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「皆さん、ご無事ですか!?」
御者台から飛び降りたエレノアさんが、僕達に駆け寄ってくる。
「無事です!エレノアさんも?」
「ええ、なんとか!」
テオドールさんの乗るヒッポグリフも降りてきて、束の間の再会を喜んだ。
ジゼルさんのヒッポグリフも、地上に降ろし休ませる。
「ドラゴンパピーゾンビ、確保しました!」
エレノアさんの報告に、カインさんが答える。
「ご苦労!こちらもネクロマンサーを倒したぞ」
エレノアさんは周囲を見渡し、ヒューゴの亡骸を見つけた。
「あのネクロマンサーを……そちらこそお疲れ様でした。これからどうしましょう?」
「そりゃあ、親元に返してやらにゃいかんわな」
そう言って、カインさんは荷台のドラゴンパピーゾンビを見やる。
「しかし、その親は何やってんだ?ずいぶんのんびりしてるな」
そう、カインさんが言った瞬間。
西の空が急に明るくなった。
全員の視線がそちらへと向かう。
その視線の先には、夜空を切り裂く鈍色の光の帯。
溶かした銀に墨を落としたようなその光に、僕とジャック、カインさんは見覚えがあった。
「あれって……!?」
「ドラゴンゾンビのブレスだ!」
「エエ!見間違ウモノデスカ!」
やがて光の帯は細くなり、夜空も暗さを取り戻していく。
「来るのが遅いと思ったら、そういうことか」
カインさんが納得したように呟く。
「ンッ、ドウイウコトデス?」
ジャックが問うと、カインさんは短く答えた。
「誰かと戦ってるんだ」
「誰カ?」
「そんなの、ギルドマスターしかいません!」
エレノアさんはそう断言すると、馬車へ向かった。
「どうするつもりだ、エレノア!」
カインさんの声に、エレノアさんが振り返る。
「決まってます!助けに行くのです!いくらギルドマスターでも、お一人では危険です!」
「まあ待て。ネクロマンサー組はもう、余力がないんだ」
「では私だけでも!」
「いいから待て!……ジゼル、ギルマスがいるならパートナーも一緒だよな?」
「ああ、そのはずだ」
「何か、連絡手段はないのか?こう、遠距離でも伝わるような」
「ある!あるぞ!テオドール、《群れに戻れ》を!」
「はい、ジゼル様!」
テオドールさんは自分のヒッポグリフの首を何度か擦った。するとヒッポグリフは上体を反らし、西の空へと大きな鳴き声を響かせた。
「フィー!!ピィルルルルル!!」
甲高い鳴き声が夜空に響き渡る。
ほどなく、同じような鳴き声が西から微かに聞こえた。
「返った!伝わりました!」
「うむっ!」
テオドールさんの言葉に、ジゼルさんも満足げに頷く。
「……で、何を伝えたんだ?」
カインさんに問われ、ジゼルさんがハッとした顔で振り向く。自分の説明不足に気づいたようだ。
「《群れに戻れ》の指示を出した。この場合の群れとは、私のヒッポグリフがいる場所を指すんだ」
「では、こちらに来るんだな?」
「そうだ」
「わかった。エレノア、子ドラゴンの拘束を解くぞ。それから移動だ」
「はいっ!」
まず、主を失ったスケルトンホースを僕がターンアンデッドした。彼らのような動物のアンデッドは、ターンアンデッドに対してほとんど抵抗しない。祈りを捧げ始めるとすぐに揺らめき、そして消えていった。
その後、全員で荷台のドラゴンパピーゾンビに打たれた杭を慎重に抜いていく。
子供とはいえドラゴンゾンビ。
油断はできない。
拘束を解かれたドラゴンパピーゾンビは最初こそ暴れたが、地面に降りると西を見つめて動かなくなった。
僕達は二頭のヒッポグリフに分乗し、近くの丘へと退避した。
「移動してしまいましたが、ギルドマスター達は私達の居場所がわかるでしょうか?」
