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「戦場に果てし勇敢なる騎士達よ!蹂躙すべき敵は目の前にいるぞ!さあ、角笛を鳴らせ!馬蹄を響かせろ!鏖殺せよ!『ブラックランサーズ』!!」


 夕闇に、死の風を運ぶ馬の嘶きが響く。

 一騎、また一騎と闇から産まれるように立派な騎士が現れる。

 揃いの黒備えに身を包んだ騎士達は、総勢十三騎。

 騎乗するスケルトンホースの馬装までが黒一色だ。

 どの騎士も並外れた体躯を有し、どの騎士も顔が骸骨。

 黒騎士達は整然と動き、横一列に(くつわ)を並べ始めた。


「挨拶デモスル気デスカネ?案外、オ行儀ノイイ連中デス」

「いや、これは……ヤバい」

「エッ?」


 黒騎士達が整列し終えると、中央の黒騎士が槍を掲げた。

 続いて他の黒騎士も槍を掲げ、スケルトンホースがしきりに足踏みを始める。並んだ(くつわ)の辺りから、湯気のように青白い霊気が立ち上った。

 この雰囲気。

 挨拶なんてするわけがない。

 これから始まるのは、十三騎の黒騎士による騎馬突撃だ。

 呆気に取られ黒騎士を眺めていると、ピィーッと口笛が響いた。

 続いてカインさんの大声。


「全員、集まれ!密集隊形!!」


 僕とジャックは顔を見合わせ、慌ててカインさんの元へと駆け出す。

 他の皆も同じだ。

 エレノアさんも赤屍鬼と離れ、走ってきた。

 当たり前だが、僕は騎兵に突撃された経験なんてない。

 カインさんだってそうだろう。

 だが冒険者なら、強力なモンスターに囲まれた経験の一つや二つはある。

 そんなときに取る行動は大きく二通り。

 障害物を使ったり密集隊形を組んだりして、亀のように堅く守り、耐え凌ぐ。

 あるいは隙をみて一目散に逃走する。

 騎兵が相手となれば逃げるのは困難。

 取るべき行動は前者だ。

 走りながら黒騎士の方を見やると、中央の黒騎士が掲げた槍をくるりと回した。

 すると黒騎士達は横一列を保ったまま、常歩で馬を進め始めた。


「来たぞ!急げ!」


 カインさんが声を荒らげる。

 僕とジャックは、ようやくカインさんの元にたどり着いた。ジゼルさん、テオドールさんはすでに集まっている。


「ふう、ふう……密集隊形でやり過ごせますかね」


 息をつきながら、僕はカインさんに尋ねた。


「横隊突撃、それも一列だけだ。なんとかなるさ」


 その間に最後のエレノアさんがたどり着き、全員が揃う。


「前方の二、三騎だけをいなせばいいんだ!姿勢を低く!怯えるな!」


 先頭で身を屈めるカインさんが叫び、皆も同じく身を屈める。

 しかしジゼルさんだけは立ち上がり、カインさんの前に陣取った。


「何のつもりだ、ジゼル!」

「大丈夫。信じてくれ」

「信じるって……チッ、もう来たか!」


 黒騎士は横隊を崩さないまま、速歩を経て駆足となり、さらに速度を増す。雷鳴のような轟音の連続が地面を伝って僕達の体を震わせる。

 肉薄する黒騎士を前に、ジゼルさんは屈んだまま詠唱を始めた。


「其は聖王の左手に在り!其は不朽にして不壊の盾!

