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二日後の昼。
僕とジャックは冒険者ギルドを訪れた。
マギーさんがこちらに気づき、手招きする。
「こんにちは、ノエル君、ジャック君。本当にお疲れさまでしたね」
「こんにちは、マギーさん。今回の冒険はちょっとくたびれました」
「私ナンテぶれす食ライマシタカラネ」
それから三人で、ゴブリン集落のこと、昨日の避難誘導のことなんかを話す。
そして話題がネクロマンサーになったとき、僕は思い切って聞いてみた。
「ヒューゴ……今回の首謀者のように、〈可能性の星図〉でネクロマンサーを選んでしまう人って、今でもいるのですか?」
マギーさんは言葉に詰まる。
僕は日記を読んでから、ずっとモヤモヤしていた。
ヒューゴに同情しているわけじゃない。
ただ、彼のように職業選びに失敗して、生き方が大きく変わる人が今もいるのか気になったのだ。
何故なら、僕も司祭なんてレアな職業を選んでしまった人間だから。
「言えないのなら、いいのですが……」
「ううん、そんなことはないわ」
マギーさんは僕の想いを察したのか、説明を始めた。
「一昔前……先代のギルドマスターの頃まではそうだったみたい。でも今は、
「そうなんですか?」
「今は〈可能性の星図〉を使うとき、ネクロマンサーみたいな職業は赤く光るようになっているの」
「へえ。改良されたんですね」
「ええ。昔から星見の儀……〈可能性の星図〉で職業を選ぶことね。その星見の儀の段階で冒険者の道が絶たれるのは如何なものか、という意見はあったみたいなの」
「ひゅーごモ、モウ少シ生マレルノガ遅ケレバ……」
「別の人生を歩んでいたかもしれないわね」
マギーさんの言葉に引っ掛かりを覚える。
「
「ええ。本人の意思で赤い星を選ぶ可能性はあるでしょう?」
「あー……いますかね、そんな人?」
「可能性はあるわ。ネクロマンサーにしたって、職業のスペックは相当なものよ」
「それは確かに――」
「払えないってのは、どういうことだ!!」
ドンッ!という轟音とともに響く怒声。
僕達や周りの冒険者の目が、一斉に二階に注がれる。
聞き覚えのある声。
この声はヴァーツラフさんだ。
「いけない!ノエル君達もギルドマスターの部屋に案内しなきゃ。ギルドマスターやエレノアさん、【天駆ける剣】もお待ちよ。すぐ行きましょう」
そうしてマギーさんに先導され、階段を上る。
この短い間に三度目のギルマス部屋だ。
「アノ人、イッツモぎるます部屋デ怒ッテマスネエ」
「反骨心の強い方だから……」
そう言って、苦笑いするマギーさん。
やがてギルマス部屋の扉の前まで来た。
激しく言い争う声が聞こえてくる。
やはり揉めているようだ。
マギーさんが姿勢を正し、ノックする。
「失礼します。ノエル君とジャック君をお連れしました」
「……入れ」
一昨日までより元気のないギルマスの返事に、扉を開く。
「失礼しま――うわっ!」
入るなり、ヴァーツラフさんに腕を引っ張られた。
「ノエル!お前も言ってやれっ!」
そう言って、正面に座るギルマスを指差す。
「な、何をですか?」
「払えないんだとよ!」
「だから何を……」
「今回の報酬を、だ!」
「ええっ!?」
「ナント!?」
僕とジャックは絶句した。
それほど衝撃的なことだった。
単純にお金だけの問題ではない。
冒険者にとって報酬とは、己の仕事に対する評価でもあるのだ。
そして今回の冒険は、僕の冒険者人生の中でも間違いなく評価されるべきものだ。
なにせ、レイロアの存亡に関わる冒険だったのだから。
「ギルマス様はな、俺達の働きに報酬を払う価値がないと仰せだ!」
「そうは言ってないだろう……」
「そう言ってるも同然だ!」
大声で怒鳴るヴァーツラフさんに対し、反論するギルマスの声は消え入るような小さい声だった。
「デハ、イッタイドウイウコトナノデス!?」
いつの間にかヴァーツラフさんの横に並んだジャックが、ギルマスを問い詰める。
「言ってやれ、ジャック!」
ヴァーツラフさんの応援を受け、ジャックはますます勢いづく。
「報酬ヲ払ウツモリハアルノデスカ!?ナイノデスカッ!?」
「払うつもりがないわけじゃあ、ない。ただ、少し待ってくれたら……」
「マルデ借金男ノ言イ種デスネッ!?」
ここぞとばかりに態度が肥大化するジャック
対するギルマスは、どんどん小さくなっていく。
「ホラ、のえるサンモ何カ言ッテオヤリッ!」
「言葉遣いがおかしくなってるよ、ジャック……それで、何故払えないのです?理由をお聞かせください」
すると肩を落とすギルマスに代わって、その後ろに立つエレノアさんが説明を始めた。
「単純に、お金がないのです」
「ギルドに?」
「ええ、ギルドに」
黙って聞いていたカミュさんが、眼鏡をクイッと指で押し上げた。
「もしや、ギルドマスター不在の間に強盗にでも入られたのですか?」
カミュさんの疑念を、ギルマスは手を横に振って否定する。
「いや、そうじゃない。単純に出費がかさんで、な」
出費がかさんだ?
