子を勧めてきた。

 僕とジャックが座るのを待ち、マギーさんも腰を下ろす。


「ここは相談室よ。冒険者とギルド職員が内緒話をするときに使う部屋ね」

「ヘエー」

「それで、ノエル君。さっきのジェスチャーの意味は、本当にわかってる?」


 僕はあまり自信がなかったが、ピンときた言葉を口にした。


「裏依頼……ですか?」

「そう!ノエル君なら知っていると思ったわ」


 以前、酒場で先輩風を吹かせる冒険者に聞いたことがある。

 ギルド職員が先程のジェスチャーをしたときは、裏依頼を頼むときだ。依頼内容を聞いてしまったら降りることはできないのでよく考えてから聞け、と。

 酔っぱらいが話す都市伝説の類いだと思っていたが、本当にあったんだな。


「ダッ、駄目デスヨソンナノ!のえるサンヲ悪ノ道ニ誘ワナイデクダサイッ!」


 ジャックがあたふたしながら、必死に止める。


「悪の……道?」


 マギーさんが首を傾げる。


「アレデショウ?密輸トカ!誘拐トカ!暗殺トカ!」


 興奮ぎみに悪の道を並べ立てるジャック。


「違うよ、ジャック。そういうのじゃない。ですよね、マギーさん?」

「ええ。裏依頼というのは表向きの依頼とは別に、おおっぴらにできない本当の依頼をすることなの」

「本当ノ、依頼?」

「そうね、例えば……表向きの依頼が物資の輸送で、裏依頼が要人の護送だったり。あるいは悪事に手を染めた冒険者と合同で依頼を受けてもらって、証拠を掴む裏依頼もあるわね」

「オオ……正義ノ道デシタカ」

「そういうわけでもないのだけれど。悪の道ということはないわね」

「フム。ドウシマス、のえるサン……ッテ、何ダカ受ケタソウデスネ」

「うん、受けてみたい」


 裏依頼とはジャックのいうような、特定の方向性を持つ依頼ではないだろう。

 言い換えるなら、秘密の依頼だ。

 そして秘密と聞くと知りたくなるのは冒険者の性だ。

 いや、人間の性かもしれない。

 三年以上冒険者をやってきて、初めて出会した裏依頼にとても興味が湧いた。


「聞いてしまったら、降りることはできないわよ?」

「ええ、わかってます」

「そう。では、依頼内容を話すわね。依頼書はないから、よく聞いてね?」


 そう前置きして、マギーさんが説明を始めた。


「もう気づいているかもしれないけど。先程の少年は、ある有力者のご子息よ」

「そんな感じでしたね」

「エエ。ドコゾノぼんぼんッテ感ジデシタ」

「そうね。ただ、あなた達が思っているよりもずっと有力者のご子息なの」

「高位の貴族様の息子とか?」

「ドコカノ街ノぎるますノ子供トカ?」


 僕達の仮説に苦笑いを浮かべるマギーさん。


「それは言えないわ。ただ、彼に何かあったら外交問題になる、とだけ言っておくわ」

「外交問題……とても偉い人の子供なのはわかりました」

「その認識で十分よ。そして依頼内容なのだけれど」


 少し言いにくそうにマギーさんが続きを話す。


「試験の間、その少年の身の安全を確保してほしいの」

「護衛デスカ?」

「ええ。彼らはレイロアに来たばかりなの。ダンジョンの知識も少ないと思うわ。危ないエリアに入らぬよう先導しつつ、護衛をしてもらいたいの」


 いたって普通の依頼に聞こえる。

 少なくともジャックはそう思っているようだ。

 だが僕は、マギーさんが言いにくそうに話した理由に気づいた。


「今回の試験、僕はギルマスに要請されて受けるのですが」

「ええ、知っているわ」

「この依頼って、それに相反しませんか?」


 僕に言われて、マギーさんは静かに頷いた。

 ジャックが首を捻って僕を見る。


「ソウ、デスカネ?」

「護衛なら僕より向いてる人がいると思う。それをわざわざ僕に依頼するってことはさ、『リープ』に期待しているんだよ。脱出手段を用意して、生存率を上げたいわけ」

「フムフム」

「そうなると、僕は常に脱出のタイミングを窺わなきゃいけない。逃げ腰で、試験を二の次にして、ね」

「アー、ナルホド。微妙ニ矛盾スル気ガシマスネ」

「そもそも彼らと組むこと自体、合格から遠ざかる選択だろうしね。……ギルドとしては、僕の合格と彼の護衛、どちらを求めているのでしょう?僕はどちらに重きを置くべきですか?」


