幕間〈ルーシーの本棚〉
〈ルーシーの本棚〉とリンクした話です。
一話完結&本筋に絡まない話ですので、向こう読むのが面倒な方は読み飛ばしちゃってください。
「むふー!」
ルーシーは本をパタン!と勢いよく閉じました。
本の名前は〈一人ぼっちのパシ〉。
ルーシーは大事そうに本を抱え、本棚にそっと戻します。
その様子に、おかしな骨の同居人が聞きました。
「昨日買ッタ本デスカ。ドウデシタ?」
「すっ……」
「スッ?」
「……っごく楽しかった!!」
「ワッ!……声ガ大キイデスヨ。夜デスカラ、モウ少シ静カニ、ネ?」
「ん!」
ルーシーは窓から夜空を見上げて言いました。
「おでかけしてくるね!」
そしてふよふよ浮いて、天井をすり抜けていきます。
おかしな骨の同居人は、慌てて声をかけました。
「チョット、るーしー!コンナ時間ニドコヘ行クノデス?」
するとルーシーは天井からにゅっ、と頭だけ出して言いました。
「夜だからいくの!お昼間はいけないでしょ?」
「マア、ソレモソウデスネ……ソレデ、ドコヘ行クノデス?」
「雨さんや、風さんや、木さんとお話ししてくる!」
「ンンッ?雨サントオ話シ、デスカ?」
「ん!」
逆さまのルーシーが、力強く頷きます。
「迷子ニナリマセンカ?」
「だいじょうぶ!そしたらお月さまにきくから!」
「ハア?……ソウデスカ。朝マデニハ帰ルノデスヨ?」
「ん!」
ルーシーは屋根をすり抜けて、夜のレイロアを探検するように飛んで行きます。
まずお月さまを探しましたが、雲の向こうに隠れていて見えません。
雨は降っていないし、風もピューピューとは吹いていません。
仕方なくふよふよ飛んでいると、なんだか賑やかな声がする建物を見つけました。
笑い声が窓の外まで聞こえてきます。
ルーシーは中に入ってみることにしました。
ルーシーが扉を使わず壁を抜けると、中にいた人達はびっくりしました。
けれど見慣れた光景なのか、すぐにお酒を飲んだり、騒いだりし始めました。
ここは酒場のようです。
ルーシーはこちらへ手を振る人物に気がつきました。
「んと……ブルーエット!」
ルーシーはその人物のところまで、ふよふよと飛んでいきます。
「……ブリューエット。どうしたの?こんなところに一人で」
ブリューエットは小首を傾げて聞きます。
ルーシーはブリューエットの隣にちょこん、と座りました。
「あのね、雨さんや風さんや木さんとお話ししにきたの!」
「……お話し?」
ブリューエットはますます首を傾げます。
するとルーシーの前に、ミルクの入った小さなコップが置かれました。
ルーシーが見上げると、店員のお姉さんがにっこり笑いました。
「ありがと!おねえちゃん!」
「いいのよ、ルーシーちゃん。雨さんや風さんや木さんとお話ししたいのね?だったらブリューエットに聞くといいわ。なんたって精霊使いだもの!」
「せいれいつかい!」
ルーシーは目を輝かせてブリューエットを見つめます。
「お話しできるの?」
「……少しだけ」
「風さんとか?」
「……そうね。風さんとか」
「やっぱり!」
ルーシーは興奮した様子で机を叩きました。
「ブルーエットはパシなんだ!」
「……ブリューエット。パシって何?」
「カエル!」
「……蛙?」
ブリューエットは首が折れてしまいそうなほど、首を傾げます。
「ルーシーも話せる?」
「……ん、そうね」
ブリューエットは困り顔でルーシーを見つめます。
「……精霊使いの私でも、必ず応えてくれるわけじゃない。たくさんたくさん練習して、やっと少しだけ話せるようになるの」
そしてブリューエットは申し訳なさそうに言いました。
「……ルーシーちゃんには難しいと思う」
それでもルーシーは諦めません。
「たくさんたくさん、たーくさんお話ししたら、おへんじしてくれる?」
「……そうね。たくさんたくさん話したら、ね」
「わかった!ありがと!」
ルーシーはコップをじいっと見つめてから、酒場の壁をすり抜けていきました。
それからルーシーは夜のレイロアの街を飛び出して、たくさんお話ししました。
風や、草や、星にまで話しかけてみましたが、いくら話しかけても風はさやさや、草はさらさら、星はキラキラするだけでした。
しょんぼりしたルーシーは家に帰ることにしました。
「ただいま~」
「お帰り。遅かったね、ルーシー」
家にはもう一人の同居人も帰ってきていました。
「ん」
ルーシーはその同居人の膝の上に、ちょこんと座りました。
「オ月サマニハ、話ヲ聞ケマシタカ?」
台所から、おかしな骨の同居人が聞きます。
ルーシーは今夜の出来事を二人に話しました。
「ぶりゅーえっとサンガソウ言ウノナラ、難シイノデショウネエ」
「……ん」
ルーシーはますますしょんぼりしてしまいました。
見かねたもう一人の同居人が、優しく語りかけます。
「でも。ルーシーでも話せる木さんはいるよ」
「ほんとう!?」
ルーシーは飛び上がって同居人を見つめました。
「本当さ。お庭を見てごらん」
「おにわ!」
ルーシーはふよふよと窓際まで飛んで行きました。
「どこ?」
「目の前にいるでしょ?」
「んん?」
戸惑うルーシーに、おかしな骨の同居人が助け船を出します。
「さにーデスヨ」
「サニー!」
ルーシーはサニーのことをよく知りません。
起きている時間が、サニーは昼、ルーシーは夜なのでちゃんと話したことがなかったのです。
「サニー、寝てる?」
「寝てるね。でも昼間も結構寝てるから、話しかければ起きるかも」
「わかった!」
ルーシーは窓をすり抜けて、サニーの枝にとまりました。
「サニー、おきてる?」
ルーシーが尋ねると、サニーの幹にすうっと切れ目が二つ、入りました。
大きな翡翠色の瞳がルーシーを見つめます。
「ン……幽霊ノ人……」
「ルーシーだよ!」
「ン……るーしー……」
「よろしくね」
「ヨロシク……」
それからルーシーとサニーは色んなことをお話しました。
ルーシーが夜の風の気持ちよさを話せば、サニーがお日様の暖かさを話して。
ルーシーが骨の同居人のおかしさを話せば、サニーがもう一人の同居人の優しさを話して。
とにかくたくさんお話ししました。
そして。
「……パパとママ、いまどこにいるのかな」
ルーシーはぽつりと呟きました。
「パシのパパとママもいなかったし」
ルーシーはまたしょんぼりと肩を落とします。
「どこにも、いないのかな」
するとサニーが言いました。
「ドコカニ……イルヨ……」
ルーシーは枝の上から翡翠色の瞳を覗きこみます。
「ほんとう?」
「ン……るーしーヲ見テル……」
「そっかあ」
サニーの言葉は、ルーシーの暗い気持ちを優しく包み込みます。
そんなルーシーの心に応えるように、雲間から月が顔を覗かせました。
月の光はしずしずと庭に降り注ぎます。
幽霊の少女と森の精霊は、いつまでも月の囁きに耳を傾けるのでした。