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「うむむ……」


 僕は財布とにらめっこをしていた。

 お金が無い。

【鉄壁】との冒険では大金が手に入ったし、【五ツ星】との依頼も達成した。魔法石も高値で売れた。

 だが、お金が無いのだ。


 原因は僕にある。

 机の上に積み重ねられた本を見る。

 本というものは非常に高い。

 しかし僕には本を手に入れなければならない理由がある。それは鑑定の為だ。

 鑑定して分かるのは基本的に名前だけだ。モンスターの二つ名や、アイテムの呪いの有無など例外はあるが、基本的には名前だけなのだ。つまりその名前が知識の中にあって初めて機能する。

 モンスターを鑑定してバジリスクって名前でした。知らないんでよく分かりません、では意味無いのだ。

 バジリスクでした。猛毒を持ち邪視のスキルがあります。と、ここまで言えて初めて役に立つ。


 僕はその為に本を買い漁っている。……まあ、必要ない本にまで手を出している自覚はある。でも、どの知識が役に立つのかなんて分からないし、買わなきゃ読めないのだから仕方ない。もっと大きな都市には図書館なる天国のような場所もあるらしいが残念ながらレイロアには存在しない。


「この〈死霊異聞録〉は買うべきじゃなかったなあ……」


 副題は知られざるアンデッドの世界。

 中身は本当にマニアックな内容だった……。

 我が家に2体もアンデッドがいるせいで、死霊関係本を見かけるとついつい手が伸びてしまうのだ。


 ◇


 ギルドで割の良い依頼はないかと依頼掲示板を見ていると、後ろからマギーさんに声をかけられた。


「ノエル君のスケルトン、ポーターだったわよね?」

「はい、そうですが」

「ちょっとお願いがあるんだけど……」


 聞くと、大門から入って地下5階に商店があるという。そこが閉店するのでポーターに荷運びを頼みたいとのこと。


「ダンジョン内に商店ですか……商魂逞しいですね」

「元々Bランクの冒険者だった人が引退後に始めたお店なの。少しでも困った冒険者を助けたいって」

「ネクロポリスのど真ん中ですよね?」


 ネクロポリスは4階から6階にある死霊都市エリアだ。アンデッドがそこら中にいる。


「そうなの。ギルドとしても冒険者の生存率に繋がるからって、それなりに支援してきたんだけど……赤字続きでついに閉店ってわけ」

「まあ、お客よりアンデッドが多いでしょうしね」

「そういうわけでポーター頼むにも予算が余りないみたいなの。人間のポーターに頼むと護衛も必要になるでしょ?運ぶ荷物も結構な量みたいだし」


 ジャック単体なら基本的にアンデッドに襲われない。上位個体に支配されていたり、ネクロマンサーに指示を受けてるといった特殊な場合を除いて。ちなみに前回のアラームで出現したスケルトンも行動をプログラムされているので特殊な場合に含まれる。


「うーん、どうしましょうか」

「難しい?」

「ジャックは……うちのスケルトンは、最初は一緒に行かないと迷ってしまうんですよね」


 ジャックは方向音痴というわけではない。地図が読めないタイプなのだ。


「そうなると結局は護衛が必要かな、と思います。僕とジャックだけで5階は不安ですし」

「そうね……あっ、ちょっと待って。1往復だけ護衛付ければいいのよね?」

「そうですね、道を覚えたらジャックだけで行けるかと」

「そう。じゃあ……マイク君、ポーリさんはまだいるかしら?」


 マギーさんは近くを通りかかった男性職員に声をかけた。男性職員はキョロキョロと見回し、やがて目的の人物を見つけたのか歩いていく。そして全身鎧の人物を連れてこちらへ来た。


「ありがとう!ノエル君、こちらポーリさんよ」


 紹介された人物を見る。どこかで会ったような……


「よう、また会ったな司祭君」


 思い出した。【天駆ける剣】の中にいた人だ。


「あの時はご迷惑おかけしました」

「あら、知り合いだった?」

「【五ツ星】の付き添いの時にちょっと……」

「コボルトの坊主がいきなり駆け寄ってきてな。あの時は焦ったよ」

「まあ……ノエル君には面倒な仕事をさせたわね」

「いえいえ。終わってみれば楽しい冒険でしたよ」

「そう?ならいいけど。ポーリさん、黒猫堂まで行くのよね?ノエル君と同行してくれないかしら」

「構わんが……司祭君は潰れた店なんぞに何しに行くんだ?」

「その潰れた店の荷運びを」

「ああ、そうか。片付けなきゃならんわな……」


 寂しいような表情でポーリさんが呟いた。

 思い入れのある店なのだろうか?


「じゃあ、お願いしてもいいかしら?」

「ああ、いいぞ。ついでだしな」

「ノエル君もポーターの件、お願いね」

「分かりました」


 ◇


 さっそくポーリさんを先頭に大門へ向かう。もちろんジャックもいる。


「そいつがポーターか。スケルトンが荷運びなんてジョークかと思ったぜ」


 ポーリさんが豪快に笑う。

 ジャックは馬鹿にされたと思ったのか表情が曇る。

 いや表情は骨なので無いのだが、僕には分かる。

 僕も少しむっとしたので反論しておく。


「僕は天職だと確信してます」

「ほう、理由を説明してくれ」


 ポーリさんはニヤついたままだ。


「不眠不休不食です」

「あん?」

「不眠。つまり寝ない。寝る必要がないんです。それに合わせて不休。休む必要もない。つまりその気になれば何日間もひたすら運べます。加えて不食。ポーターって仕事は肉体労働です。並みの冒険者よりも筋肉質な体つきなのが普通なんです。当然、よく食べる。その食事代は雇用主が払う責任を負いますがジャックは不食。食事代がかからないんです。どれだけポーターとして有能か分かりましたか?」

「お、おう……」


 早口で持論を展開した僕の迫力にポーリさんの顔から笑みが消え、代わりに戸惑いが表れる。

 ちょっと熱くなってしまったな。

 雰囲気が悪くなってしまった気がするが、僕とジャックの名誉に関わる事だ。仕方ない。


 ジャックを見やると胸の前で両手を組み、熱っぽい視線を僕に向けていた。

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