 顕現せよ!『イージス』!」


 ジゼルさんが前方に向けて左手をかざす。

 すると左手の先に複雑な光の紋様が浮かんだ。

 紋様は強く輝き、そこから光の帯が無数に飛び出して僕達を取り囲んでいく。

 やがて僕達の頭上まで光の帯に覆われ、半円球状の結界が完成した。

 そして結界の完成とほぼ同時に、黒騎士が襲来する。


「ヒヒヒッ!」

「グッグッグッ!」

「ヒヒーッ!ヒッヒッ!」


 気味の悪い笑い声を伴って、馬蹄と槍の衝撃が結界にぶつかった。


「うわっ!」


 すぐ近くで鳴る雷の如き衝撃音に、僕は思わず地に伏せた。雷鳴は一瞬で過ぎ去り、伏せたまま後ろを振り向くと、疾駆しながら去っていく黒騎士が結界越しに見えた。


「タ、助カッタ……?」

「いや、まだだジャック」


 カインさんは険しい顔を崩さない。

 黒騎士は揃って馬首を返すと、すぐに再突撃せずに中央の黒騎士の元に集まっていった。


「……何をするつもりなのでしょう?」


 エレノアさんの問いかけに皆、押し黙る。

 やがて中央の黒騎士を先頭に、再突撃が始まった。

 他の黒騎士は二列に並んで中央の黒騎士を追いかけているようだ。


「なるほどな。横でダメなら縦か」

「感心してる場合ですか、カインさん!」


 そう言って立ち上がりそうになったエレノアさんの頭を、カインさんが押し下げる。


「まだ結界は持つか、ジゼル」

「ああ……」


 ジゼルさんは言葉少なだ。

 結界の維持に集中しているのだろう。

 再び来襲する黒騎士。

 今度は縦列突撃。

 雷鳴の如き衝撃音が先程の何倍も繰り返される。


「ヒ、ヒ、ヒ!」

「ウヒヒヒッ!」

「ググッグッグッ!」

「ヒャッハァー!」

「ヒッヒヒヒ!」

「ヒィィ、ヒィー!」


 気味の悪い笑い声が幾つも通り過ぎていく。

 ……最後のはジャックの悲鳴だが。


「ジャック君、止めてくれ。集中が乱れる……」


 ジゼルさんが苦しそうに呟く。


「ジャック黙れ!ノエル、口塞げ!」

「は、はいっ!」


 カインさんに言われて、慌ててジャックの口を両手で塞いだ。


「ムゴー!ムゴゴー!」


 尚も騒ぐジャックだったが、皆に睨まれようやく静かになった。


「しー、だよ?ジャック」


 ルーシーがジャックの頭蓋骨をペシペシ叩く。

 前方に目をやると、黒騎士達は馬首を返していた。

 また突撃してくる……誰もがそう思っていたとき、黒騎士達の動きが止まった。

 見れば、ヒューゴが手を上げ黒騎士を制していた。

 ヒューゴは興味深そうに僕達を見ている。

 というか、僕を見ている?


「気になってたんですが……それ、スケルトンの使い魔ですよね?肩の上のはゴーストか……あなた、ひょっとしてお仲間(ネクロマンサー)で――」

「違います!!」


 僕は食い気味に否定した。

 本職にまで疑われるとは……痛恨の極みだ。

 するとヒューゴはふんふんと頷いた。


「ですよねえ。ネクロマンサーが冒険者やアシュフォルド教徒になれるわけがない」

「……それが冒険者やアシュフォルド教徒を憎む理由か?」


 カインさんが問い詰めるように言う。

 ネクロマンサーって冒険者になれないの?

 僕が問うような視線をエレノアさんに向けると、彼女は小さく頷いた。


死霊術(ネクロマンシー)や闇属性魔法は、使う度に精神を蝕みます。高レベルになる頃には、人に仇なす人格になる可能性が極めて高いのです。特に、レベルが上がりやすいネクロマンサーが冒険者と認められることはありません」


 そういえば、師匠もそんなことを言ってたような。

 闇属性魔法はあんまり使わないようにしよう……。

 カインさんの言葉が図星だったのか、ヒューゴはカインさんをじろりと睨みつけた。


「ええ、ええ。そうですとも。冒険者を志し、故郷を離れ遥々レイロアまで来て。あとは形だけの面接と言われていたのに……〈可能性の星図〉でしたか?あれでネクロマンサーを選んでしまったときから!私の人生は変わってしまった!!誰もが僕を怖れ蔑み!住む場所さえ追われ!教会の庇護さえ受けられず!」


 恨み言を並べ立てるヒューゴ。

 それを嘲るように、カインさんが言う。


「それで【腐り王】の真似事か。くだらねえ」


 しかし、ヒューゴは激するどころか満面の笑みを浮かべた。


「おお、おお!【腐り王】をイメージしているとわかってくれるかね!?……嬉しい。この上なく嬉しい!!」


 そう言って、ヒューゴはぶるりと体を震わせた。


「――全てを腐らせ全てを糧とする。究極の平等。【腐り王】は美しかった。それに比べて人間は醜い。比べようもなく醜い!」


 カインさんが鼻で笑う。


「醜い?己も人間であろうが」

「そう、僕も醜い人間だ。ゆえに僕は僕を赦さない。全てを為し遂げた後、必ず殺す。それでこそ平等だろう?」


 ヒューゴの言い様に毒気を抜かれたカインさんが舌打ちした。


「チッ、狂ってやがる」

「ご指摘どうも。でも今更な指摘だよ。僕はずいぶん前から壊れている――いけない、【腐り王】で思い出したよ。私は【腐り王】を越えねばならないのだ。いけない、いけない。熱くなって目的を忘れるのは僕の悪い癖だ」

「【腐り王】を、越える?」


 聞き返すジゼルさんに、ヒューゴは笑みをもって答えた。


「レイロアを滅ぼして終わりだとでも?せっかく大量に材料(・・)が手に入るのに?レイロアは始まりさ。そこから町や村を滅ぼしながら、アシュフォルドの聖地まで死の行進ってわけ。どうだい、壮大な計画だろう?」


 絶句するジゼルさんを尻目に、大袈裟に両手を広げ悦に入るヒューゴ。

 ひとしきりニヤついて満足したのか、ロザリーとともに下がっていた赤屍鬼に命令した。


「ミトス、エサを連れて先に行け。こいつらは僕が殺る」

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