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「ドウデシタ、のえるサン?」
「ダメだったー」
「アー。デスヨネエ」
帰宅した僕は、のっそりとリビングの椅子に腰かけた。
何が「ダメ」なのかと、そんな僕の顔をテーブルの上から覗きこむルーシー。
ここ数日、僕は便乗できるパーティ探しに奔走していた。
初日にあたった【鳳仙花】や【五ツ星】は、やはり受験資格を満たしていなかった。
その他にも冒険を共にしたことのあるパーティをあたったが、次の回のCランク試験を受けるパーティは見つからなかった。
「厳シイデスネエ」
「ソロ冒険者や少人数パーティにも聞いてみたけど、彼らは予定を立てて受けるみたいなんだよねえ」
人数が足りないまま試験を受けると、ギルドが勝手に組む臨時パーティになってしまう。そうなると、誰と組むかは運頼みだ。
僕が言うのもなんだが、ソロ冒険者というのはどこか変わり者が多い。そんな変わり者の寄せ集めパーティが上手くいくとは思えない。
仮に良い冒険者ばかりと組めても、初対面だとどうしても連携に難が出る。
そこで、あらかじめ目標とする試験の回を決めておいて、そのときに知り合いと一緒にパーティを組むことを約束しておくのだ。優秀な冒険者ほど、そうしているようだ。
「しょうがないなー。ルーシーがパーティくんだげる!」
そう言ってテーブルの上で胸を張るルーシー。
僕とジャックは顔を見合わせた。
「ルーシーは僕の使い魔だから、パーティの頭数には入らないんだよ?」
「えー!?なんで、なんで!」
「ソウイウモノナンデスヨ、るーしー」
「やだー!ルーシーも!ルーシーもパーティくむ!」
「使イ魔トシテオ手伝イハデキマスカラ、ぱーてぃト同ジデスヨ。私ト一緒ニ頑張リマショウ!」
「んー……わかったあ」
ジャックのお陰で、何とか納得してくれたようだ。
しかし、パーティ問題の方は何も解決していない。
もう試験は明後日に迫っているというのに。
あれ?そう言えば……。
「しまった!試験の申し込みをしてない!」
「エッ!?……ソウデシタッケ?」
「うん……」
返事をしながら、カバンの奥を探る。
指先に紙の感触があり、取り出してみると目的の申し込み用紙だった。
「明日出しに行かないと……ついでに人数足りてない受験者パーティのことも聞いてみるか」
「デスネ。案外、受験者ニ知リ合イガイルカモデス」
とりあえず、明日の行動予定が決まりホッとする。
僕は明日提出するため、申し込み用紙に記入し始めた。
《Cランク受験資格》
・レベル16以上であること
・依頼ポイントが一定値に達していること
・Dランク冒険者であること
依頼ポイントとは、依頼を達成したときに加算されるポイントだ。難易度の高い依頼ほどポイントが高く、依頼を失敗・放棄するとポイントが減算される。
僕の依頼ポイントは、試験に必要なポイントを大きく上回っている。レベルが上がりにくいので、ポイントばかり貯まってしまうのだ。
もちろん、残りの二つの受験資格も満たしている。
他の記載事項も確認し最後に署名しようとして、ふと手を止めた。署名欄の上に、こんな文章があった。
――ロデリック=ポローの訓示
自らを由とせよ。枷を嵌めるな。
世界を見よ。大いなる謎を解き明かせ。
驚異に怯むな。民草の盾となれ。
己が意思をもって危険を冒す者。
それすなわち冒険者なり。
ジャックが申し込み用紙を覗きこむ。
「何デス、コレ。ろでりっく……?偉イ人デスカ?」
「冒険者にとっては偉い人だね。大昔に、最初の冒険者ギルドを作った人」
「ホー」
「初めてちゃんと見たけど。何かこう、もっとちゃんと冒険者しなきゃ!って気になるね」
「ン?Dらんく試験ノトキハ書イテナカッタノデスカ?」
「うん、なかったと思う。ま、Dランクまでは初心者みたいなものだからさ。一人前扱いになるCランクから書いてあるんじゃないかな」
ジャックが顎に親指と人差し指を当てて頷く。
「フム。一人前ノ冒険者トハ、危険ヲ冒スベキ時ヲ知ル者ナノデショウネ」
僕は大袈裟に仰け反ってみせた。
「おお……ジャックが立派なことを……」
「失敬ナ。タマニハ言イマスヨ?」
「熱でもあるんじゃ……ッ!体温が、ない!」
「……のえるサンモ、タマニ冗談言イマスヨネ」
翌日。
ジャックとともにギルドの受付カウンターを訪れた。
マギーさんは僕を見るなり用件がわかったようだった。
「ランクアップ試験の申し込みね?」
「ええ」
「良かった、受けないのかと思っていたわ」
「うっかりしてまして。危ないところでした」
マギーさんは僕の渡した申し込み用紙を丁寧に確認した。
「不備はないわ。これで申し込み完了ね」
「あの、試験のパーティのことなんですが……」
「もしかして、誰かと受けることにしたの?」
「いえ、それが見つからず……」
「そう。ちょっと待ってね」
マギーさんは何故か安心したような表情を浮かべ、近くのギルド職員に合図した。
その職員は階段のそばにいた四人組を連れて戻ってきた。
「ノエル君、彼らとパーティ組まない?」
マギーさんに言われ、四人を見る。
男女二人ずつのパーティ。
小柄な少年と、その両脇に二人の少女。
二人の少女は、少年の腕をそれぞれの胸元に抱きこんでいる。
その後ろに大柄な男性がついて歩く。
少年と少女の年の頃は僕と同じくらい。大柄な男性だけ、僕より五つくらい上か?
特筆すべきは、彼らの装備品の見事さ。
何だかレベルに見合っていない、不釣り合いな格好だ。これからCランク試験を受ける冒険者の装備とは思えない。
ただ、後ろに立つ大柄な男性だけは違っていた。
日焼けした精悍な体つきに、立派な胴鎧が様になっている。
パッと見ただけでわかる、どこか金持ちの息子と、取り巻きの女二人と、屈強なボディガードの組み合わせだ。
「うえっ、なんでスケルトンがいるのぉ?」
そう言って、巻き髪の少女が嫌悪感丸出しの目でジャックを見る。
「ほんとだ、キモーい!」
短髪の少女も同調した。
「まあまあ。ギルドにいるんだから使い魔だと思うよ?気持ち悪いけど、我慢しなきゃ」
小柄な少年が取りなす。すると、
「そっかぁ!さすがジェド様!」
「頭いいー!」
と、少女二人は絶賛した。
「そうかな?」
そう言って、小柄な少年は頭を掻く。
大柄な男性は無口なのか、何も話さない。
えーと、マギーさんの質問は何だったか。
そうだ、彼らとパーティ組まない?だったな。
僕はマギーさんの方に振り返り、短く答えた。
「お断りします」