その言葉に僕もジャックも【天駆ける剣】も首を捻る。
レイロアの冒険者ギルドの規模は大きい。
迷宮都市にある冒険者ギルドなのだから当然だ。
つまりは動くお金の規模も大きい。
多少出費がかさんだからって、報酬も払えないほど窮するものか?
すると、今度はエレノアさんが眼鏡をクイッと指で上げた。
「ご説明します。まず、避難誘導にあたってくれた、あなた方以外の冒険者への報酬。彼らの中には懐に余裕がなくて西方の依頼を受けた方も多くいらっしゃいます。即刻払わねば、暴動が起きてもおかしくありません」
「ふむ、それはわかる」
ポーリさんが頷く。
「次に大鷲騎士団の生活費。主にヒッポグリフのエサ代ですね。彼らにはもう少しレイロアに留まって西方の調査を手伝って頂くことになってます」
「エサ代を後回しにはできんわな」
カインさんが顎を擦る。
「そして最後に……と言いますか、これがお金がない最大の原因なのですが。助っ人への報酬です」
「助っ人って、大鷲騎士団ですよね?あるいはナスターシャさん?」
僕が尋ねると、ギルマスは首を振った。
「別口だ。切り札のつもりだった。ドラゴンゾンビでさえも倒せるであろう助っ人だ」
そんな助っ人を用意していたのか。
しかし、あのドラゴンゾンビを倒せる?
そんな化け物みたいな人間が存在するのか?
「その助っ人料を昨日、請求されたんだが……とんでもない金額で、な」
そうしてまた、肩を落とすギルマス。
「いったい、幾ら請求されたんだ?」
ヴァーツラフさんが怪訝そうに尋ねると、エレノアさんがため息をついてから答えた。
「ギルドマスターが椅子から転げ落ちる金額です」
「言うな……エレノア……」
ギルマスとエレノアさんの顔を見て、カインさんがおかしそうに笑った。
「ククッ、ずいぶんふっかけられたらしいな」
「笑ってる場合か、カイン!」
「ソウデスヨ!情ニ流サレテハイケマセン!」
怒れるヴァーツラフ&ジャックが同時に立ち上がる。
「報酬は払えない!だが払うつもりはあると言う!じゃあどうするつもりなんだ!?」
ヴァーツラフさんの追求を受け、ギルマスはしどろもどろに答えた。
「えー、あー、つまりだな。ローンで払わせてもらえたら、と……」
「ろーん?報酬ヲ、ろーん!?」
ジャックが大袈裟に驚いてみせる。
申し訳なさそうに顔を伏せるギルマスとエレノアさん。
二人の姿に、ギルマス部屋にいる全員が口を閉ざした。
その静寂を破るように、ポーリさんがコツコツ、とテーブルを指で叩く。
「おおよその話はわかった。だがな、ギルドマスター。その助っ人の報酬の方をローンで支払うのが筋じゃないか?報酬を減額するのもアリだ。なんせ、その助っ人は働いていない」
「よく言った、ポーリ!」
「ソウダソウダ!」
ヴァーツラフ&ジャックは怒れる民衆か、活動家のようになってきている。
「自分は大変忙しい。例え働きがなくとも、拘束された日数分――つまりは移動日数分は報酬をもらう。というのがあちらの言い分でして」
至極まっとうな言い分な気もするが、ヴァーツラフ&ジャックは納得しない。
「誰だ、そのふざけた助っ人は!」
「名ヲ名乗レー!」
ギルマスは言いづらそうに助っ人の名を告げた。
「……【灰燼のミカエラ】だ」
途端にしん、と黙りこむ【天駆ける剣】の面々。
ジャックはその様子をキョロキョロと見回し、僕に近寄って囁いた。
「誰デシタッケ?」
「ほら、【腐り王】を倒した人。そして、おそらく師匠の想い人?」
