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 ――冒険者ランク制度

 実力に応じて冒険者を六つのカテゴリーに振り分ける、いわば冒険者の格を表すもの。

 ランクが上がれば難易度の高い依頼が解放され、報酬自体も増える。知名度が増すので指名依頼も増える傾向にある。

 基本的に駆け出しのレベル1からレベル5までがEランク、レベル6からレベル15までがDランク。

 以降レベル10刻みで上がっていき、レベル46以上が最高のSランクとなる。

 ただし、あくまで基本的に、である。

 ランクを上げるためにはランクアップ試験に合格する必要がある。


 出典 冒険者用語ハンドブック(最新版)


「最近、便利屋ダカラッテ便利ニ使ワレスギジャナイデスカネエ?」


 隣を歩くジャックが、イライラした様子で言う。

 ドラゴンゾンビ騒動から一週間後。

 僕は、またしてもギルドに呼び出された。

 また直接依頼ということはないと思うが、一抹の不安が頭をよぎる。


「話があるだけらしいし。とりあえず聞いてみようよ」

「ソウハ言イマシテモ。直接依頼ダト断レナイデスシ……」


 なおもブツブツと文句を言うジャック。

 確かに直接依頼を受けることが増えたように思う。

 僕には便利な『テレポート』があるため、これからも増えるかもしれない。

 だが、誰にも必要とされず臨時のパーティにさえ入れなかった頃を思えば、この状況は僕には好ましいものだった。

 とはいえ、ドラゴンゾンビやヒューゴみたいなのと戦うのはしばらく遠慮したいものだ。いや、金輪際戦わなくてもいいくらいである。

 そんなことをぐるぐると考えているうちに、ギルドへと到着した。

 受付カウンターを見れば、マギーさんを含めた複数のギルド職員が忙しく働いている。

 そして、その周りをたくさんの冒険者が囲んでいた。


「オオッ?妙ニ混ンデマスネ」

「あー、そうか。ランクアップ試験だ」


 年に三回のランクアップ試験が、気づけば来週に迫っていた。

 僕は人混みの隙間から、背伸びして受付カウンターを覗く。ギルド職員達は冒険者達が書いた書類を確認し、冒険者カードと照らし合わせたりしている。

 やはりこの混雑は試験の申し込みによるもののようだ。

 ふと顔を上げたマギーさんが、僕の顔に気づいた。

 彼女はペンを持ったその手で、二階を指し示す。

 どうやらギルマス部屋へ自分で行ってくれ、ということらしい。

 ジャックとともに階段を上り、ギルマス部屋の扉をノックする。


「ノエルです。呼び出しを受けて参りました」

「ああ、入れ」


 扉を開けると、窓の外を眺めていたギルマスがソファを指差した。


「座れ」

「はい」


 指定されたソファに腰かけ、ジャックが僕の後ろに立つ。ギルマスはテーブルを挟んで僕の正面に座った。


「まずは西方の件、改めて感謝する。良い働きだった」

「ありがとうございます。それでお話というのは?」

「うむ。西方の話と無関係ではないのだが……ナスターシャ殿は覚えているな?」

「もちろん。ヴァーノニアのギルドマスターですね」

「そうだ。彼女がな……お前を寄越せと言ってきてな」


 ギルマスは眉間を指で揉みながら、そう言った。


「寄越セ?ドウイウコトデス?」


 僕の頭越しに、ジャックが問う。


「ヴァーノニア冒険者ギルドに移籍させろ、という意味だ。ナスターシャ殿がいたく気に入ったらしくてな」

「僕……気に入られるようなこと、何かしましたっけ?」


 ナスターシャさんとは一度会ったっきりだ。

 まともに会話さえしていないと思うのだが……。


「彼女には、対ドラゴンゾンビ戦の作戦立案を任せたのだが」

「アア、ソンナコト言ッテマシタネ」

「その際、【天駆ける剣】など実力のあるパーティの情報を詳しく伝えたのだ。その中にお前の情報も有ったわけだ」

「ナルホド。司祭ダト知ッテ欲シガッテイルワケデスカ」

「そういうことだ。鑑定スキルに『テレポート』が使えることも伝えてしまってな。彼女曰く、妾ならばギルマス権限でBランクにする。Dランクなんかで使っているならばこっちによこせ、と」