 僕の質問は予測していたものだったのか、マギーさんは黙って終わりまで聞き、それから口を開いた。


「実は……その意味もあっての裏依頼なの」


 マギーさんの言う意味がわからず、首を傾げる。


「んん?どういうことです?」

「報酬を話してなかったわね?裏依頼の報酬は……Cランク試験合格よ」

「ハー、ソウキマシタカ」


 ジャックが感心したように言う。


「こんな報酬、表の依頼では出せないけれど。裏依頼なら、ってギルドマスターと話して決めたの」


 少年を守って『リープ』しても合格。

 僕だけは合格条件が二つになったわけだ。

 これなら少年の避難に軸足を置きつつ、試験に臨むことができそうだ。


「でもこれって……ギルドマスターが使わないと言っていたギルマス権限ですよね?」

「確カニ!結局使ウナラ、試験ナシデらんくあっぷサセテクレレバイイノニ!」


 するとマギーさんは、困り顔で笑った。


「ノエル君に試験を受けるよう言ったすぐあとに、あの少年の話が舞い込んできたの。ギルドマスターなりに、悩んで悩んで決められたのよ。試験をこのまま受けさせて、裏依頼報酬という形にして、ようやくギルマス権限を使うことに折り合いをつけたみたい」

「ンー、難儀ナ性格デスネエ」


 僕は、ギルマスの気持ちがわかる気がした。

 ギルマスは、単純にズルっぽい行為が苦手なのだと思う。だからなんだかんだと条件をつけて、ズルしていないと自分に言い聞かせているのだ。

 そんなふうに思うのは、僕もそんな性格だから。

 労せずランクアップできるかもと考えただけで、何だか居心地の悪さを感じてしまう。


「そんなわけだからギルドマスターのことは責めないであげてね?」

「サテ。ドウシマショウカネ」


 ジャックの意地の悪い答えに、マギーさんは苦笑する。

 裏依頼の内容をもう一度口頭で確認し、僕とジャックは相談室を出た。

 事務室を通り抜け、ギルドの扉に手をかけたとき。何気なく振り向いて、二階を見上げた。

 するとその瞬間、ギルマス部屋の扉がバタン!と閉じた。


「アレハ……覗イテマシタネ、ぎるます」

「うん」


 ギルドの事情で試験を受けさせておいて、この裏依頼。

 ギルマスは僕の様子をずいぶん気にしているようだ。

 ヴァーノニアに行ってしまわないか気になるのだろうか。


「そんなに気にしなくていいのに」


 裏依頼の報酬が試験合格なので、僕に損はない。

 むしろ得しているように思う。


「のえるサン、一言文句イッタラドウデスカ?」

「どうしてさ」

「コノ前モ言イマシタガ、ぎるどハのえるサンヲ振リ回シスギデス」

「う~ん。ギルマスも悪いことしてるって自覚してるから、覗き見なんかして僕の様子を窺ってるんだよ」

「ソウカモシレマセンガ……言エバスッキリシマスヨ?」

「そうかな」


 ジャックがここまで言うってことは、僕は余程すっきりしてない顔をしているのだろうか?

 最近の出来事を思い返してみる。

 ドラゴンゾンビ襲来にヒューゴの日記。

 ギルマスに受験を頼まれたと思ったら、コロッと変わって裏依頼。

 知らないうちに、ストレスが溜まっているのかもしれないな。


「じゃあ、一言だけ」


 そしてスウーッと息を吸い込み、二階に向かって叫んだ。


「これは貸しですからね!ギルドマスター!」


 すると二階から扉越しにギルマスの声が響いてきた。


「わかっているっ!」


 居合わせた冒険者達が、何事かと二階と僕を交互に見る。そんな目を気にしないふりをしながら、僕とジャックはギルドを出た。

<< 前へ次へ >>目次  更新