「アア!ドウリデ聞キ覚エガ……」
ポーリさんが仕方なさそうにため息をついた。
「さすがに【灰燼のミカエラ】にローンは無理か」
「というか、昨日到着するなり金を持ってかれた。暴れられたら敵わんので、抵抗できなかった。俺はされるがままだった……」
「悲しいこと言うなよ、ギルマス」
ヴァーツラフさんが初めてギルマスに同情的な言葉をかけた。
「だ、そうだ。どうする、カイン?」
ポーリさんに話を振られたカインさんは、妙に上機嫌だった。
「【灰燼のミカエラ】か。見てみたかった」
「またカインの悪い癖が……話、聞いてます?」
カミュさんが眉間に皺を寄せる。
「聞いてる、聞いてる。もう、仕方なかろう?報酬を払おうにも金がないんだから」
そう言って立ち上がるカインさん。
「本当にいいのか、カイン?」
ヴァーツラフさんに問われ、カインさんは満面の笑みを浮かべた。
「今回は大変な冒険だった。それは金で買えない経験でもあった。そうだろう?」
カインさんの言葉に、【天駆ける剣】の三人は同じく笑みを浮かべた。
カインさんはそのままギルマス部屋を出ていき、【天駆ける剣】の三人もそれに続く。
僕とジャックも、なおも謝るギルマスとエレノアさんにお辞儀して、ギルマス部屋を後にした。
ギルド入り口の扉を開く。
よく晴れているせいか、大通りはたくさんの人で溢れ返っていた。
僕は立ち止まり、眩しい光に目を細める。
一足先に出た【天駆ける剣】が、それぞれに別れて雑踏の中に消えようとしているのが見えた。
僕はその中の一人を呼び止める。
「カインさん!これ、返します!」
僕はヒューゴの日記を手に、そう言った。
カインさんは踵を返して歩いてきたが、日記を受け取ろうとしなかった。
「どうだった?」
「んー、読まなきゃよかったかも」
「ふっ、勘が当たったか」
そして日記をしばらく見つめた。
「……いらん、お前が持ってろ」
「ええー」
「持ってるのが嫌なら、捨てるでも焼くでも好きにすればいい」
「そんなの……何だか呪われそうですよ」
「お前な、スケルトンやらゴーストやらと暮らしてる奴がそんなこと言うか?」
「ソレハ確カニ」
「ジャックが言うことじゃないだろー?」
「ソレモ確カニ」
三人で笑い合っていると、地面を大きな影が通り過ぎた。
見上げれば、六騎の大鷲騎士が西へ向かって飛行していた。
ふいに胸の十字架から白い煙が立ち昇り、僕の肩の上に少女の形を作る。
ルーシーは現れるなり、空を指差して叫んだ。
「鳥さんだ!」
「じぜるサン達デスネ」
「調査に行くのかな?」
カインさんが、眩しそうに目を細めつつ答える。
「だろうな、ご苦労なこった」
「ありがたいことですよ?」
「ああ、わかっているさ」
ジャックが大通りの真ん中に出て、空へ向かって手を振る。
「頑張ッテー!」
ルーシーも負けじと大きく手を振った。
「ばいばーい!」
二人に倣って僕とカインさんも手を振ると、編隊の中央の騎士がこちらに手を振り返してくれた。
僕達はヒッポグリフの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
これにて「腐っても竜」閉幕です。
長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。
今後ですが、来週に「ルーシーの本棚」と絡めた幕間を投稿し、再来週から新章開幕の予定です。