<< 前へ次へ >>  更新
148/207

146

「……ガフッ。ロザ、リー?おっちょこちょいにも限度がある、よ?」


 ヒューゴの腹に、カインさんの剣が深々とつき刺さった。それを見たロザリーが、気が動転したように後退る。


「本当ニどじデスネ、アノすけるとん……」


 ジャックが何ともいえない表情で、ことの推移を見守る。

 ロザリーは再びヒューゴに歩み寄り、彼の腹から生えた剣をもう一度掴んだ。

 そして――思いっきり腹をかき回した。


「オブブッ、ガベッ?……ロ、ロザリィィィ!?」


 血を吐きながら、目を見開くヒューゴ。

 どうやらドジ故のうっかりミスではない。

 ロザリーの意図した行動のようだ。

 ヒューゴに敵対行動を取れるということは、ロザリーは従属の魔法により支配された使い魔ではない。

 つまりは僕とジャックやルーシーとの関係と同じ……まあ、それはどうでもいいか。

 僕はなけなしのやる気を振り絞り、声を出した。


「今だー、ジャックぅー」

「ハイッ?エッ?……ハイッ!!」


 合図だと気づいたジャックは、頭蓋骨を大きく反らした。目標は、僕の膝の上にあるジゼルさんの後頭部。

 慈悲の欠片もない一撃が、目標めがけて降り下ろされる。


「ふげっ!?」


 踏み潰された蛙のような体勢になったジゼルさんは、後頭部を擦りながら体を起こした。


「何て石頭……石頭蓋骨だ。酷いよジャック君……いや、こうしてはいられないっ!」


 一時的に自分を取り戻したジゼルさんは、手に持つ物のフタを開け、ルビー色の液体を一気に飲み干した。出発前に、ギルドマスターに渡されたマジックポーションだ。


「ふうっ!……ジャック君、ルーシーちゃんと共にコレを持ちたまえ!」

「何デス、これ……十字架?」

「そうだ!絶対に離すな!」

「ワ、ワカリマシタッ」


 ジャックは十字架を受け取り、ぐったりしているルーシーの手に握らせて、その上から自分の手で覆った。


「よしっ……聖王の御名において、舞い降りよ黄金の楽団!理を外れ不死の檻に囚われし者に、健やかなる終焉を与えたまえ!『アンセム』!」


 詠唱の終わりとともに、ぼんやりと夜空が明るくなる。まるで四方から夜明けが訪れたようだ。

 見上げれば、そこには金色の光を帯びた、翼のある人々。

 いや、人じゃない。

 天使だ。

 天使達は僕達をぐるりと取り囲むように上空に布陣し、一斉に歌い始めた。

 きらびやかさと荘厳さを併せ持った天使の歌声が夜空に響き渡る。その歌声は光の波紋となって僕達を優しく包みこんだ。

 光に包まれた魔女達は、次第にその顔に柔らかさを含み始める。やがて満足げな表情となった魔女の体は、ぽろぽろと光の欠片へと化していった。

 ふと、僕の心が軽くなる。

 背中を見れば、魔女の体が光の粒に変わるところだった。


「ジャック!ルーシー!」


 首を回すと、すぐそこにジャックとルーシーの顔があった。


「二人は平気?」

「エエ。タブン、コノ十字架ノオ陰デス」


 二人が握る十字架を見て、それからジゼルさんを見る。ジゼルさんは僕の視線に気づき、コクリと頷いた。


「おお、ロザリー!僕を置いて逝くな、ロザリー!」


 見れば、ヒューゴが光の欠片をかき集めようと必死にもがいていた。

 あの光の欠片はロザリーだったものの名残か。


「うおおおっ!!」


 まだ十分に動けないであろうカインさんが、気合いの声とともに立ち上がった。

 そうだ、まだ終わっていない!