 レベル16の僕がBランク?実力に見合わないランクって意味を成さない気がするが……。


「ギルドマスターって、そんな権限あるんですか?」

「ある。だが、あまり使われない権限だ。俺は使わないことにしている」


 ジャックが興奮気味に僕の肩をゆする。


「のえるサン!ゔぁーのにあニ行ケバBらんく冒険者デスヨ!りおサント同格デス!」

「それは困る」


 ギルマスは短く感想を漏らし、ため息をついた。


「そこで、だ。レベル16になったわけだし、一週間後のランクアップ試験を受けてくれないか?とりあえずCランクになってくれれば、ナスターシャ殿の要請を断りやすい」

「なるほど、そういうお話ですか」


 僕は今回のランクアップ試験を受けるつもりはなかった。というか、次回も、その次も受けるかどうかわからない。

 理由は単純、僕が固定パーティを持たないからだ。

 ランクアップ試験は、各ランクの試験によってテーマが異なる。

 最初に受けるDランクの試験であれば、冒険者としての基礎ができているか。モンスターやダンジョンに対する知識、野営の仕方なんかにも点数がついたりする。

 ではCランクのテーマはというと、パーティでの立ち回りなのだ。

 最低五人のパーティで試験に臨み、機能的にパーティの一員として動けるかが問われる。

 僕のような独り身の冒険者や四人以下のパーティは、臨時で増員したり、人数が足りない者同士でパーティを組むことになる。しかしその場合、急造パーティ故に問題が起こりやすいのだ。

 僕は知り合いのパーティが試験を受けるときに、便乗させてもらおうと考えていた。【鳳仙花】なんかもうすぐだと思うし、【五ツ星】が受験資格を得るまで待ってもいい。

 普通の冒険者ならこういう足踏みを嫌うだろうが、僕はレベルが非常に上がりにくい司祭。後続の冒険者にレベルやランクで抜かれていくことは確定してるのだ。多少ランクアップが遅れたところで、どうということはない。


「でもそれって、僕の方からお誘いを断ればいいのですよね?」

「エー、のえるサーン」


 両手を合わせて体をくねらせるジャックを左手で制し、僕は右手で文字を書く仕草をした。


「なんなら、お断りの手紙書きましょうか」

「ありがたいが……それは止めてくれ」

「何故です?」


 僕が問うと、ギルマスは後頭部をポリポリと掻いた。


「ナスターシャ殿にはファンが……それも熱狂的な信奉者が多くてな」

「はあ」

「ノエル自身が断ったと知れれば、そいつらがお前を拐って無理矢理ヴァーノニアに所属させようとするかもしれん」

「ええっ!?そこまでしますかね?」

「やりかねん。そういう連中なのだ。このレイロアにも隠れ信者はいるしな」


 ナスターシャさんの見た目からしてファンが多いのは頷けるが……拐われるのは困るな。


「俺が断る方がよい。……もちろん、お前がヴァーノニアへ行きたいのであれば止めることはできんが」

「ヴァーノニアへ行くつもりはないのですが……今回の試験はパスするつもりだったんですよね」

「できれば急ぎたい。なんとかならんか」

「……うーん」


 考える僕の肩を、再びジャックがゆすり始めた。


「移籍デイイジャナイデスカ!Bらんくデスヨ?なすたーしゃサン美人デスシ」


 そんなジャックをギルマスはじろりと睨んだ。


「ふん。ジャック、お前はヴァーノニアでもどこでも勝手に行くがいい。止めはせん」

「ナ、ナンデスソノ言イ方ハ!……ハハーン、サテハ。ろーんノ話ノトキ責メタコト、マダ根ニ持ッテ?」


 ジャックの発した「ローン」という単語に、ギルマスはピクリと肩を震わせた。


「……そんなことはない」


 つーんとそっぽを向いたギルマスに、僕は図星なんだと確信した。


「小サイ……でかイ図体シテ器ガ小サスギマスヨ、ぎるますサン!」

「……ジャック。よくぞ申した」


 自分が座るソファの裏に手を回したギルマス。

 再び現れたその手には、愛用の斧が握られていた。


「そこへ直れ。粉にしてくれよう」

「何デソンナトコニ武器ヲ隠シテルンデスカ!」

「いい冒険者とは、いついかなるときも備えておくものだ」

「ヒィィー!」


 ゆらりと立ち上がるギルマスに、ジャックは悲鳴を上げて逃げ出した。

 僕は席を立ち開けっ放しになった扉を閉め、ギルマスに向き直った。


「試験受けても合格できるかはわからないですよ?僕は自分のパーティを持たない便利屋ですし」

「それはわかっている。とにかく、全力を尽くしてくれればそれでいい」

「……わかりました」

「イイノデスカ、のえるサン?」


 振り向くと、扉の隙間からジャックが頭蓋骨だけ出していた。


「うん」

「ゔぁーのにあ行キトイウ選択肢モアルノデスヨ?」

「もー、わかってるくせに」


 僕には共同経営している黒猫堂がある。

 住んでいる家だってルーシーの形見というべきものだし、サニーもあの庭を気に入っている。

 現実的に、僕はヴァーノニアに居を移せないのだ。

 それに、ギルマスにヴァーノニアに移られては「困る」と言われたのも、結構嬉しかった。


「いいのか、ノエル?」


 ギルマスが僕の表情を窺う。


「はい、ランクアップ試験を受けてみます!」


 僕の返事に、ギルマスは微笑みを浮かべて頷いた。

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