エレノアさんの疑問に、ジゼルさんが答える。
「問題ないだろう。ヒッポグリフは目がいいからな」
「……鳥目だから夜は見えないのでは?」
「それは誤った認識だ。鳥は夜でも見えるものが大半だぞ?ヒッポグリフも夜だけ全く見えなくなる、なんてことはない」
「そうなのですか。失礼しました」
僕も鳥は総じて夜目が利かないと思っていたので、少し驚いてしまった。
丘の上で待っていると、西の空にヒッポグリフの影が見えた。ジゼルさんの言う通り、こちらに真っ直ぐ向かってくる。
それに少し遅れて、規則的な地響きを足下に感じた。
そして見えてくる要塞の如きシルエット。
奴が来た。
「全員いるな!?」
降下してくるヒッポグリフの背中から、ギルマスが大声で問う。
「はい、ギルドマスター!」
エレノアさんが姿勢を正して答えた。
「奴と戦っていたのだろう?よく足止めできたな……って、クククッ」
カインさんが、ヒッポグリフから降りたギルマスの姿を見て笑う。
「笑うな」
ムスッとしたギルマスは、半裸のような格好だった。あの高価そうな鎧が、もはや見る影もない。
顕になった肌には、ところどころ血が滲んでいた。
「ククッ、悪い悪い。苦戦したようだな」
「そりゃあ、な。ブレスで狙われたときは肝が冷えた。顎をかち上げて事なきを得たが」
あのブレスを前に、逃げるどころか踏み込んだのか。
僕には無理だ。
「治療します、ギルドマスター」
僕が治療のためギルマスの隣に移動すると、ジゼルさんも立ち上がろうとした。
「私も治療……っと、魔力切れだった。テオドール、頼む」
「はい、ジゼル様」
地面に腰を下ろしたギルドマスターを、僕とテオドールさんで癒していく。
「すまんな、二人とも……で、結局何がどうなった?狼煙を見て奴を足止めしたが、俺の行動は正しかったのか?」
言われて、カインさんが考える。
「……正しかったと言えるな。ネクロマンサー戦の最中にドラゴンゾンビに乱入されていたら、今頃どうなっていたことか」
確かに。
もう、滅茶苦茶だっただろうな。
「ネクロマンサー?奴を操るネクロマンサーがいたのか!?」
驚愕するギルマスに、カインさんが答える。
「ネクロマンサーはいた。だが、あんなのは操れんよ」
「……だろうな。奴を操れるレベルのネクロマンサーなら、直接レイロアを襲った方が早かろう。まあ、そんなレベルのネクロマンサーが実在すれば、だが」
「高レベルではあったぞ?ギルマスよりは上だった」
「ふむ、そうか……それではネクロマンサーは何をしていたのだ?」
「あれだ。見えるか?」
カインさんは馬車を指差す。
「馬車。それと……あれは何だ?」
「子ドラゴンのゾンビだ。あれをエサに親を引っ張ってたわけだ」
それを聞いて、ギルドマスターはふうっと息を吐いた。
「……なるほど、な。しかし、不愉快な方法を思いつくものだ」
「まったくだ」
二人が会話しているうちに、ドラゴンゾンビと子ドラゴンゾンビの距離がなくなった。
互いにじいっ、と見つめ合う二体のゾンビ。
やがて子ドラゴンゾンビは、体を引きずるように親の体の下へと潜り込んだ。
ドラゴンゾンビは体の下の我が子を見つめ、その巨大な体で慈しむように包む。
やがて疲れきった体を休ませるように、ゆっくりと大地に横たわった。
そして、その体の端から青白い炎が上がる。
「……ゾンビと成り果てても、最期は自分で始末をつけるか。やはり奴は【まことの竜】よ」
ギルマスが好敵手を称賛するように言った。
ジゼルさんが、十字架を手に祈る。
「……偉大なる竜よ、人間の愚行をお許しください。聖王よ、あの親子に安らかな眠りを」
隣に立つジャックも、親子に向かって頭蓋骨を垂れていた。
僕は青く燃える親子へ向かい、十字架を握り目を閉じた。