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ドラゴンゾンビの最期を見届けた僕達は、ヒッポグリフに乗って中継地点へと向かった。
エレノアさんによると、中継地点には数人の冒険者が常駐する手筈となっているとのことだった。そこに避難誘導を終えた【天駆ける剣】のメンバーと大鷲騎士が加わって、十人くらいいるだろう。
そんなふうに考えていたのだが。
上空から見えた中継地点の様相は、想像と全く違っていた。
隙間なく建てられた幾つものテント。
それを馬車や荷物で作られたバリケードが、ぐるりと囲む。
バリケードの外側には、歩哨に立つ冒険者が何人も見える。
何十ものかがり火に照らされたその姿は、まるで大規模キャラバンのキャンプのようだ。
僕達を乗せた三騎のヒッポグリフは、キャンプから少しだけ離れた場所に下りた。
そしてギルマスを先頭に、キャンプの中心部へと歩いていく。
避難してきた住人の不安げな視線が、あちこちから僕達に注がれる。一方、冒険者達はギルマスの姿を見て安堵の表情を浮かべていた。
「今、ここを仕切っているのは誰だ!」
ギルマスが大声で叫ぶ。
その声に、人をかき分けて大柄な男がやってきた。
ヴァーツラフさんだ。
「俺だ!……カイン!ギルマスにお前らも!無事だったか!」
ヴァーツラフさんは大股で歩み寄り、カインさんと握手して肩をぶつけ合った。
「お前もな。で、これは何だ?」
カインさんはそう言うなり、周囲を見渡す。
「ああ、これはポーリの指示だ」
「そのポーリは?」
「カミュの奴が遅れててな。パートナーの大鷲騎士と迎えに行った」
「カミュが遅れる?それは心配だな」
二人の会話に、ギルマスが口を挟む。
「先にこのキャンプの説明をしてくれるか?」
「ああ、そうだな……モンスターが想定してたより、かなり多いんだよ。だから夜間の移動を諦めて、陣を敷いたわけだ」
「何!?……そうか、西のモンスターがドラゴンゾンビから逃げてきたのか。わかった。ご苦労、ヴァーツラフ」
「別に苦労はしてねえよ。んで、そっちは?ドラゴンゾンビはどこまで来てんだ?」
カインさんが短く答えた。
「ドラゴンゾンビは来ない」
「来ない?まさか倒したわけじゃあるまい!?」
「倒しちゃいないがな。もうこの世にいない」
「どういうことだ!?」
カインさんがことの顛末をヴァーツラフさんに話す。
ヴァーツラフさんは興奮したり、眉間に皺を寄せたりしながら聞いていた。
「なんとまあ……この半日足らずに、とんだ大冒険だったな」
呆れたように言うヴァーツラフさん。
それに対し、カインさんはニヤリと笑った。
「まあな。結構楽しめたぜ?」
「付き合わされる方はたまったもんじゃねえんだよ!なあ、坊主?」
すると問われた僕より先に、ジゼルさんが返事をした。
「ああ、まったくだ。たまったもんじゃない」
ほどなく、ポーリさんがカミュさんを伴って戻ってきた。避難してきた住人も一緒だ。
避難の途中でモンスターの大群に襲われ、何人か負傷者が出てしまったらしい。
その治療を優先していて遅くなったとのこと。
全員揃った【天駆ける剣】が、互いの労をねぎらう。
ことの顛末を聞かされたポーリさんは、とても驚いていた。一方カミュさんは、顔をしかめて呟いた。
「……〈始まりの泉〉、か」
ギルマスは避難してきた住人達に、これまでの経緯を説明していた。
ドラゴンゾンビが消滅したと聞いた住人達から、大歓声が上がる。
両手を振り上げる中年男性、空に向かって吠える若者、抱き合って涙を流す母娘。
やはりドラゴンゾンビと【腐り王】と重ね合わせていたのだろう。住人達の喜びようを見ていて、僕はそう感じた。
続けてギルマスは、モンスターが多く一旦レイロアへ避難することも伝えた。すぐに帰れないと聞いても、住人達に混乱は起きなかった。
故郷へ再び帰れること自体、望外の喜びなのだろう。
説明を終えたギルマスは僕とカインさん、エレノアさんの三人を呼んだ。
何やら重要な話のようで、僕達三人にだけ話したいと言う。