「ぐっ、くそっ!」


 ロザリーのドレスを手に、カインさんに対峙するヒューゴ。

 そのヒューゴに魔力の高まりを感じた僕は、即座に発動できる魔法を唱えた。


「雷よ、走れ!『ライトニング』!」


 重傷を負ったヒューゴは反応が鈍い。

 雷は地を這い、奴を捉えた。


「あぎっ!?」


 僕とヒューゴではレベルが違う。

 僕の『ライトニング』では、たいしたダメージにはならない。

 少しの間、感電により痺れさせる程度だろう。

 だが、今はそれで十分だ。

 カインさんは僕の作った僅かな時間でヒューゴの元へ辿り着き、腹から生えた愛用の剣を握った。

 そして朗々と詠唱する。


「我、燃え盛る洞門を潜りて、昂然たる火山の主に申し上げる。その慈悲なき吐息を我が剣に宿し給え。『レーヴァテイン』」

「うがぁぁっ!!」


 臓腑を灼熱に焼かれ、苦悶の表情を浮かべるヒューゴ。

 ほどなく炎が全身に回り、カインさんはゆっくりと剣を引き抜いた。

 そして横薙ぎにひと太刀。

 ヒューゴの体は燃えながら二つに分かれ、それぞれが地に転がった。

 カインさんはしばしヒューゴの亡骸を見つめ、それから汚れを払うように剣を振った。


「皆、無事か!?」


 そう言って歩いてくるカインさんこそ顔色が悪い。


「無事です……ジャックも無事。ルーシー、大丈夫?」

「……もう、あんなの、やー」

「ごめん、辛かったね。十字架の中で休む?」


 ルーシーは力なく頷くと、十字架の中へ消えていった。


「痛う……酷い目にあった」


 ジゼルさんが地面に座り、後頭部を擦る。

 最大のダメージは、ジャックの頭突きによるものらしい。


「ノエル、『テレポート』は使えるな?」


 近くまで来たカインさんが、地面にドスンと腰を下ろし、聞いてきた。


「魔力はありますが……どこへ?」

「どこってわけじゃあないがな。ドラゴンゾンビがいつここへ来てもおかしくないだろう?」

「そっか、進行ルートにいるんだった。退避のためですね」

「そういうことだ。もう余力がないからな……ああ、しんどい」


 そのまま地面に横になるカインさん。


「テオドール達はどうなってるのだろうな?」


 ジゼルさんの問いに、寝転んだままカインさんが答える。


「助けに行くか?」

「……いや。私も魔力切れだ。満足に動けない」

「ふっ、そうか……まあ、大元のネクロマンサーを倒したのだからドラゴンゾンビも消えてるかもしれんし……しれんよな、ノエル?」

「可能性はありますね。期待薄ですが」

「期待するのはタダだ。期待しとこうぜ……そういえば、あの魔女達を倒したのはジゼルの魔法か?」


 その言葉に、僕は先程の『アンセム』を思い出した。


「ええ、凄かったですよ!天使とか初めて見ました!」

「何っ、天使!?見たい!ジゼル、呼べ!」

「あまりふざけたことを言ってると、神罰が下るぞ?」


 ジゼルさんがじろりと睨むと、カインさんは口惜しそうに足をジタバタさせた。

 そんな中、ジャックがふと疑問を口にした。


「アノろざりーッテすけるとん、何ダッタノデショウ?」


 ジャックの問いは、僕達全員が疑問に思っていたことだ。


「……おそらく、従属の魔法がかかっていなかったのだろう。かかっていたら、逆らえないハズだ」

「たぶん、僕とジャックの関係に近いんじゃないかな。妻だって言ってたし。まあ、ほんとに妻かはわからないけど」


 カインさんと僕の言葉に、ジャックはフンフンと頷く。そして新たな問いを口にした。


「デハ、何故ヒューゴヲ刺シタノデショウ?」

「それは……」

「ううむ……」


 答えに窮する僕とカインさん。

 しかし、ジゼルさんが口を開いた。


「終わらせたかったのではないかな?」

「終ワラセル?」

「スケルトンとしての自分の生を、だ。女性であれば、自分の体が骨と化した事実は耐え難いものだろう。私だったら耐えられない。自分をその姿にしたヒューゴへ復讐心さえ持つだろうな」

「……ナルホド」


 そう言って、自分の骨の体を見るジャック。

 ジゼルさんは慌ててジャックに詫びた。


「すまん、ジャック君。配慮が足りなかった」

「イエ、気ニシテナイデスヨ。ろざりーノ心境ヲ想像シテイタダケデス」

「そうか。なら、いいんだが」


 僕はジャックがこんな質問をする理由を、なんとなく察した。

 スケルトンには生前の記憶がない。

 だが、ジャックの目にはロザリーが記憶を取り戻しているように見えたのではないだろうか。

 復讐に燃える夫を妻が止めた光景に、ジャックはそう感じたのだろう。

 ……今となっては、その真偽はわからないが。


「おーい!」


 遥か上空から呼ぶ声が聞こえた。

 見上げれば、ヒッポグリフに騎乗する騎士が頭上を飛んでいた。


「無事だったか、テオドール!」

「はい!ジゼル様、あちらを!」


 上空から指し示された方角を僕達は一斉に見た。

 そこには土煙を上げつつ、走ってくる一台の馬車。

 そして御者台に座るエレノアさんの姿があった。

<< 前へ次へ >>目次  更新