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「エ、エレノアさん!?」
僕はローブを掴むスケルトンの手を払いながら、エレノアさんを見やる。
エレノアさんは武器を持っていない。
スケルトンに奪われたのか、眼鏡もかけていない。
だがそんなことお構いなし。
妙な籠手をつけた両腕で、殴って、殴って、殴る。
ただそれだけで、みるみるスケルトンが骨片と化していく。
「ヒィィ……悪魔デスカ、彼女ハ!?」
ジャックの顔が恐怖に歪む。
スケルトンのジャックにしてみれば、さぞかし怖ろしい光景だろう。
「【鉄拳のエレノア】は健在か。よし、俺達も反撃だ!」
僕はカインさんの言葉を大声で繰り返す。
「【鉄拳のエレノア】!?」
「ノエルの年だと知らんか?サブマスは元Aランク冒険者だよ。あいつに殴り殺されたモンスターは数知れず……あいつに言い寄って殴り倒された男も数知れず、ってな」
「そ、そうなんですか」
「おおぉぉ……おりゃおりゃおりゃおりゃ!!」
エレノアさんはさらに連打の回転数を上げて骨の洪水を押し止め、次第に押し返していく。
それにより、僕達の周りにも隙間ができて身動きが取れるようになった。
「ハアッ!」
ジャックが剣を横薙ぎに振って、僕の近くのスケルトンを遠ざける。
「いいぞジャック!ルーシー、僕達も!」
「りょーかい!」
肩の上で敬礼するルーシーとともに、合唱する。
「「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」」
ごおっ、と巻き起こった火炎嵐が無数の骨を焼却する。
魔法さえ使えればいい的だ。
なにせ、スケルトンはそこらじゅうに溢れてるから外しようがない。
カインさんも剣に炎を纏わせ、スケルトンを減らしていく。ジゼルさん、テオドールさんも続き、攻守が逆転した。
「おお!?これは不味い!」
馬車に乗り込む途中でエレノアさんの猛攻に気づいたヒューゴは、御者台の二人に命令した。
「仕事だ!ゼノ、ミトス!」
命令された御者台の二人が、フードを脱ぎ捨てる。
姿を現したのは、二体のゾンビだ。
一体は、長身でひょろっとした体型。
皮膚が青紫に変色していて、大きなハンマーを引きずっている。
もう一体は、背が低くでっぷりした体型。
こちらは皮膚が赤黒く変色していて、両手に格闘用のナックルを着けている。
ただのゾンビではない。
そう直感して、鑑定する。
種族ロッティングコープス【青屍鬼のゼノ】
種族ロッティングコープス【赤屍鬼のミトス】
「種族ロッティングコープス!二体とも
ロッティングコープスとは腐りかけの死体を意味する。通常のゾンビほど古い死体ではないせいか、総じて通常のゾンビよりも動きがいい。
「
「見えます!問題ありません!」
「伊達眼鏡だったのか?……まあいい、お前は赤いのをやれ!俺は青いのをやる!」
そう言うとカインさんは、混み合うスケルトンの頭蓋骨を足場に青屍鬼へと迫る。
一方のエレノアさんはスケルトンを殴り倒しながら、強引に道を作りつつ赤屍鬼へ向かった。
「シッ……うおっ!?」
カインさんは勢いそのままに斬り込もうとしたが、青屍鬼に凄まじい速度でハンマーを振り回され、バックステップで退避した。
ハンマーの乱撃の隙をみて何度も踏み込もうとするが、間合いを詰めきれない。
「やるな……冒険者でも、ふっ、ここまでの腕はなかなか、くっ、いないぜ」
その頃、エレノアさんも赤屍鬼と向かい合っていた。
お互いに格闘が武器の両者。
手数はエレノアさんが上だが、赤屍鬼はその体型からは信じられないような身のこなしで避けまくる。
その間に、僕とジャックにルーシー、ジゼルさん、テオドールさんでスケルトンの群れと戦っていた。
互いに回復魔法を使いながら、じわじわと数を減らしていく。
その内に骨の洪水はせせらぎ程度になり、やがて水溜まり程度になった。
余裕ができた僕は、カインさんとエレノアさんの戦いに再び目を戻す。
エレノアさんと赤屍鬼の戦いは未だ膠着していた。
自分の得意な間合いが、そのまま相手の得意な間合いになる。やりづらそうだ。
一方、踏み込むのを諦めたカインさんは、執拗に青屍鬼の足を狙っていた。浅いとはいえ『フレイムタン』で何度も斬りつけられ、青屍鬼の足は黒く炭化していった。
もう敵が移動できないと踏んだカインさんは、距離をとって朗々と詠唱した。
「我、燃え盛る洞門を潜りて、昂然たる火山の主に申し上げる。その慈悲なき吐息を我が剣に宿し給え。『レーヴァテイン』」
燃え上がっていたカインさんの剣は炎を撒き散らすのを止め、その熱量を内に溜め込むように紅さを増していく。
やがて溶岩のようにテラテラと輝き出した。
「終いだ」
そう言うなり、カインさんは大きく踏み込む。
足が動かない青屍鬼は、攻撃を受け止めるべくハンマーを立てて構えた。
だが、カインさんは剣を止めない。
『レーヴァテイン』は、まるで熱したナイフでバターを切るように、青屍鬼の胴体をハンマーごと切断した。二つに分かれたハンマーと体が、ゴトリと地に落ちる。
「おお、ゼノ!なんてことだ……ゼノ!」
ヒューゴが芝居がかった嘆きを見せる。
「君達は、どうして僕の邪魔をする?ほっといてくれたら見逃してあげるのに……」
今更な問いに、カインさんが呆れたように答えた。
「どうして?お前はドラゴンゾンビを引き連れて、レイロアを襲う気なのだろう?レイロアの冒険者としてほっとけるわけがない」
すると。
今まで、どこかふざけたような態度だったヒューゴの顔色が変わった。
口角が下がり、目はギラつきを増す。
丸眼鏡を中指で直したヒューゴは、低い声のトーンで言った。
「冒険者?君達はレイロアの冒険者なのか?」
「……そうだが?おっと、大鷲騎士団もいるが」
「大鷲騎士団……アシュフォルド教徒か?……それを先に言ってくれたまえよ……そうすれば袖にしようとなんかしなかったのに……」
ブツブツと呟くヒューゴの声に、徐々に怒気がこもっていく。
「僕は冒険者が大嫌いだ。アシュフォルド教徒もな」
その声は低く、冷たく大地に響いた。
空気が重い。
ヒューゴの向こうにある、死の気配が僕達を圧する。
みるみる高まるその魔力に、僕達は皆、動けない。
これはレベルが高いなんて
「冒険者……聖あしゅふぉるど教徒……私ハドチラデモナイカラせーふデスヨネ?ネ?」
怯えたジャックがふざけたことを言う。
「仮にセーフだとしても、使い捨てにされるよ」
そう言って、僕は骨の洪水の残骸を指差した。
「デスヨネ……」
しゅん、と小さくなるジャック。
その間にも、ヒューゴの魔力が禍々しさを増していった。
「ゆくぞ、冒険者ども!久しぶりの人狩りだ。楽しませてくれたまえよ!」
そして怯む僕達を愉悦を浮かべて見回し、詠唱を始めた。
「戦場に果てた勇敢なる騎士達よ!蹂躙すべき敵は目の前にいるぞ!さあ、角笛を鳴らせ!馬蹄を響かせろ!鏖殺せよ!『ブラックランサーズ』!!」
夕闇に、死の風を運ぶ馬の嘶きが響いた。