僕はジャックに待つよう頼み、ギルマスの後を追った。ギルマスは僕達三人を連れて、人気のない方へと歩いていく。
「……ネクロマンサーと戦って、どうだった?」
「さっき言ったろう?手強い奴だった。ギルマスより高レベルだったな」
カインさんがニヤつきながら、「ギルマスより高レベル」を強調して言った。
しかしギルマスは真顔を崩さず、さらに問う。
「俺より上ってのは、どのくらい上だ?」
意図しない返事だったのか、カインさんは少し慌てた様子で言葉を選ぶ。
「どのくらい?ううむ……はっきりとはわからんな、冒険者カード持ってたわけじゃないし」
「俺より間違いなく上か?」
「ああ、それは間違いない。はっきり上だとわかった」
「そうか……わかった」
そう言って一つため息をついたギルマスは、真剣な顔で僕とカインさんを見た。
「……レベルアップしたか?」
「あん?」
「冒険者カードを確認しろ。ノエルも」
「はっ、はい」
ギルドマスターの迫力に、慌ててカバンを探る。
「うおっ、上がってるぜ!」
そう言って、カインさんが冒険者カードを僕達に見せる。冒険者カードのレベル欄には、46の数字が踊っていた。
「レベル46!?すご……」
「ノエルはどうだ?」
絶句する僕をギルマスが急かす。
我に返って、自分の冒険者カードを見た。
「うお、上がってます!……それも二つも!」
僕の冒険者カードにはレベル16の数字があった。
複数レベル上がるなんて、いつぶりだろう。
ジャックブーメランぶりか?
「あー……そういうこと、か」
カインさんは何か察したように何度も頷く。
「ん?どういうことです?」
わけがわからず質問すると、ギルマスがエレノアさんに目配せした。
「ノエルさん。大量の経験値を得たというのはわかりますか?」
「ええ、それはもちろん」
「その経験値はネクロマンサーを倒した経験値です」
「はあ……えっ!?」
ネクロマンサーは、確かに強大な敵だった。
だがモンスターではない。
歴とした人間だ。
「人間を殺しても経験値は入ってしまう、ということだ。これは公表していないし、今後するつもりもない情報だ」
「そう、ですか。なるほど……」
僕はネクロマンサーのレベルが上がりやすいと聞き、多数の使い魔を従えてモンスターを狩りまくる姿を想像していた。
僕も複数の使い魔を持つ身なので、その恩恵は受けている。
僕の場合はレベルが上がるのに膨大な経験値が必要な司祭なので目立たないが、ネクロマンサーは必要な経験値が少なく、どんどんレベルアップするのではないか。
そう、思っていた。
だが、人間を殺しても経験値が入るとなると話が変わる。
使い魔に人間を殺させ、その殺された人間をアンデッド化し、そのアンデッドが新たな使い魔として人間を殺し……という繰り返しならば、急速にレベルアップするのも当然だ。
「冒険者を長く続けていれば、いつか知る情報ではある。だが、広まるのは好ましくない情報だ」
難しい顔で告げるギルドマスターに、エレノアさんが続く。
「冒険者カードがマジックアイテムなのはご存じですよね?経験値を記録し、それを参照してレベルが表示されます。にも関わらず、経験値の方は一切表記されません。それは、わざと伏せられているのです」
「そうか。人を殺めて経験値が増えてたらバレちまうわな」
カインさんの言葉に、エレノアさんはコクリと頷く。
「それでも、タイミングよくレベルアップされたらバレてしまう。今回のお前達のようにな」
ギルマスの言い方に、何故人気のない場所に連れてこられたかわかった。
「そういうときは直接口止めするわけか」
「そうだ。これが知れ渡れば、大変なことになる」
「……だな」
「ですね」
冒険者にとって、レベルを効率よく上げるのは至上命題だ。人間相手でも経験値を得られると知れれば、人を襲う冒険者が必ず出てくる。
冒険者は聖人の集まりじゃない。
むしろ、荒くれ者の集団と言った方が近いのだから。
「このことは黙っておけ。ギルドマスター命令だ。喋ったら……わかるな?」
珍しく「命令」という言葉と脅し文句を用いたギルマスに、僕とカインさんは静かに頷いた。